赤ずきんは夜明けに笑う

森永らもね

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第一部 三章

23 繋がりの力(挿絵あり)

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 赤頭巾で荷物を包んで背負い、リーゼロッテは後ろからリカルドの首に抱きつくようにしがみついた。カバーをつけたリカルドの斧もしっかりと抱き抱えている。それを確認し、リカルドはゆっくりと土台の側まで泳いでいった。人工湖は深く、見ているだけでも飲み込まれてしまいそうな恐ろしさがある。

「準備はいいか?」
「う、うん」
「じゃあ、振り落とされるなよ」

 そう言って、息を大きく吸ってから水に潜った。前から後ろへ手を動かし、水路の流れに沿って泳いでいく。

「……っ、ふう……」

 一瞬だけ開いた口から泡が溢れ、後ろに流れていく。心臓が上に押され、吐き気がし、内臓の圧迫感に息が詰まりそうだ。リーゼロッテは苦しさでどんどん泡を漏らしてしまう。そろそろ限界だ。
 十分ほど水中を泳ぎ、広い場所へと出た。水流がばらつき、上の方を見てみれば、水面独特の歪みのようなものが僅かな光として見える。リカルドは視点を前から上に向け、水をかいた。

「がっ……はぁ! はぁはぁ……」

 水面から顔を出し、息を吸い込むように大口を開けた。周囲をぐるりと見回し、人がいないことを確認する。そうしてから、反応のないリーゼロッテを見て慌てて陸上にあがり「嬢ちゃん!」と寝かせてから体を揺さぶる。
 肺に水が? 当然だ。普通はこんなに息を止めるなんてできるはずがない。人より大きな肺を持つ自分でさえかなり辛かったのだから。心臓より少し上の方で手を重ね、体の中へと強く押し出す。何度か繰り返し「しっかりしろ!」と声をかけていると、水を吐くと共にリーゼロッテの呼吸が戻った。

「はあ……はあ……あ、れ……」
「よく頑張ったな! 無事、中に入れたぜ!」

 その言葉にリーゼロッテが重くなった腕を目に覆いかぶせる。毒に侵された時とは別の意味で苦しかった。顔をリカルドの方に向け、少し腕を下ろしてから「うん……ありがとう」と笑ってみせる。
 脱力したまま上半身を起こし、傍の壁にもたれかかった。はるか上にある網状の格子がつけられた窓からは青白い光が差し込んでいる。あそこが水面付近なのだろう。赤頭巾を解いてから絞り、音を立てて水を払った。薄暗いが、ランタンに火をつけるまでもない。

「んで、これからどうするよ?」
「このまま待機。道具とか乾かして、体を休める」

 自身の道具を床に並べながらリーゼロッテが答えた。不思議に思い「いいのか? 夜間の方が動きやすいと思うが」とリカルドが返す。

「……体が冷えてる状態じゃ思うように動けないし、かえって危険だよ。それに、夜間の警備があるとはいえ人間は昼行性だからね。夜明けに近づいた方が思考も行動も鈍る。それに……夜明け前が一番暗くなるんだ。動くならその時の方が身を隠しやすい」
「へえ……流石、狩人だな」

 まあね、とリーゼロッテは地べたに腰を下ろし、隣にいるリカルドを見上げて笑った。

「動くのはあの格子窓から入ってくる光が無くなった時。それまではリカルドも休んでね」
「分かってるよ、姉貴」
「もう、キッドみたいなこと言わないでよ」

 わりぃわりぃ、とリカルドの和やかな声が、地下に響いて消えた。







「ふわあ……ねみぃ」

 外はそろそろ夜明けだ。一人の王国兵は火を点けた燭台を持ち、城内の見回りをしていた。早く交代の時間にならないかなあと思っていた矢先、十字路のところで何者かに背後から口を押えられた。

「っーーう~~~!」
「静かにしろよ」

 物陰に引き入れながら、リカルドが王国兵の耳元で囁く。その大きな口を顔のすぐ横で開かれ、ガクガクと震えながら青ざめていると、背後から「これから言う質問にイエスだったら頷き、ノーだったら首を横に振って」と女の声が聞こえてきた。

(子供、か……?)

