28 / 32
第一部 三章
24 何度でも
しおりを挟む パソコン機器の修理や取扱を行うコールセンターでの仕事も、入社三年目を越えて、だいぶ板についた接客と対応をできるようになっていたころから、比例するようにして人付き合いが億劫になっていた。
だからこそ、恋愛に興味が湧かない。人付き合いの極みである恋愛は、穏やかでい続けたいプライベートを消耗する。
(だって、毎日面倒くさい人とかかわっているんだから。そりゃ、人嫌いにもなるさ……)
毎日かかってくる大量のクレームやとんちんかんな質問に、腹を立てることすらなくなってきていたのだが、どこかでうっぷんは溜まっていた。
すでに入社六年目、二十八というお年頃。仕事を頑張るためにそれらを発散させる手段が、一人酒をお気に入りの居酒屋で飲むという、何とも色気のない行動になってしまったのは、万葉が根っからの日本酒好きだったからだ。
黒色の御影石を基調とした壁がオシャレな雰囲気の、女性一人で入ってもカウンターでゆっくり落ち着いてお酒を飲める店が、万葉のお気に入りの居酒屋だった。
行きつけとなったその居酒屋で、万葉は三年も前からずっと毎週二回、一人酒を楽しんでいる。必ず月曜日と木曜に行く居酒屋に、今日もラスト一日の金曜日を迎え撃つ準備のために向かった。
「お疲れ様でーす!」
「お。恵ちゃんは、今日は一人酒の息抜きタイムの日かな?」
隣の席で伸びをしていた、元夜の蝶であった先輩、長谷部桃花が話しかけてきて、万葉はにこにこしながら頷いた。
「最近ではお一人様女子という言葉があるらしいの。一人酒じゃ色気ないけど、お一人様と言えば聞こえがいいとテレビで言ってたから」
「って言っても、やってることは同じだろう」
丸めた資料で頭をぽこんと叩かれて、万葉が振り返ると同期でチューターの新海成史が、口をへの字に曲げていた。
「結局は日本酒酒浸り、乙女系マスターに愚痴を聞いてもらうという、酔っぱらいの極み。色気もへったくれもないだろ」
「大きなお世話よ、新海。色気なくても生きて行けるし。成績だって先月は悪くなかったんだし」
それだけどな、と新海が丸めていた資料を広げた。
「見ろよ。また遠藤に抜かれるぞ?」
広げられた資料を桃花とともにのぞき込むと、今月の中間報告が上がってきていた。桃花が「わーお」と声を上げる。
そこには、万葉の後輩である遠藤が、僅差で万葉の成績を抜いている。月初の時点では万葉の方に軍配が上がっていたのだが、現時点では遠藤がリードをしていた。そして、こうなってくると、遠藤がいつも大手で勝ち逃げなのを、万葉も知っていた。
「こうなってくると、また恵ちゃん二位キープじゃない?」
「そーゆーフラグだよな、これは。いつものパターンってやつ。新年一発目は良かったんだ、続けて今月も抜いとかないと、さすがに先輩の威厳もかすむぞ?」
二人に言われて、万葉はあからさまにむっとして口を尖らせた。
「だって仕方ないじゃん、遠藤の方が明らかにクレーム少ないし」
万葉は成績がプリントアウトされた資料を見て、大きく落胆した。
だからこそ、恋愛に興味が湧かない。人付き合いの極みである恋愛は、穏やかでい続けたいプライベートを消耗する。
(だって、毎日面倒くさい人とかかわっているんだから。そりゃ、人嫌いにもなるさ……)
毎日かかってくる大量のクレームやとんちんかんな質問に、腹を立てることすらなくなってきていたのだが、どこかでうっぷんは溜まっていた。
すでに入社六年目、二十八というお年頃。仕事を頑張るためにそれらを発散させる手段が、一人酒をお気に入りの居酒屋で飲むという、何とも色気のない行動になってしまったのは、万葉が根っからの日本酒好きだったからだ。
黒色の御影石を基調とした壁がオシャレな雰囲気の、女性一人で入ってもカウンターでゆっくり落ち着いてお酒を飲める店が、万葉のお気に入りの居酒屋だった。
行きつけとなったその居酒屋で、万葉は三年も前からずっと毎週二回、一人酒を楽しんでいる。必ず月曜日と木曜に行く居酒屋に、今日もラスト一日の金曜日を迎え撃つ準備のために向かった。
「お疲れ様でーす!」
「お。恵ちゃんは、今日は一人酒の息抜きタイムの日かな?」
隣の席で伸びをしていた、元夜の蝶であった先輩、長谷部桃花が話しかけてきて、万葉はにこにこしながら頷いた。
「最近ではお一人様女子という言葉があるらしいの。一人酒じゃ色気ないけど、お一人様と言えば聞こえがいいとテレビで言ってたから」
「って言っても、やってることは同じだろう」
丸めた資料で頭をぽこんと叩かれて、万葉が振り返ると同期でチューターの新海成史が、口をへの字に曲げていた。
「結局は日本酒酒浸り、乙女系マスターに愚痴を聞いてもらうという、酔っぱらいの極み。色気もへったくれもないだろ」
「大きなお世話よ、新海。色気なくても生きて行けるし。成績だって先月は悪くなかったんだし」
それだけどな、と新海が丸めていた資料を広げた。
「見ろよ。また遠藤に抜かれるぞ?」
広げられた資料を桃花とともにのぞき込むと、今月の中間報告が上がってきていた。桃花が「わーお」と声を上げる。
そこには、万葉の後輩である遠藤が、僅差で万葉の成績を抜いている。月初の時点では万葉の方に軍配が上がっていたのだが、現時点では遠藤がリードをしていた。そして、こうなってくると、遠藤がいつも大手で勝ち逃げなのを、万葉も知っていた。
「こうなってくると、また恵ちゃん二位キープじゃない?」
「そーゆーフラグだよな、これは。いつものパターンってやつ。新年一発目は良かったんだ、続けて今月も抜いとかないと、さすがに先輩の威厳もかすむぞ?」
二人に言われて、万葉はあからさまにむっとして口を尖らせた。
「だって仕方ないじゃん、遠藤の方が明らかにクレーム少ないし」
万葉は成績がプリントアウトされた資料を見て、大きく落胆した。
1
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

魔王さま、今度はドラゴンです!
通木遼平
ファンタジー
魔族が暮らす国、ザルガンド――その国の国王には昔人間の恋人がいた。彼は彼女が生まれ変わるたびに探し出し、彼女だけを愛しつづけている……そう言われていたが、とある事情で十年ほど彼が引きこもっている間に城では妃選びがはじまっていた。
王都の花街で下働きをしていたミモザは、実はザルガンドの国王の最愛の人の生まれ変わりだ。国王に名乗り出るつもりはなかったが、国王にとある人から頼まれた届け物をするために王宮の使用人として働きはじめる。しかしその届け物をきっかけに国王の秘書官であるシトロンに頼まれ、財務大臣であるドゥーイ卿がはじめた妃選びにミモザは妃候補として参加することになる。魔族だけではなく人間の国の王女や貴族の令嬢たちが集い、それぞれの思惑が交錯する中、ミモザは国王と出会うのだった。
ひと目でミモザが愛する人の生まれ変わりであることに気づいた国王だったが、妃選びは続行される。そして事態はミモザの予想もしない方向に……。
※他のサイトにも掲載しています
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる