赤ずきんは夜明けに笑う

森永らもね

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第一部 三章

TRUE 在るべき運命

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「リーゼ! リーゼ!」

 自分の名を呼ぶ声にリーゼロッテは灰色の目を不機嫌に細めて振り返った。赤頭巾でしっかりと顔を隠し、その手にはスケッチブックとペンが握られている。

「また森で絵描きか? 危険だと言ったろ?」
「別にいいでしょ。私、もう十七なんだから。父さんは早く魔物の尻でも追いかけてきなよ」

 厳つい顔の男、ジェラルドは眉を下げ「お前、その変な言い方はやめろ」と鼻を鳴らした。じっとリーゼロッテの手元のスケッチブックを見て、なにかに気づき「ん?」と素早く奪う。

「これ、もしかして俺か?」

 見せつけられるページにはジェラルドとそっくりの男の絵が描かれている。それを見るなり、リーゼロッテは顔を真っ赤にさせて「ち、違う!」と立ち上がった。

「か、返してよ!!」
「へえーそうか。五歳の時からだいぶ上達したじゃねえか。こんな男前に……!」

 取られないようわざとらしく腕を持ち上げて見るジェラルドにリーゼロッテは青筋を立てると、その腹に向かって容赦なく蹴り入れた。

「返せっつってんだよ! バカ親父!! ほんと最低!!」

 ばーか! そう吐き捨ててからスケッチブックを奪い、リーゼロッテはうさぎの如くその場を素早く去っていった。素直じゃないやつだなあ、とジェラルドは頭をかく。

「本当、親父なんか大っ嫌いだ!」

 家に戻った後、リーゼロッテは机に突っ伏しながらじたばたと足を動かした。「また喧嘩したの?」と呆れたように背後から声がかけられる。

「絵を見られたぐらいで……昔は壁に描いて見せてくれたじゃない」
「違う! これは……父さんの……」

 モジモジと俯き、言葉を濁す様子にエリンは何かを察して「ははあ、なるほどね」とにやける。

「確か、もうすぐでジェラルドの誕生日だったわねえ。お父さんにプレゼントとか?」
「ち、違うし! 第一、これは練習で、ちゃんとしたやつに……」

 そこまで言ってからハッとする。エリンは口元に手を当てながら「我が子ながら可愛いことをするのね~」と嬉しそうに呟いた。

「もう! いいよ……いつも通りその辺の適当な木の実の詰め合わせにでもするから!」
「ふふふっ。恥ずかしがらなくてもいいじゃない。リーゼが一生懸命描いた絵、きっと喜ぶわよ」

 スケッチブックに覆いかぶさりながら聞いていたリーゼロッテは、拗ねたようにして外方を向き、黙り込む。やれやれとため息をついてからエリンはふと思い出したように「あっ、そういえば」と口火を切った。

「さっきエマちゃんが家まで来てたわよ? 貴方を探していたみたいだったけど」
「エマ姉が!?」

 すぐさま顔を上げ、リーゼロッテは立ち上がる。忙しない様子で「なんで早く言わないの!」とスケッチブックを持ったまま家の入口に駆けた。が、外に出る一歩手前で止まる。

「か、母さん。あのさ」

 改まったその言葉に「何?」とエリンが返す。言い出すのにしばらく渋りながらも「……やっぱり、絵、あげたいから。さっきの言わないでね」と目を逸らしながら呟いた。その様子に小さく息をつくように笑ってから「ハイハイ」とエリンが返す。

「じゃあ、行ってきますー」
「はーい、気をつけてね」

 母親の見送りを耳にしながら、リーゼロッテは林を抜け、ドルミート村へと足を進めた。村はいつもと変わらず賑わいを見せている。その中でも行き慣れた道を辿って真っ直ぐエマの家へと向かった。

「失礼しました。では」

 エマの家の前に人がいるのを目にして足を止めた。丁度出てきたところのようでその人は頭を下げ、一歩下がる。この辺では見ない顔だ。

「あっ……」

 漆黒の長い前髪から覗いた青目と目が合う。見つめ合っている時間がとてつもなく長く感じられた。格好からして王国の騎士に違いないだろう。歳は同じぐらいの青年なのに、やはり兵ともなれば顔つきが引き締まっていてかっこよく見える。エマの家に何か用があったのだろうか。何となく気が引けて頭を一度下げると、リーゼロッテはとたとたとエマの家に向かった。そのすれ違いざまに腕を取られる。

「えっ……?」

 思わず足を止めた。じっと静かに碧眼で見つめられ、困惑したように眉を下げる。

「あの……なに、か?」

 見下ろされていることもあってなんだか少し怖い。恐る恐る口を開いてみると青年はハッとした様子で「悪い」とその手を離した。先程より口調が崩れている。

「……した」
「……え?」
「お前が誰かと……似ている気がした」

 そう言った青年はなんだかとても悲しそうだった。なんでそんな顔をするのだろう。不思議に思っていた矢先「リーゼちゃん!」と背後からエマの声が聞こえ、青年から目を逸らす。

「アレク。そっちの魔物の聞き込みはできたか?」
「……」

 自分の横を過ぎていく「リーゼロッテ」の姿を青年は黙って見つめていた。返事のない様子に「おい」と細く引き締まった腕が胸ぐらを掴んでくる。

「上官の問いかけにはすぐに答えろと言ったはずだ。それとも、まだ躾が足りないのか?」

 息を感じさせる程の顔の距離でヴァイオレットの瞳に凄まれる。「……すみません」頭を下げる青年に黒髪の女性が舌打ちをし、胸ぐらを突き放した。

「……最後の家はあの林の向こうらしいです」
「行くぞ。モタモタするな」

 紫目の騎士に連れられ、アレクはリーゼロッテに背中を向けた。お互いは別々の場所へと歩き出す。何故自分がこんなに苦しいかは分からなかった。きっとこの先も、分かる日なんてこない。



 ここはドラグシア大陸。かつて、天災と呼ばれる黒竜がこの地を地獄と変え、神が生み出した賢者の力によって再び平和が訪れた異世界だ。この世界には多種多様な種族が共存している。
 一人の村娘は父の敵討ちで魔物に殺され、一匹のリザードマンはならず者の達が集う闘技場で死ぬまで戦い続け、とある赤髪の姉妹は哀れにも魔族の生贄とされた。賊の頭は高笑いをしながら今日も道行く旅人を襲っている。そして、一匹の魔族は退屈だと欠伸をして微睡みに身を委ねるのだった。
 世界は異物がなくなった、あるべき運命を辿っていく。それは平行世界にある現世でも同じだ。


 野ざらしの鉄骨に雨が当たり、カンカンカンと音が鳴り響く。傷だらけの黒髪の少女は窓から夜明けを眺め、ニコリと笑って見せた。



 雨はまだ、止みそうにない。






赤ずきんは夜明けに笑う
第一部 TRUEEND「在るべき運命」





「キミは言ったね。救われたいと願う気持ちの連鎖が繋がりを得て人の優しさになるのだと。もしそうだとするなら、キミの願いは残酷だ……自ら繋げたものを全て切ってしまったのだから」
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