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第一部 三章
BAD 本当の化け物
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※最終決戦にて、リーゼロッテが武器を持った場合
エリザが拳を作って握りしめた。横に片手を広げると、空中から光の魔法陣が無数に現れ、金色の槍らしきものが一斉にこちらへ向けられる。
もう戦う道しかないのか。やはり、どちらかが死ぬ未来しかないのか。グッと噛み締め、リーゼロッテは拳を震わせた。
皆、背後で戦っている。アレクも、リカルドも、キッド達も。その中で自分だけが逃げるわけにはいかなかった。もうやるしかない―――そう、落ちていた剣鉈を拾い上げ、構えた。先程の圧死でガジェットアームも、胸当てなどの装備品もない。勝てる見込みなんてないけれど、何があっても自分は「最期」まで諦めない。そう、決意した。
「決着をつけよう」
構える姿を見て、エリザは腕を払った。金色の槍が真っ直ぐと赤ずきんの少女に向かって飛んでいく。魔法陣が出現する場所をしっかりと目にし、リーゼロッテは飛んでいく軌道を考えながら、金色の槍を避けていった。
「……っ!」
避けた瞬間を狙って、金色の槍が顔前に迫る。咄嗟に剣鉈を振り上げ、僅かに軌道をずらした。考える暇もなく、次々と雨のように降ってくる。キンッ、剣鉈で軌道をずらす度に火花のようなものが散った。それでも早過ぎて処理が追いつかない。転げるようにして横へ逃げた。
「うっ……」
転げた先の床が輝き、嫌な予感がして後退した。肌を掠めて、地面から槍が生える。どこでも自由自在に出せるようだ。上からくるものを避ければ下から……本当に隙がなく容赦のない攻撃だ。
「がっ……」
金色の槍が自身を貫く。呼吸を忘れ、血を吐き出したが、止まってはいけないと本能的に動き、前へ進んだ。少しずつ距離を詰める。
「くっ……! 止まれ!!」
張り上げられたエリザの声と同時に無数の槍が飛んでくる。リーゼロッテは避ける暇もなく、真正面から受けた。目に、喉に、腹に、様々な場所に槍が痛々しく突き刺さる。血が大理石に滴り落ち、その場に真っ赤な絨毯を作った。光の粒子となって槍が消えると、膝から崩れ落ちる。が、すぐに起き上がった。
「かっ……はぁ……諦めるもんか……! 何度死んでも! 何度でも立ち上がる! 何度でもここに、戻ってくる!」
その意志の強さに、エリザは引腰になった。頭を切り落としても、足を切り落としても、目の前の彼女は真っ赤になりながら立ち上がる。隙間なく体を斬ってもすぐに回復してしまう。先程とは比べ物にならない速さだ。こんなに再生能力が高いやつなんて聞いたことがない。勢いが止まらない―――殺される。
武器を持って、なおも立ち上がり続けるリーゼロッテの姿にゾッと戦慄が走った。やはり、最初のやり方で一気にやるしかない。そこまで考え、とある想定が頭の中を過った。
そういえば、彼女が再生する前に衣服の中に見えた明らかな異物―――それを中心に彼女は復活したような気がする。あの、光を―――
「……! そうか。君もそうなのか……」
俯いたままエリザが呟く。全ての謎が解けたような、スッキリした様子だった。ただ、槍を突き刺しているだけでは彼女を止められない。エリザは元の冷静さを取り戻した。それならばと、手を前に払ってみせる。ブゥン、手の軌道から光が広がり、柔軟なそれは鞭のようにリーゼロッテの足を切り落とした。
「……っ!?」
シュッ、軽快な風を切る音がする。足を失い、倒れて行く体に、エリザは容赦なく上下から槍を突き刺した。
「がっ……あ……!」
言わばそれは標本になった虫のソレ。槍の突き刺さった体は宙に止まった状態で串刺しのように固まる。足も地面から離れ、全く身動きが取れない。
「決着の時だ……」