 声色的に少女のものに違いないだろう。なんとか出し抜けるかと思ったが「言っておくけど。嘘ついたらその狡賢い頭が二度と機能しなくなるから」と言葉を付け足され、体が硬直する。

「まず一つ。この城に地下牢は存在する?」

 涙目になりながら男兵が頷いた。やはりキッドの言う通りだと、リーゼロッテが更に「二つ」と続ける。

「この近くに地下牢は存在する? ここから百メートル以内」

 男兵は勢いよくブンブンと首を横に振った。流石にすぐには見つからないかと思い、リーゼロッテが「三つ」と問いかける。

「地下牢は貴方からみて左と右。どちら側にある? これは首を向けて方向を示して」

 目を瞑り、右の方向へとゆっくり首を向ける。「地下牢に行くまでに分かれ道は?」と間もなく呟かれ、何が何だかわからないまま頷いた。

「そう。ありがとう」

 同時に湿った布を鼻に当てられ、その異様な匂いに男兵が意識を失う。

眠コウモリスリッピーの牙から出る唾液には催眠効果があるの。無駄な殺しをせずに素材を頂く時に使う」

 人間に使うのは初めてだけどと、足から崩れ落ちる男兵に投げかける。そうしてから物陰にもたれかからせた。

「嬢ちゃんは随分便利なものを持ってるなあ。それって街に行く途中の洞窟にいたやつだろ?」
「そ。狩りをやる上での豆知識だよ。お金なんか使わなくても、自然に役立つものは沢山ある。全部父さんが教えてくれたんだ」

 私の自慢! とリーゼロッテが歯を出して笑い、立ち上がる。例え、悪魔狩りを生み出した人でも、自分に生きていくための色んな知識を教えてくれた。自分を生かそうとしてくれなければ、そんなことは出来ない。女王とは違うんだ、と密かに心の中で呟く。

「右側にあるのは分かったし、地道に探そう」

 アレクが閉じ込められているならきっと地下牢だと信じ、前に進む。
 分かれ道をひとつずつ潰していくように歩いていくと、腐臭のような酸っぱい匂いがし、鼻を押さえながら先に進む。左右に鉄格子があり、何やら中に呻く影があった。

「……見つけた」

 もしかしたらここに、と期待を抱いて、リカルドと共に隅から隅を探す。

「居心地のいい場所とは言えねえな」

 牢獄内の腐肉に集るハエを見て顔を歪めながらリカルドが呟く。リーゼロッテは慣れているせいか、あまり反応を見せず、アレクを探すことに集中した。けれど、どこにもいない。

「ここじゃない……?」

 でも他に牢獄らしき場所はなかった。ここのどこかに必ずいるはずだ。「アレク!」名前を呼ぶと、下品な笑い声が監獄内に響いた。

「げひひひっ! 見ろよ! 看守じゃねえ! 侵入者だ!」
「ちょうどいい! 俺たちを出してはぁ、くれねえかぁ? 随分陽の光を見てなくってなあ」

 次から次へと声が広がっていく。城に閉じ込められているとなれば当然、凶悪犯罪者ばかりなのだろう。先程まで静かだったくせに。相手が看守じゃないとわかったらこれか。

「……いないみたいだな。こんなに目立ってるのに反応なしってことは」
「だね」

 それなら、一体どこにいったのだろう。考えている矢先、曲がり角に火の赤みと人影が映し出されているのを目にした。まずい。見回りがきた、と周囲を見回すが、隠れられそうなところはどこにもない。

「……くっ、仕方ない。リカルド、ごめん」

 そう言って、リーゼロッテは天井に向かってワイヤーを放ち、上へ逃げた。それに戸惑い、リカルドは「えっ、嬢ちゃん?」と慌てたように首を左右に振って見回しながら、斧を構えて向き合う。

「ん? なんだあいつ?」

 照らし出された先にいるリザードマンに、王国兵は目を凝らした。次の瞬間、上から降ってきた影が背後に立ち、何かによって膝裏を押し出された。屈んだ隙に自身の首元に冷たいものが当たる。

「なっ……! 君……っ」
「動かないでください」

 短く切られた言葉に口を閉ざした。真正面に驚いてはいるが武器を構えているリザードマン。そして首元に当てられた刃。流石に状況を把握したのか、大人しくなる。

「君達……馬鹿な真似はやめろ。ここがどこかわかっているのか?」
「勿論。分かった上で来ました。手荒な真似はしたくありません。ただ、人を探してます。黒髪碧眼で、右頬に傷がある青年……名前はアレク」
「……あの子か」

 知っているんですね、と更に首に刃を近づけて迫る。「どこにいるか教えてください」そんなリーゼロッテの言葉に対し「彼ならロードナイト卿に連れてかれたよ」と素直に吐いた。

「ロードナイト……確か、こうけつ……の騎士?」
「ああ。そうだ。我々騎士団の長でもある……ここまで仲間を助けに侵入してきたのは褒めてやるが、ロードナイト卿は君達が敵う相手じゃない。悪いことは言わないから、早くここから立ち去れ」
「……アレクは無事なの?」
「今日見かけた限りじゃな」

 その言葉に安心し息を吐いたが、すぐに「それならアレクはどこ! 居場所を教えろ!」と切迫した様子で問いかける。

「嬢ちゃん! 後ろだ!」

 裏切られたのではなく囮だったのかと理解し、大人しく見守っていたリカルドが声を張り上げる。自身に影が重なり振り返ると、背後から迫っていた他の王国兵に腹を強く蹴りつけられた。

「かはっ……! うぅ……」

 勢いよく蹴り飛ばされ、石壁に背中を打つ。トドメを刺そうとする王国兵に、リカルドはすかさず背負っていた斧を取り出して、投げつけた。ぐるぐると弧を描くように飛んでいく。それに気づき、王国兵が素早く屈むようにして避けた。斧が壁に突き刺さり、リーゼロッテはバクバクと速くなった鼓動で周囲を見回す。問い詰めていた王国兵士がどこにもいない。

「まずい……!」

 廊下の向こうに走っていく背中を見て、慌てた様子で弓を構えた。足がもたついて体が上下に激しく揺れているため狙いにくい。片目をつぶり、狙い目を一つに絞ってやや上を向いた。

『これは獣を狩る道具であって人を殺すための武器じゃない』
「……人殺しになんて絶対になるな」

 自分に向かって投げかけるように呟く。分かってる。分かっているよ。私は誰一人殺さない。そう、父と約束したから。パッと手を開き、放物線を綺麗に描いたそれは、王国兵のマントを貫通し、地面に突き刺さった。

「リカルドさんはこの人を頼みます!」

 一瞬の足止めに、すかさずリーゼロッテがガジェットアームからワイヤーを放ち、距離を詰める。引きちぎるようにマントを破き、走ろうとした王国兵の背中を足で押し倒した。顔のすぐ横に剣鉈を突き刺す。

「ちっ……」
「もう一度聞きます。アレクはどこ? 次逃げたら、うっかり頭を撃ち抜くかもしれないので、お気をつけて」

 剣鉈に寄りかかるようにして前傾になり、真顔で淡々と告げる。「……それなら、今できただろう。偶然でこんなに上手く足止めできるはずがない」うつ伏せになりながら王国兵が諦めたように返した。

「どこかで見覚えがあると思っていたが、まさか君が生きていたとはな……悪魔め」

 寝返りをされ、リーゼロッテは地面によろけて尻をついた。風を斬る音がし、目の前に剣の切っ先が突きつけられる。

「嬢ちゃん!」
「来るな! 一歩でも踏み出したら悪魔の首を跳ねる。その兵を解放しろ」

 王国兵を人質にと思っていたリカルドは目の間に皺を寄せる。「大丈夫!」リーゼロッテがすかさず声を張り上げた。

「私は大丈夫。気にしないで」
「君も動くな! 本当に首を跳ねられたいのか……」

 首に当たるスレスレのそれに、リーゼロッテは一度無言になってから素手で剣を鷲掴んだ。

「やってみればいい」


 見開かれた目は一切の恐怖を感じられない。指の間から血が溢れ、王国兵が動揺する。そのまま立ち上がり「これで最後だ」と告げた。

「アレクをどこにやったの?」

 こちらが脅していると言うのに、逆に脅されているかのようだった。いつの間にか王国兵は壁に追い詰められる。逃げ場がない。相手は自分より遥かに背の低い、子供だというのに―――

「……エントランスより、二階の端にある客室だ。そこに、ロードナイト卿が連れていったのを、見た」

 リーゼロッテから放たれる圧への恐怖から、思わず情報を漏らした。まるで化け物を前にしたかのような目だ。

「……そっか。ありがとうございます」

 目を細め、口角を上げるようにして感謝を述べると、剣から手を離し、床に突き刺さった剣鉈を引き抜いた。

「いくよ、リカルド。アレクの場所が分かった。その人は離してもいい」

 何事もなかったかのように歩き出すリーゼロッテを目にしながら、王国兵はその場に崩れ落ちた。本当に、なんなんだ。あの子は。それを聞いたリカルドも、王国兵から手を離し、途中で座り込んでいる兵を見つめてから「待ってくれ!」とついて行った。





 空の縁は朱色に染まり、黎明の空と夜の暗黒との境目がはっきりと見える。相反する色はどちらの自己主張も激しく、どちらにも混ざらない。だがやがて空は、全て黎明の空に塗り替えられていくだろう。もうすぐ夜明けだ。カァカァと明烏の声が聞こえてくる。

「大丈夫か? その、手……」
「うん。ほら」

 昇っていく日に照らし出されながら前を歩き、リーゼロッテは横にいるリカルドに手のひらを見せた。血はついているが、既に止まっている。

「私、怪我の治りが早いの。昔から……ずっと自分の体質だと思ってた。けど、これは悪魔の能力の副産物。手当されたところも本当は、とっくに治ってる」

 手のひらを力なく下ろし、握りしめる。不気味だよね、そう目を伏せて呟いた。

「なんでだ? すごい力じゃねえか?」
「……リカルドは、なんだかアレクと似てるね」

 貰える言葉の温かさが彼とよく似ている。言われた本人は「本当か!?」と少し嬉しそうだ。

「そこまでだ!」

 階段を登りきったところで、警戒を促すような張り詰めた声が響いた。二人が足を止め、見つめる先には、武器を構えた王国兵の集団がある。

「なっ……バレてたのか」

 王国兵の足止めもしたし、出会ったヤツらは眠らせて物陰に隠したはず。何故、と不思議に思っていると、窓に大量の明烏が止まっているのを目にした。先程の王国兵達との争いを見られて気づかれたのか、と横目で察する。

「大人しく降参しろ! 痛い目にあいたくはあるまい」

 先頭の一人に告げられ、リカルドはじっと前を向きながら「どうする?」とリーゼロッテに小声で問いかける。二人相手にこれだけの数なんて、騎士とは思えぬ卑怯ぶりだ。

「……この先にアレクがいる。アレクを取り戻すまでは帰らない。リカルドは?」
「気が合うな。オレもだよ。ここまで来て、手ぶらで帰るつもりはない。ここから出る時は三人でだ」

 にっ、と歯を見せて笑うリカルドに「そうだね」とリーゼロッテも笑って返した。武器を構え、戦闘態勢に入る。

「ちっ……二人で何ができるんだ。捕らえろ!!」

 剣をリーゼロッテ達に向ける先頭の声に、他の兵が走り出した。背中の矢筒から火薬筒矢を取りだし、走ってくる兵士達の手前に向かって放つ。
 ドゴォン! 床に突き刺さって爆破し、轟音と共に地面が揺れた。煙が上がったところでリカルドと共に前に走り出す。

「おらぁ!!」

 ピカピカに磨かれた斧で向かってくる兵士たちを薙ぎ払う。リカルドの傍でリーゼロッテも負けじと矢を放ち、次々と敵を眠らせた。

「屈んで!」

 張り上げられた声のままリカルドがその場に屈むと、その大きな背を飛び越すようにして、リーゼロッテが背後から迫っていた敵を蹴りつける。

「わりぃ! 油断した!」
「大丈夫!」

 その直後に前から切り掛かられ、弓で受け止める。それに対し、リカルドが兵の首根っこを掴んで、壁へと投げ飛ばした。

「ありがとう!」
「おう!」

 見事な連携だ。二人で乱戦するのは二回目という事もあり、背中の任せ方を熟知しているようだった。相手はたった二人なのに、と王国兵がどよめく。

「ちっ! 魔法兵!」

 一般人相手にと思っていたが、もう容赦はしないと、王国兵の一人が命令する。その直後、光のような球体上のエネルギーが二人に向かって放たれた。味方の兵も関係なしである。

「酷いことを……」

 魔法兵らしき姿は先程から見えていたが、兵士と乱戦していれば使われることはないと思っていたのに。腐った騎士道だとリーゼロッテが睨んだ。

「あいつら、仲間を潰す気かよ……」

 無茶苦茶な奴らだ。まあ、こちらとしては助かるがとリカルドは見つめ、飛んでくる球体エネルギーを斧で受け止める。

「くっ……!」

 弾き出され、直接魔法を体に受け止め爆発した。「リカルド!」リーゼロッテが声を上げる。

「平気だ、これぐらい。屁でもねえ」

 煙が立ち上る中、変わらず地面に直立して現れた。血が滲みだした体のまま口を開き、笑う。かつての闘技場時代を思い出して、瞳孔が開き、斧をぐるぐると回した。

「うおおお!」

 近くにいた兵士をなぎ払い、飛んでくる魔法を再度受け止めて、弾き飛ばした。跳ね返った魔法は壁を破壊し、崩れていく。

「すごい……」

 これがリカルドの本来の力なのか。感心するも、次々と魔法弾が飛んできてリカルドを追い込んでいく。これじゃあ、埒が明かないどころかやられてしまう、とリーゼロッテは武器を構えたまま考えた。まず、あいつらを何とかしないと。

「リカルド、少し離れてて!」

 魔法兵の手前に火薬筒矢と見せかけて煙玉を投げつけた。その煙に紛れて、ワイヤーで天井に上がる。そうしてから、一つの手に三本の火薬筒矢を掴んで弓を構えた。一度に三本、魔法兵の上から雨が降るように矢を放つ。矢は魔法兵に当たり爆発した―――はずだった。

「なっ……!」

 煙の中から現れた魔法兵の周りには、青白い壁のようなものが覆っている。バリア? そんなものまであるのか。理解した直後、魔法兵が放った魔法弾が空中のリーゼロッテに直撃する。

「嬢ちゃん!!!」

 リカルドの叫びが、王城内に響いた。





「だ~から、許可証がないと城に入ることは出来ないの」

 ルクセンシュタイン街と王城を繋ぐ橋にて、一つの荷台が止められていた。

「あ? なんだって??」
「もう! 君! からかうのも大概にしなさい! 人に交渉する時は人を上から見下ろすんじゃない!」

 見上げるほどの大きさの動物に跨る人物は「仕方ねえな~」と怠そうに飛び降りた。スタイリッシュのつもりか片足で着地し、ぐきりと足をぐねると、抑えながら地面で「いでぇーー!」とじたばた悶える。

