赤ずきんは夜明けに笑う

森永らもね

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第一部 三章

20 罪人(挿絵あり)

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 アジトは賑やかな声に満たされていた。げらげらと笑い、肩を組んでダンスをする様子に呆れる中「よう」とキッドの声が聞こえてくる。

「改めてお礼に来たぜ。アジトを取り返してくれてありがとうな! あいつらの笑顔を見たのは久々だよ」

 その声はいつもより落ち着いているような気がする。無理もないかと思いつつ「キッドは大丈夫なの?」とカウンター席でリーゼロッテが問いかける。髪を下ろしているせいか、何処か暗い。

「まあな。あれぐらいで俺は死ぬたまじゃねえよ。生まれてから一度も風邪をひいた事がねえってぐらいに丈夫なのが自慢でさ……ブルーと同じだ」

 ブルー、の言葉にリーゼロッテは少し目を伏せて「そっか」と返した。隣に座っていたキッドは上半身を丸めて机に手を付き「ありがとう」と震えた声で再度告げる。

「あんたの治療がなかったら、今頃ブルーは死んでいただろう。もうダメかと思っていた……あんたは俺と、ブルーの恩人だ」
「ぶるぅ」

 カウンターの近くで包帯に巻かれて横になっているブルーに「本当に良かったな」とキッドが優しく撫でる。

「私じゃないよ。トドメを指してくれたのはリカルドさんだし。斧奪った謝罪も含めて土下座してきたら」
「それはもうしてきた……でもよ、そしたらリカルドさんが……」
「オレが? なんだって?」

 上から声をかけられ「ひぃ!!」とキッドが見上げて怯える。リカルドは酒を片手に飲みながら「いちいちビビってんなよ、兄ちゃん」と笑ってみせた。

「全く。リカルドさん、あんまりキッドのこと虐めないの。何の得にもならないよ」
「んな事言ったっておもしれえんだ」

 なあ、と肩を組み、目だけを向けるリカルドにキッドは背中を伸ばして硬直する。また気絶しそうなそれに「ほらほら離れて」とリーゼロッテが引き離した。

「はあ……キッド。せっかくいるから話があるんだけどいい?」

 改まったリーゼロッテに「あんたの話ならなんでも聞くぞ」とキッドが返した。

「そう。私たち王城に行きたいんだけど……知っている情報全部教えてくれない?」
「王城? って女王のところか?」

 何やら反応を示す様子に期待出来るかもしれないとリーゼロッテは頷いた。もしやあんたらも国宝を狙って? と目を輝かせるキッドに違うと即答する。

「なんだよ。王城に眠る黒竜テネルスの水晶……! それを追ってこそ、本物の盗賊ってやつだ!」
「だから。私は盗賊じゃないし、国宝に興味なんてない」
「ふうん。まあ、どっちでもいいけどよ。何を話せばいいか……」
「一番知りたいのは入口がどうなっているかと、兵の強さや規模。あと、捕らえておける場所があるか」

 敵を事前に知っておくのは大切だと、いくつか必要な情報を搾って口に出した。ああ、そういう事かと、キッドは考える素振りをする。

「まず入り口は、これといっても特に……どこにでもあるような城門だよ。敵の侵入を防ぐためか城の周りは水が張っている。メインの出入口はかけ橋で、兵士に許可を取らないと下がってこない仕組みだ。捕らえておけそうな場所としては、確か反逆者達を閉じ込める為の地下牢があるはず。入れられたら出てこられないとか……なんとか。そして、当然王国兵は並の強さじゃねえぞ……特にやべえのは女王のロイヤルガードだな」

 ロイヤルガード? と聞き返すリーゼロッテに「女王の近衛兵だよ」とキッドが更に続ける。

「結構有名だぞ? ロイヤルガードのルーファス・ロードナイト。家は代々宮廷貴族で有名な騎士を排出している名家中の名家。しかも奴は家系の中でも剣術の天才と謳われる神童だ。人の良さそうな顔して、敵には容赦のない残虐なやつだよ」

 そいつはオレも知ってるぜ、と会話にリカルドも入ってくる。

「戦場でそいつの赤髪を見て立っていられる者はいないんだとか。ついた通り名は紅血の騎士。大層な名前だが実力は本物だ……その通り名は知ってるだろ?」

 ブンブンと首を横に振った。狩人としての知識は豊富だが、常識と呼ばれる一般的な知識には疎いほうである。

「他にも暗殺専門のアートルム家の令嬢が王国兵に入ったのが有名だな。紅血の騎士と並んで死神だなんて恐れられている」
「……っ」

(アートルム……あの人の事か)