玉座の前から動かなかったエリザが重々しく呟き、歩み寄る。カツカツと前から足音がして、リーゼロッテは鼓動を速めた。
「君の再生……もしやと思うが、体の中にあるコアを破壊しなければ、永遠に再生し続けるというものではないか?」
言い当てられゾッとし、目を狼狽させる。何故、バレたのだろう。「生き人形と同じ原理だな」エリザが更に続けて、リーゼロッテの前に立った。
「コアを植え付けられるのは、基本的に体の中心部。そのコアを壊したら君はどうなる?」
放たれる一言ひとことに、頭の中が真っ白になった。この人は悪魔の殺し方を知っている。思わず生唾を飲み込んだ。 その時―――
「リーゼ!!」
唐突に王室の扉が開かれる。そこには黒狼のアレクが四本足で立っていた。アレク、力なく震えた声で名前を呼ぶ。
「なん……で……」
「リカルドが俺の代わりに戦ってくれているんだ! お前の助けになってやれって!」
切迫した様子でアレクが返す。串刺しにされたリーゼロッテを見て、アレクは状況をいち早く認識し、表情を強ばらせた。民のためと理解がある言い方だったが、やはり敵には変わりない。グルル……喉から唸り声をあげる。ひくひくとマズルに皺を寄せ、臨戦態勢だ。
「アレク君。君を傷つけたくはないんだ。頼むから邪魔をしないでくれ」
「そうは行くか! リーゼを殺してみろ! その時は俺がお前を食い殺してやる!」
その決意は明確で、何を言っても揺らぐ様子はなかった。女王である自分に刃向かってまで彼女を守ろうとするか、エリザは険しい表情のまま横目でアレクを見る。そうして、青ざめた。アレクの背後にふらりと影が映り込む。
「―――よせ!!!」
勇敢にもアレクがエリザに飛びかかろうとした時だ。張り詰めた声が飛び、その瞬間に赤がチラつくと、アレクは自分の向かう体に反して視界がぐるりと回った。
「―――……っ!?」
何が起こったのか頭がついてこない。体が動かない。くるくると視界が回る。その中で、切り離された体の断面が、アレクの目に映った。まるでスローモーションのようにゆっくりと高度を低くさせる。
(な……ん、で……)
扉前に立つ赤髪の手には、見覚えのあるリザードマンの首が持たれていた。視界の隅から黒が迫る。そして、自分の頭が地面についた時、薄れゆく意識の中でアレクは理解した―――自分はこんなにも無力なのだと。
「え……」
リーゼロッテの目の前に何かが転がり込んできた。黒く、毛深いそれは狼の頭部のようで、見覚えのある青眼が光を失ってこちらを覗き込んでいる。リーゼロッテは始めそれが何なのか認識出来なかった。が、ものの数秒でゆっくりと目を見開き理解する―――アレクの死を。
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
黒狼の頭部を目に映し、リーゼロッテは破裂したかのように泣き叫んだ。取り乱し、暴れたことで槍がより深く突き刺さるが、気にしていられない。鉄錆の不快な匂いが―――アレクの匂いが、鼻腔の奥にちりちりと焼きつく。
「ルーファス……! 何故……彼らは関係ないだろ……!!」
リーゼロッテの悲叫を耳にしながら、エリザがすかさず声を張る。
「何、甘いことを仰るのですか。彼らは悪魔の下につき、貴方に刃向かった―――それ以外に理由なんてありません」
「だからと言って……!」
「私は私の命を全うしただけです。貴方さえ守れれば他はどうだっていい」
その灰目は冷たく細められ、光を一切映さない。エリザの元に歩きながら、ルーファスはリーゼロッテの前にもうひとつの首を投げ捨てた。一方でリーゼロッテは、泣き入りひきつけのようにままならない呼吸が続く。
「かっ……はあ……あ……ああ……いや……なんでぇ……っ……」
過呼吸気味になり、俯きながら、口を大きく開いてひたすらに嘆く。ぼたぼたと頬を伝って涙が地面に滴り落ちた。
「なんで……っ、なんで……酷いっ……! こんな……っ! どうして!」
感情のまま声に出し、文章にならない言葉の羅列が続く。どうして? ルーファスがオウム返しし、動けないリーゼロッテの髪を強く引っ張りあげた。無理やり顔を向けさせられる。
「どうしても何も、全部、貴方のせいですよ。貴方がいなければ彼らは死ぬこともなかった。貴方が彼らを死へ導いたのです」
ドクン、心臓が強く動揺に脈打った。「私の……せい……」ブルブルと震え、声が掠れる。
「ええ。そうです。貴方の育ての親も、愛馬も、貴方がいたから死んだのです。そんな事にも気づけず、自分の正義に他人を巻き込んだ」
「ち、ちが……私は―――」
それを聞いて息が出来なくなった。確かにその通りだ。元より危険だと分かっていながら、自分はアレクを、皆を巻き込んだ。もっと早く突き放していれば、こんな事にはならなかったはずなのに。私は―――守ろうとしているようで、結果的に皆を殺していたのだ。
「あっ……ひぐっ……あっ……ああ……」
全てに脱力した。最早抵抗する気なんて起きない。それを見たルーファスは「陛下、もう終わりましょう」とエリザに投げかける。だが、エリザはすぐに答えようとしなかった。
「陛下……?」
「私は……本当に、この者を殺していいのか? 私は―――」
陛下! 更に声を上げてルーファスが口を挟む。
「しっかりしてください! 貴方が迷っておられたら、私たちは誰について行けばいいのです!」
向き合い、ルーファスがエリザに声を張った。珍しく、焦りのような、冷静とは違う何かを感じる。
「……今回の反乱を表沙汰にせずとも、民は何かしらあったのだと感じとることでしょう。街にいる兵士たちの動揺は、必ず国民全体にも伝わるものですから。それによって混乱を生み出すわけにはいかないのです。悪魔についての予言がされてから、不安に思う者達は大勢いる―――その終止符を打たねばなりません。今、ここで」
ルーファスはあくまで理性的な考えでいた。傍でエリザを見てきたが故なのだろう。予言を振り切ったと報告出来れば、エリザにも国民にも心の余裕ができる。それが平穏と安心に繋がると知っていた。
「ご安心を。私は、あなたがどんな判断をしても、ついて行きます。ずっと貴方の味方ですから」
その言葉にエリザは何度か瞬きした。君主に従う忠誠心も、自分には分かる。ここで迷っていたら、ついてくるもの達は行き場を失うことだろう。これが、賢者である女王の務めだ。
ああそうだな、切り替えるようにして肩の力を抜き、口元に薄く笑みを貼り付けた。
「すまない、ルーファス。目が覚めたよ」
目を瞑り、指を上に向ける。すると、リーゼロッテの中心部から光の玉が飛び出て、それがエリザの掌に落ちた。間違いない、コアだ。自分のものとよく似ている。
「こんなに、綺麗なのか」
縁に僅かな青が見え、その中心部から光が放たれている。それは、宝石のように美しかった。こんなものが自分の恐れていた者たちの中にあったなんて。エリザは複雑な気持ちを目に映す。
何故ここまで来てこんなに迷ってしまう自分がいるのだろう。彼らは神の使命を全うする自分を殺そうとしている。絶対に外れることのない予言にそう示されたのだから間違いない。だから、なんとしてでも予言を阻止せねばならなかった。けれども彼女は本当に、自分を殺そうとしていた悪魔だったのだろうか? そこまで考え、エリザは目を閉じる。
(考えてもキリがない、か……)
予言を実現させない為、最前はつくさなければならない。この世界を守る事が、自分の生み出された意味なのだから。覚悟を決め、ギュッと拳に力を入れる。ピシピシとひび割れのような音がし、リーゼロッテは涙を浮かべたままエリザを見上げた。
どうして? 自分はちゃんと、父さんの言う通り、誰一人殺さなかったのに。なんで、全部奪われていくのだろう。なんで、どうして―――私が、悪いの?
パリンッ
やがて一際大きな砕ける音が、エリザの掌内に篭った。目の中から生気が奪われ、リーゼロッテは項垂れる。
「さようなら。リーゼロッテ・ヴェナトル」
女王ではない低い男声。嘲笑うかのような声色を最後に、リーゼロッテの意識は闇へと落ちていった。
◆
レヴィナンテ王城内で起きた、悪魔率いる者達との決戦は、王国側が勝利を収めた。幸いにも王国側に死者は誰一人出ることなく、三日後に悪魔の協力者として盗賊団の頭が国民の前で処刑された。悪魔が世界を滅ぼすとの予言はこれを持って終結していく事になる。
「ほんと、怖いわあ~」
「悪魔が各地で人を無差別に殺していたらしいわよ」
「人の心を操って、仲間を増やしたんですって」
「いやいや、ちげぇよ。今回は悪魔信仰に取り憑かれた人間達の暴動だって聞くぜ」
「とにもかくにも、本当、死んでくれてよかった」
その後、今回の悪魔の反乱について様々な憶測が飛び交い、ありもしない話が風評された。予言は乗り越えたが、今回の件を重大に受け止めた国民たちは、悪魔狩り政策を更に徹底するよう意識していくようになった。
「邪悪な悪魔から我々の命を守るのだ!」
「今回のように悪魔を庇う人間たちがいてもおかしくないだろう!! 匿う人間たちも彼らと同罪だ! 相応の罰を与えねば!」
「奴の死体こそが、我々の決意だ! もう二度とこんなことを起こしてはならない!」
その見せしめを望んだのは何も知らないはずの国民達だった。
女王は最後まで許そうとしなかったが、国民の過激な暴動を考えたロードナイト卿によって、悪魔の亡骸が広場に掲げられた。ゴミを投げつけられ、唾を吐きかけられたその亡骸は、完全に腐り落ちるまで広場にあったという。
人の良心につけ込み、無差別な大量殺人を行った冷徹非道の赤い悪魔―――その少女の真実を知る者は、誰一人としていない。
赤ずきんは夜明けに笑う
第一部 BADEND「本当の化け物」
エリザが拳を作って握りしめた。横に片手を広げると、空中から光の魔法陣が無数に現れ、金色の槍らしきものが一斉にこちらへ向けられる。
もう戦う道しかないのか。やはり、どちらかが死ぬ未来しかないのか。グッと噛み締め、リーゼロッテは拳を震わせた。
皆、背後で戦っている。アレクも、リカルドも、キッド達も。その中で自分だけが逃げるわけにはいかなかった。もうやるしかない―――そう、落ちていた剣鉈を拾い上げ、構えた。先程の圧死でガジェットアームも、胸当てなどの装備品もない。勝てる見込みなんてないけれど、何があっても自分は「最期」まで諦めない。そう、決意した。
「決着をつけよう」
構える姿を見て、エリザは腕を払った。金色の槍が真っ直ぐと赤ずきんの少女に向かって飛んでいく。魔法陣が出現する場所をしっかりと目にし、リーゼロッテは飛んでいく軌道を考えながら、金色の槍を避けていった。
「……っ!」
避けた瞬間を狙って、金色の槍が顔前に迫る。咄嗟に剣鉈を振り上げ、僅かに軌道をずらした。考える暇もなく、次々と雨のように降ってくる。キンッ、剣鉈で軌道をずらす度に火花のようなものが散った。それでも早過ぎて処理が追いつかない。転げるようにして横へ逃げた。
「うっ……」
転げた先の床が輝き、嫌な予感がして後退した。肌を掠めて、地面から槍が生える。どこでも自由自在に出せるようだ。上からくるものを避ければ下から……本当に隙がなく容赦のない攻撃だ。
「がっ……」
金色の槍が自身を貫く。呼吸を忘れ、血を吐き出したが、止まってはいけないと本能的に動き、前へ進んだ。少しずつ距離を詰める。
「くっ……! 止まれ!!」
張り上げられたエリザの声と同時に無数の槍が飛んでくる。リーゼロッテは避ける暇もなく、真正面から受けた。目に、喉に、腹に、様々な場所に槍が痛々しく突き刺さる。血が大理石に滴り落ち、その場に真っ赤な絨毯を作った。光の粒子となって槍が消えると、膝から崩れ落ちる。が、すぐに起き上がった。