「君、ふざけているのか。とりあえず君は誰だ。顔を見せてみろ」
「あー、そうするわけには……いや、もう。そろそろ飽きてきたしな。なあ? お前ら」

 ブツブツとつぶやき、男が素直にフードを取った。同時に荷台から武器を持った男たちが現れる。

「どぉうも~キッド一味でぇーす」
「なっ……盗賊のっ!」

 背後からキッド仲間が殴り掛かり、兵は地面に伏した。尻を高く上げ、気絶する兵士の頭を踏みつけながら、城の方を眺める。

「どうするんですお頭ぁー? 橋は半分しかないですよ。第一、リーゼロッテの姉貴が城についてるかも……」
「いや、着いてるさ! 俺には分かる」

 顎を触り、自信満々にキッドが言ってみせる。「だからといってこんな朝早くに……」とごねる部下に「何言ってんだァ!」とキッドが怒鳴った。

「こうして光差し掛かる夜明け……! その時に現れる俺は! どう見える……?」
「か、かっけえっす!」
「そうだ! 俺のかっこよさが引き立つだろぉ! 盗賊と言ったら誰の目にも触れず盗む……夜明けはまさに、俺たちの時間だ」
「それなら、ブルーは連れてこず、こっそり侵入した方が良かったのでは……?」

 見習いの一人に「馬鹿か! お前は!」とキッドが拳骨を頭にぶつけた。

「ブルーは俺の相棒だ!! 相棒を置いて行けるわけがないだろ!! なあ! ブルー!」

 キッドの声に、ブルーは「ぶるぅ!」と嬉しそうに擦り寄った。それに対して、キッドもデレデレに抱きつく。

「こほん。いいかあ、お前ら! きっと、今頃姉貴が命懸けで仲間を助けようとしている! 姉貴の仲間は俺たちの仲間であり友だ! そんな友をみすみす見殺しにするわけにはいかねえ!」

 咳払いと共に切り替え、ロングコートを翻すと、キッドは盗賊団全体を見回すようにして声を張り上げた。

「姉貴は襲ってきた俺たちのアジトを命懸けで取り戻してくれた! なら、俺達も姉貴の為に命を張るってのが筋ってもんだろ! 仲間一人の為に命を張れる! それが俺たちキッドファミリーだ!」

 うおおお! とキッドの言葉に盛り上がり、声を上げていると背後から「何事だ!」と街に残った王国兵が集まってくる。

「か、頭ァ! どうします!? 早速見つかりましたぜぇ!」
「そうか。ならHLO! 派手に乱闘作戦(Hadeni Rantou operation)だァ!」

 武器を構えるキッドに、一味は王国兵に向かって襲いかかる。



「へえ、面白いことになってきたじゃん」

 王城の窓から覗いていた人物は頭上で腕を組み、楽しそうにその場から離れていった。




「大変です!!」

 切迫した王城内に響いた声に「今度はなんですか?」とルーファスが不機嫌に睨みつけた。

「門橋前に盗賊のキッド一味が現れ、ルクセンシュタインに残った王国兵と乱闘中! また、現れた侵入者はあの悪魔リーゼロッテ・ヴェナトル、そして手配中のリザードマン、リカルドで間違いないです!」

「次から次へと……」

 頭を抱え、息をつく。やはり、現れた侵入者は悪魔の娘だったか。このことが陛下の耳に止まれば、またご心労が一つ―――と髪をかきあげる。

「賊共は街の方で何とかしてください。門橋は絶対に下ろさない事。侵入者は捕えず、その場で処刑を」
「それがその……門橋が、先程降ろされてしまったみたいです」

 その言葉に「は?」と目を見開く。戸惑う王国兵の胸ぐらを片手で掴み、壁に押しつけた。

「何故降ろしたんです!? そんな指示はしていない!」
「侵入者との乱闘で負傷者が増え……」
「今ここで街から増援を呼んだらどうなるか、馬鹿でも分かるはずでしょう! 第一、中の侵入者は二人だけなのに、何をそんなに手間取ってる! 」
「そ、それが……ジーク様、の指示で……」