 湿地の森でのことを思い出し、リーゼロッテは苦虫を潰したかのような顔になる。あんな最期になってしまったが、森で襲われたハウンドの事を考えると、彼女は能力を制限しているようにも見えた。普通ならとてもかなう相手じゃない。紅血の騎士は少なくとも彼女と同等―――もしくはそれ以上。どのみち戦いはなるべく避けた方が良さそうだ。

「まあ、そんなところだな」

 話を終えるキッドにリーゼロッテは「そっか」と腕を組む。とりあえずその赤髪の騎士には気をつけた方が良さそうだ。アレクがいるとすればその地下牢……どうやって忍び込むかと真剣な表情になる。

「……ひとまず、ありがとう。ちょっと情報得られて良かった」

 殆ど噂だとか、城の外を見れば分かるようなことばかりだったが。何も知らないよりはマシだろう。欲しかった情報は手に入ったし、そろそろ出るかと立ち上がる。途端に「あー!」と伸びた驚嘆が耳の奥を駆けた。

「こいつやっぱり……! 頭ぁ! その女! 例の一千万の賞金首っすよ!! 間違いねえっす!」

 先程からじっとこちらを訝しげに見ていた一人が古い手配書を持ってやってくる。久々に見たそれにリーゼロッテはぎょっと顔を引き攣らせた。

「ぬぁに!? どれ……」

 顔を手配書と交互に見比べるキッドから慌てて顔を逸らした。「この人が俺よりも懸賞金が高い……!」と手配書を握りしめてキッドがわなわな震える。まずい。何度も見た光景だ。また襲われては困ると武器に手をかけた瞬間、その場に歓声が響いた。えっ、と困惑して眉を下げる。

「まさかこんなところで出会えるなんて! 姉貴!」
「あ、姉貴?」

 くるくると回り、舞い出す連中にリーゼロッテは顔を顰める。手を取られ「なんて奇跡だ!!」と笑うキッドの腹に思わず膝蹴りした。反射的に出てしまった足にハッとして「ご、ごめん」と慌てて謝る。

「俺はよ……とんでもねえ悪党になるって決めたんだ。もう誰からも舐められない……この世の金銀財宝は全て奪ってやると。そうしてコツコツ上げてきた懸賞金を短期間で上回る奴が現れた! 姉貴だ! こんな偶然があるか……? 命の恩人で、その上俺の憧れの人だったなんて! ずっと一目でいいから会いたかったんだ!」
「はあ……?」

 全く意味が分からない。こいつらは自分をギルドハンターに差し出すような輩ではないって事なのか? 未だ理解出来ていない様子で片眉を寄せていると「よぉし! 野郎ども! 宴だ!」と盛り上がりのまま何かが始まった。それに応えるように一斉に一味の声が揃って上げられる。

「我らが姉貴との出会いに乾杯!」

 どこからか持ってきたジョッキがカチン、カチンとぶつかり、鳴り響く。というか宣言する前からやっていたじゃないか。

「なんか分からねえけど、打ち解けてよかったな」
「いや、全然」

 愉快な空気にリカルドが笑って言い放つ。一方で不機嫌そうに腕を組んでいると横から「さぁさぁ姉貴も酒を!」とキッドにジョッキを渡された。

「私、未成年だからお酒は……」
「だそうだ! 誰だ姉貴に酒持ってきたやつは!! 今すぐジュースを持ってこい!」

 がはは、とアジト全体に楽しそうな笑いが波及していく。何がそんなに楽しいのかは皆目見当もつかない。いつの間にかリカルドまで飲み比べに参加している始末だ。呆れつつ、自身も貰ったジュースに口をつけながら「たまにはいいか」と酔いの空気に流されていった。





 気がつけば、テーブル席で眠ってしまっていたようだ。普段ならこんなところで寝落ちするなんて絶対にありえない。よほど疲れていたのだろう。起きた瞬間にまずいといった焦りはあったが、特に拘束されておらず、周囲には酒に酔って床で寝転がるキッド一味とリカルドの姿があった。まあ、あの様子じゃこちらを騙すつもりは本気でなかったに違いない。第一、嘘をつかれても彼らなら見破れる自信があった。

 頭上で腕を組み、背中を伸ばす。頭がガンガンと痛み、少しだけ夜風に当たろうと、リーゼロッテはアジトを出た。背後から照らし出された月明かりが、自分の影を伸ばしていく。