「かっ……はぁ……諦めるもんか……! 何度死んでも! 何度でも立ち上がる! 何度でもここに、戻ってくる!」
その意志の強さに、エリザは引腰になった。頭を切り落としても、足を切り落としても、目の前の彼女は真っ赤になりながら立ち上がる。隙間なく体を斬ってもすぐに回復してしまう。先程とは比べ物にならない速さだ。こんなに再生能力が高いやつなんて聞いたことがない。勢いが止まらない―――殺される。
武器を持って、なおも立ち上がり続けるリーゼロッテの姿にゾッと戦慄が走った。やはり、最初のやり方で一気にやるしかない。そこまで考え、とある想定が頭の中を過った。
そういえば、彼女が再生する前に衣服の中に見えた明らかな異物―――それを中心に彼女は復活したような気がする。あの、光を―――
「……! そうか。君もそうなのか……」
俯いたままエリザが呟く。全ての謎が解けたような、スッキリした様子だった。ただ、槍を突き刺しているだけでは彼女を止められない。エリザは元の冷静さを取り戻した。それならばと、手を前に払ってみせる。ブゥン、手の軌道から光が広がり、柔軟なそれは鞭のようにリーゼロッテの足を切り落とした。
「……っ!?」
シュッ、軽快な風を切る音がする。足を失い、倒れて行く体に、エリザは容赦なく上下から槍を突き刺した。
「がっ……あ……!」
言わばそれは標本になった虫のソレ。槍の突き刺さった体は宙に止まった状態で串刺しのように固まる。足も地面から離れ、全く身動きが取れない。
「決着の時だ……」
玉座の前から動かなかったエリザが重々しく呟き、歩み寄る。カツカツと前から足音がして、リーゼロッテは鼓動を速めた。
「君の再生……もしやと思うが、体の中にあるコアを破壊しなければ、永遠に再生し続けるというものではないか?」
言い当てられゾッとし、目を狼狽させる。何故、バレたのだろう。「生き人形と同じ原理だな」エリザが更に続けて、リーゼロッテの前に立った。
「コアを植え付けられるのは、基本的に体の中心部。そのコアを壊したら君はどうなる?」
放たれる一言ひとことに、頭の中が真っ白になった。この人は悪魔の殺し方を知っている。思わず生唾を飲み込んだ。 その時―――
「リーゼ!!」
唐突に王室の扉が開かれる。そこには黒狼のアレクが四本足で立っていた。アレク、力なく震えた声で名前を呼ぶ。
「なん……で……」
「リカルドが俺の代わりに戦ってくれているんだ! お前の助けになってやれって!」
切迫した様子でアレクが返す。串刺しにされたリーゼロッテを見て、アレクは状況をいち早く認識し、表情を強ばらせた。民のためと理解がある言い方だったが、やはり敵には変わりない。グルル……喉から唸り声をあげる。ひくひくとマズルに皺を寄せ、臨戦態勢だ。
「アレク君。君を傷つけたくはないんだ。頼むから邪魔をしないでくれ」
「そうは行くか! リーゼを殺してみろ! その時は俺がお前を食い殺してやる!」
その決意は明確で、何を言っても揺らぐ様子はなかった。女王である自分に刃向かってまで彼女を守ろうとするか、エリザは険しい表情のまま横目でアレクを見る。そうして、青ざめた。アレクの背後にふらりと影が映り込む。
「―――よせ!!!」
勇敢にもアレクがエリザに飛びかかろうとした時だ。張り詰めた声が飛び、その瞬間に赤がチラつくと、アレクは自分の向かう体に反して視界がぐるりと回った。
「―――……っ!?」
何が起こったのか頭がついてこない。体が動かない。くるくると視界が回る。その中で、切り離された体の断面が、アレクの目に映った。まるでスローモーションのようにゆっくりと高度を低くさせる。
(な……ん、で……)
扉前に立つ赤髪の手には、見覚えのあるリザードマンの首が持たれていた。視界の隅から黒が迫る。そして、自分の頭が地面についた時、薄れゆく意識の中でアレクは理解した―――自分はこんなにも無力なのだと。
「え……」
リーゼロッテの目の前に何かが転がり込んできた。黒く、毛深いそれは狼の頭部のようで、見覚えのある青眼が光を失ってこちらを覗き込んでいる。リーゼロッテは始めそれが何なのか認識出来なかった。が、ものの数秒でゆっくりと目を見開き理解する―――アレクの死を。
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
黒狼の頭部を目に映し、リーゼロッテは破裂したかのように泣き叫んだ。取り乱し、暴れたことで槍がより深く突き刺さるが、気にしていられない。鉄錆の不快な匂いが―――アレクの匂いが、鼻腔の奥にちりちりと焼きつく。
「ルーファス……! 何故……彼らは関係ないだろ……!!」
リーゼロッテの悲叫を耳にしながら、エリザがすかさず声を張る。
「何、甘いことを仰るのですか。彼らは悪魔の下につき、貴方に刃向かった―――それ以外に理由なんてありません」
「だからと言って……!」
「私は私の命を全うしただけです。貴方さえ守れれば他はどうだっていい」
その灰目は冷たく細められ、光を一切映さない。エリザの元に歩きながら、ルーファスはリーゼロッテの前にもうひとつの首を投げ捨てた。一方でリーゼロッテは、泣き入りひきつけのようにままならない呼吸が続く。
「かっ……はあ……あ……ああ……いや……なんでぇ……っ……」
過呼吸気味になり、俯きながら、口を大きく開いてひたすらに嘆く。ぼたぼたと頬を伝って涙が地面に滴り落ちた。
「なんで……っ、なんで……酷いっ……! こんな……っ! どうして!」
感情のまま声に出し、文章にならない言葉の羅列が続く。どうして? ルーファスがオウム返しし、動けないリーゼロッテの髪を強く引っ張りあげた。無理やり顔を向けさせられる。
「どうしても何も、全部、貴方のせいですよ。貴方がいなければ彼らは死ぬこともなかった。貴方が彼らを死へ導いたのです」
ドクン、心臓が強く動揺に脈打った。「私の……せい……」ブルブルと震え、声が掠れる。
「ええ。そうです。貴方の育ての親も、愛馬も、貴方がいたから死んだのです。そんな事にも気づけず、自分の正義に他人を巻き込んだ」
「ち、ちが……私は―――」
それを聞いて息が出来なくなった。確かにその通りだ。元より危険だと分かっていながら、自分はアレクを、皆を巻き込んだ。もっと早く突き放していれば、こんな事にはならなかったはずなのに。私は―――守ろうとしているようで、結果的に皆を殺していたのだ。
「あっ……ひぐっ……あっ……ああ……」
全てに脱力した。最早抵抗する気なんて起きない。それを見たルーファスは「陛下、もう終わりましょう」とエリザに投げかける。だが、エリザはすぐに答えようとしなかった。
「陛下……?」
「私は……本当に、この者を殺していいのか? 私は―――」
陛下! 更に声を上げてルーファスが口を挟む。
「しっかりしてください! 貴方が迷っておられたら、私たちは誰について行けばいいのです!」
向き合い、ルーファスがエリザに声を張った。珍しく、焦りのような、冷静とは違う何かを感じる。
「……今回の反乱を表沙汰にせずとも、民は何かしらあったのだと感じとることでしょう。街にいる兵士たちの動揺は、必ず国民全体にも伝わるものですから。それによって混乱を生み出すわけにはいかないのです。悪魔についての予言がされてから、不安に思う者達は大勢いる―――その終止符を打たねばなりません。今、ここで」
ルーファスはあくまで理性的な考えでいた。傍でエリザを見てきたが故なのだろう。予言を振り切ったと報告出来れば、エリザにも国民にも心の余裕ができる。それが平穏と安心に繋がると知っていた。
「ご安心を。私は、あなたがどんな判断をしても、ついて行きます。ずっと貴方の味方ですから」