 ジーク、そう呟き、ルーファスが手を離した。空中に浮いていた兵は地面に下ろされ、尻をつきながら咳き込む。

「あんの……くそ犬が……っ!!」

 ピキピキとこめかみに青筋が立つ。片方の口角が痙攣し、引きつった顔はかつてないほどの怒りの形相を浮かべていた。「もういい」ルーファスが俯きながら呟く。

「もう、貴方方には任せません。私が行きます」

 えっ、と王国兵の声が漏れる。歩き出す赤髪は部屋の扉を開け、無言で出ていった。





 地面に落ちたリーゼロッテは腕を抑えながら、蹲った。慌てて駆け寄りながら「無事か?」とリカルドが声をかける。

「……ワイヤーで避けたから平気……」

 これぐらい、と奥歯をかみ締めて座り込んでいると、すかさず二人の周囲を魔法兵が囲んだ。リカルドは斧を持ったまま、リーゼロッテの前に立ち、睨みつける。

「……もう終わりだ。大人しく投降しろ。逆らうのであれば……」

 持っていた杖の先端にまたもエネルギーが集まり始める。空気を吸い込むように光の軌道を纏うそれに、リーゼロッテとリカルドは顔を歪めた―――その時。

「おおおおお!!」

 遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。廊下の奥から大きな物体と共に突進してくる影は、ここに来る前に一度出会っている顔ぶれだ。

「は?」
「え? キッド……?」

 ほぼ同時にリカルドとリーゼロッテが困惑の声をあげた。コバルトバイソンの突進で人が宙を舞い、床を滑るようにして止まると、キッドがこちらを向く。

「やっぱりいたか! 姉貴! 助太刀に来たぜ!」

 嬉しそうにニコニコと手を振るキッドに「な、なんで来たの!? 来るなっていったのに!」とリーゼロッテが真っ先に返した。

「あれ? そうだったけ……後からついてきてっ! 貴方の力が必要なの! と……」
「どんなポジティブ!? 迷惑は迷惑の言葉通りだって!」

 激しく怒鳴りつけていると、囲われているリーゼロッテ達を見て「こりゃいけねえ!」とキッドがブルーと共に突進した。中断された詠唱が間に合わず魔法兵が吹き飛ばされる。

「どうです姉貴! 朝日と共に姉貴のピンチに駆けつける俺! かっこいいだろう?」
「少しは話を聞けー!!!」

 声を荒らげるリーゼロッテの隣でリカルドはげらげらと笑った。戸惑いつつも襲いかかってくる王国兵に、キッドはサーベルで斬り掛かる。

「よぉし! 野郎ども! 暴れてやろうぜ!!」

 うおおお! と一味が雄叫びをあげた。あちこちで剣と剣がぶつかる音が激しく鳴り響く。目元に影がかかるほど皺を寄せるリーゼロッテに「本当にどうしようもねえ奴らだなあ? 嬢ちゃん」と隣にいたリカルドが投げかけた。

「……でも、皆嬢ちゃんに惹かれて、ここまで命を張りに来たんだ。世界に嫌われて、色んな人から追われて、傷つけられてばっかりだってのに、それでも嬢ちゃんは、オレたちを必死で助けてくれた。誰かに向けた良心が繋がっているから、今オレはここにいる。これが、嬢ちゃんの作った繋がりの力だよ」
「繋がり……」