「やあ、今夜は月が綺麗だね」


 聞き覚えのある声が背中を打った。風を感じ、ハッとしたように振り返る。大きな月を背にアジトの上に立っていた人物は金目を不気味に光らせてこちらを見下ろしていた。

「会いたかったよ。赤ずきんのお嬢さん」
月狼ルーナ・ルプス……!」


 夜風が、完全に覚醒し見開かれたリーゼロッテの目に染み渡った。

「なんでここに……!」

 しっかりと見上げて認知してから、睨みつけた。あの日、自分を殺すように命令し、アレクを連れ去った張本人が目の前にいる。噛み締めた奥歯がギリギリと軋み、口角がひくついた。敵意が体全体から放たれる。剣鉈を鞘から取り出し、向けてから「よくもアレクを……!」と構えた。

「アレク? ああ……あいつね。あいつは国の兵力強化の為に連れ出されただけだから、悪いようにはされていない。今頃君のことなんか忘れて、王室でまったり紅茶でも飲んでいるさ。だから安心してよ」
「それを信じるとでも……!? 貴方は私を殺した……! そんな奴の言葉なんて信じられるはずがない……」

 静かに、けれども威圧感を含ませる張り詰めた声で返す。怖いなあ、と感情の籠っていない語調で月狼が嘆息した。

「今は嘘をついていないよ。第一、おかしいじゃないか。何故敵意を僕に向ける? 君を殺したのはそのアレクだ」
「貴方が命令したんだろ!? 私を殺すように……!」
「けど、生きていたじゃないか」

 その言葉にハッとし、違和感に思った。変わらず自分を見下ろしてくる人物に眉を顰める。なぜ彼は一度死んだはずの自分を見てなんとも思わないのだろう。それに会いたかったとこいつは言った。まるで生きているのが当然とばかりに―――

「殺したはずの相手が生きてて、何故驚かないのかって顔してるね」

 思惟する心境を言葉にされ、リーゼロッテは息を飲む。別に驚きはしないよ、と月狼は爪をカリカリと指で弄った。

「君が生きてるって知っていたからさ」

 弄っていた指をピンと伸ばし、月狼は口を三日月のように半開きにさせて笑った。知っていた? 一体どういうことだとリーゼロッテが少し首を傾ける。

「君たちはそうだろ? そういう力の下で生かされている」

 アジトの岩から飛び降り、月狼は身軽に着地した。近づいてくるその姿に怯え、リーゼロッテが無意識に後退する。

「安心してよ。取って食おうなんて思っていないさ。今日は君の様子を見に来ただけ。元気にしてるかなあと思ってね。ほら……結構派手に死んでいたから」

 距離を詰められ、リーゼロッテは「ふ、ふざけないで!」と声を張り、剣鉈を振りかざす。

「まあまあ、そうカッカしないでよ。女王の目を欺くためにも、あの演出は必要だったんだ」


 が、その切っ先は月狼の直前で止められた。リーゼロッテの腕が掴まれた為である。足元を見つめ、押さえつけられながら固まってわなわなと震えた。

「おかげで君は一時的に女王の警戒から外れることが出来た。それが突然現れたら女王はきっと驚くだろうね。その方が楽しいことになる」

 強く腕を振りほどいた。数歩ふらつくように後退して「どういうつもり……?」と首を竦める。

「だから、僕は君が生きてるか確認しに来ただけ。案の定ちゃんと復活してるし、その様子じゃ大丈夫みたいだ。城の方にも向かってきているみたいだし……ああ、女王のことなら心配しないでよ。君は死んだってことになってるし、君たちの力も知らないから」

 理解が追いつかなかった。君たちの力? 演出? そういえばずっと不思議に思っていたのだ。何故アレクを連れ去っていく時に、わざわざ場所を教えたのだと。
 アレクを連れ去ったのは、どこをふらついているのかも分からない月狼と自分を追ってきたグレッグのみ。彼らがどこへ向かうのか、場所の特定はできないはずだ。これじゃあ、始めから自分が復活できて、アレクを連れ戻すように城まで誘導されているみたいじゃないか。

「分からない……何? 君たちの力って……貴方は、始めから私が復活できるって知ってたの? 知っててわざわざアレクの居場所まで教えて、私を誘導していた? 貴方は、何を知ってるの?」

 頭の中で渦巻く疑問を吐き出した。言葉にしても整理がつかない。うーん、と月狼は困ったように首を傾げる。左耳についたリングピアスが背後から差し掛かる月光に反射してキラリと輝いた。そうだねえ、と間を繋ぐ言葉を吐いてから楽しそうに目を細める。