その言葉にエリザは何度か瞬きした。君主に従う忠誠心も、自分には分かる。ここで迷っていたら、ついてくるもの達は行き場を失うことだろう。これが、賢者である女王の務めだ。
ああそうだな、切り替えるようにして肩の力を抜き、口元に薄く笑みを貼り付けた。
「すまない、ルーファス。目が覚めたよ」
目を瞑り、指を上に向ける。すると、リーゼロッテの中心部から光の玉が飛び出て、それがエリザの掌に落ちた。間違いない、コアだ。自分のものとよく似ている。
「こんなに、綺麗なのか」
縁に僅かな青が見え、その中心部から光が放たれている。それは、宝石のように美しかった。こんなものが自分の恐れていた者たちの中にあったなんて。エリザは複雑な気持ちを目に映す。
何故ここまで来てこんなに迷ってしまう自分がいるのだろう。彼らは神の使命を全うする自分を殺そうとしている。絶対に外れることのない予言にそう示されたのだから間違いない。だから、なんとしてでも予言を阻止せねばならなかった。けれども彼女は本当に、自分を殺そうとしていた悪魔だったのだろうか? そこまで考え、エリザは目を閉じる。
(考えてもキリがない、か……)
予言を実現させない為、最前はつくさなければならない。この世界を守る事が、自分の生み出された意味なのだから。覚悟を決め、ギュッと拳に力を入れる。ピシピシとひび割れのような音がし、リーゼロッテは涙を浮かべたままエリザを見上げた。
どうして? 自分はちゃんと、父さんの言う通り、誰一人殺さなかったのに。なんで、全部奪われていくのだろう。なんで、どうして―――私が、悪いの?
パリンッ
やがて一際大きな砕ける音が、エリザの掌内に篭った。目の中から生気が奪われ、リーゼロッテは項垂れる。
「さようなら。リーゼロッテ・ヴェナトル」
女王ではない低い男声。嘲笑うかのような声色を最後に、リーゼロッテの意識は闇へと落ちていった。
◆
レヴィナンテ王城内で起きた、悪魔率いる者達との決戦は、王国側が勝利を収めた。幸いにも王国側に死者は誰一人出ることなく、三日後に悪魔の協力者として盗賊団の頭が国民の前で処刑された。悪魔が世界を滅ぼすとの予言はこれを持って終結していく事になる。
「ほんと、怖いわあ~」
「悪魔が各地で人を無差別に殺していたらしいわよ」
「人の心を操って、仲間を増やしたんですって」
「いやいや、ちげぇよ。今回は悪魔信仰に取り憑かれた人間達の暴動だって聞くぜ」
「とにもかくにも、本当、死んでくれてよかった」
その後、今回の悪魔の反乱について様々な憶測が飛び交い、ありもしない話が風評された。予言は乗り越えたが、今回の件を重大に受け止めた国民たちは、悪魔狩り政策を更に徹底するよう意識していくようになった。
「邪悪な悪魔から我々の命を守るのだ!」
「今回のように悪魔を庇う人間たちがいてもおかしくないだろう!! 匿う人間たちも彼らと同罪だ! 相応の罰を与えねば!」
「奴の死体こそが、我々の決意だ! もう二度とこんなことを起こしてはならない!」
その見せしめを望んだのは何も知らないはずの国民達だった。
女王は最後まで許そうとしなかったが、国民の過激な暴動を考えたロードナイト卿によって、悪魔の亡骸が広場に掲げられた。ゴミを投げつけられ、唾を吐きかけられたその亡骸は、完全に腐り落ちるまで広場にあったという。
人の良心につけ込み、無差別な大量殺人を行った冷徹非道の赤い悪魔―――その少女の真実を知る者は、誰一人としていない。
赤ずきんは夜明けに笑う
第一部 BADEND「本当の化け物」
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とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
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