 オウム返しして言葉を受け止めるリーゼロッテの背後に王国兵が斬り掛かる。が、リカルドが一回転するように斧で殴り飛ばした。

「ここはオレ達に任せて、先にいけ」
「……っ! で、でも」
「大丈夫だ。これぐらい、闘技場の連中の方がまだ楽しめる」

 横から来る兵士を受け止め「早く行け!」とリカルドが再度言い放った。

「アレクの兄ちゃんを必ず救出しろ!」

 その目に、リーゼロッテは見開いてからグッと両拳に力を入れる。

「ありがとう! リカルド、死なないで!」

 全力で駆け出すリーゼロッテに答えず、リカルドはただ腕を上げた。それを目にし、前に集中する。

「行かせるか!」

 横から現れた王国兵にリーゼロッテは咄嗟に剣鉈を取り出そうとした。が、キッドのサーベルがそれを受け止める。

「キッド!」
「ああ、大丈夫……だ!!」

 そう言って力で押し込み、キッドはサーベルを構えた。「姉貴は気にせずに前へ進め!」いつになく真剣な表情で告げる。

「俺単体でもかなり強いんだぜ? 剣術は幼い頃、嫌という程叩きつけられたからなあ!」

 おらあ! と斬りつけ、横にいた兵士を蹴り飛ばす。心配になりながらも「惚れたか?」と目線をやるキッドに「ううん。ありがとう」とリーゼロッテは笑顔でその場を駆けた。

「もうー、姉貴は素直じゃねえなあ!」

 背後から聞こえる声に信じようと、リーゼロッテは前を走り続けた。アレクの居場所を脳内で唱え続けて廊下を進み、扉の破壊されたエントランスへと辿り着く。
 ここから二階……となればあの階段を登らなくてはいけない。周囲を見回しながら踏み出したところで、柱の影から誰かが出てきた。

「おや。何をそんなに急いでおられるのですか? リーゼロッテ・ヴェナトル」

 現れた赤髪に思わず足を止めた。ゆらりと分けられた前髪を揺らし、一見幼くも見える垂れたグレーの瞳は冷たく、こちらをじっと見下ろしている。たった一人とは思えない威圧感だ。階段の前に立ちはだかるそいつと向き合い「誰……」と睨みつける。

「これは失礼致しました。私、陛下の側近護衛ロイヤルガードである、ルーファス・ロードナイトと申します。以後お見知り置きを」


 赤髪、そして女王のロイヤルガード―――キッドの言っていた情報を思い出し、鼓動が跳ね上がる。

「紅血の騎士―――!」

 高まる警戒と共にリーゼロッテは武器を握りしめた。こほん、前にいる騎士が咳払いをする。

「その通り名、やめて貰えませんかね」
「……はい?」
「その通り名は私が気に入らないと言ってるんです。第一……何が国民に愛されるためにも親しみやすさが大事、ですか! 陛下はそうやって私をからかってばかり! 街で聞こえないふりをするこっちの身にもなってくださいよ!」

 ロードナイト卿と呼ばれていたのが懐かしい、と赤面になるルーファスに目をぱちくりさせる。この人は先程から何を言っているのだろう。あの、と話を遮ろうとして「私は怒っているんです!」とルーファスが声を張る。

「こんなに怒るのは、久しぶりですよ。ジークの裏切り、女王に無礼を働くあの青年……そして、ここまで城をめちゃくちゃにし、陛下に楯突く貴方という存在にも―――!」

 その一瞬で空気が変わった。ピリピリと張り詰めた緊張が肌に伝っていき、自分の意思と反して体が震える。
 ルーファスが剣を手に片膝をつくと、足元から風が沸き上がり、散らかっていた地面の瓦礫や砂が巻き込まれぐるぐると回った。瞬間、剣を地面に擦るようにしてから切り上げ、巨大な赤い斬撃がリーゼロッテに向かって飛ぶ。

「いっ……!?」

 大きな地揺れと轟音が城内に響く。先程キッドたちの侵入で下の部分にだけ穴が空いていた扉は上の方まで斬られ、近くにあった石造りの壁でさえも四角に分断されて崩れていった。

「……っ」

 何が起こったか理解出来ずに見開いたままその場で固まる。遠くで切断された右腕がボトリと落ちた。肩を押さえるようにして無意識に圧迫止血をする。

「取り乱してしまって申し訳ありません。今のは、ほんの挨拶がわりですよ。すぐに殺しても、私の気がすみませんから」

 人の良さそうな笑みを浮かべるルーファスに喉が鳴る。本物の化け物だ。リーゼロッテは声を出すのを忘れて、ただ震えた。
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