「僕はさ、退屈なことが嫌いなんだ」
「……は?」

 突然の自分語りに気の抜けた声が溢れる。質問の答えになっていないと不満そうに見つめるリーゼロッテに構わず「もう何百年と生きてるからさ。大抵の事は何でも試してみたよ」と続けた。

「いつしか新しいことがなくなって、自分の心を波立たせるほどの刺激がなくなった。生き物に刺激は大切なんだよ。刺激は成長と、快感を生み出す。人生はそれで楽しくなる。それを失った僕は……死んでいるのと同じさ」

 月狼の金目は空虚を映していた。心底うんざりしているような、そんななんの感情も持たない目だ。

「ありふれた世界。そんな中で君たちは唯一異質だ。異世界からやってきて、言語も通じず、生まれ育った環境も違ければ、文化や価値観も違う。僕の知らない世界を知っている。それだけでとても興味が唆るんだ。でも、予言に脅えた女王がしたのは彼らを閉じ込め、異物として世界に追いやること。彼ら異世界人をこの世界で異端という括りに仕立てあげてさ。それじゃあ、結局なんの面白みもない」

 そんな時に君が現れた、と月狼は独り言ちるように付け足した。

。悪魔が異端という括りの世の中に馴染まず、君は悪魔の中でも異端になった。家族を作り、言葉を覚え、この世界で生きる術を身につけ馴染もうとした。そして今度は悪魔という概念を変えるために立ち向かっている。久々なんだ……見ていてこんなに楽しいのは」

 遠くを見上げ、薄ら笑みを口角に浮かべる。リーゼロッテはただ訝しげに月狼を見ていた。

「知ってるかい? 悪魔は不死身だけど、完全な不死身じゃないんだ。生物の死とは、肉体から魂が離れることを指す。けれど、神は君たち罪人への罰として魂を可視化し、体の中に隠した。いわゆるコアと言うやつだ。そのコアが砕けるまでは何度でも再生する。それが君たち悪魔の、最大の強み」
「罪人……? 罰……?」

 分からないままオウム返しする。「君たち悪魔は老若男女と様々。でも、唯一共通点があるんだ。なんだと思う?」その問いかけにさえ、反応は鈍く、無言になった。


「君たちは前の世界で、自ら命を絶った人間たちだ」


 流れ込んでくる前にも見た光景。目を開いたまま動揺に瞳を揺らし、リーゼロッテの口は半開きになる。

「自死を行った者への罰。それは―――この世で永遠に生き続けることさ。例え苦しくても、辛くても、今度は死んで逃げることは許されない。それが君たちの体にかかった不死の呪いだ」

 はっ、と短く浅い息をする。頭の中がごちゃごちゃして、思わずこめかみ部分を抑えた。

「だから君たちは人間じゃない。悪魔でもない。そもそも生きていない、ただの動くアンデッドだ。生物で言う体温も、心臓から発する鼓動もない。あるのはコアから発する呪いの波動だけ」

 嫌な汗が背筋を伝った。生きていない、動く屍。その言葉が重く胸にのしかかり、呼吸がままならず苦しくなった。とくんとくんと一定刻みで自分から発する音が大きく聞こえる。これも全て―――生者の真似をした偽物だったのか。一時の沈黙の中「はははっ」と高らかに笑い声が響いた。

「リーゼロッテの次は生者の偽物、か……もう、今更何を言われても驚かないよ」

 自分が生きていないと言われたにしてはあまりにも冷静な態度だった。青ざめて発狂すると思ったのに、と月狼が不思議に瞬きだけを繰り返す。

「元々、私はリーゼロッテの生き写しだった。そこに死なない呪いがある、それだけのこと。ただ狩りが得意なだけじゃ、アレクの奪還はできない。それなら今はその呪いを、自分の力として有効に使う」

 以前の自分なら心が折れていたかもしれない。クリフの死から畳み掛けるように真実を知らされて、自分が自分で分からなくなった。それでも、アレクに気付かされたんだ。自分の生きる意味は、そこにある。それだけで十分だ。「そうこなくちゃ」月狼がにっ、と楽しげに目を細めた。

「……ただ、気をつけた方がいい。君の力は完璧じゃない。コアが破壊されたらその時点で君は本当の死を経験することになる。幸い今は僕しか知らないけど、女王はきっと君の力に気がつくだろう……まあ、せいぜい最後まで僕を楽しませてね」

 ぽん、と肩に手を置かれた。ゆっくりと前に進み、ここから立ち去ろうとする月狼に「なんで、教えてくれたの」と振り返って問いかける。言ったろ、とすぐさま返された。

「僕はさ、永遠が嫌いなんだ。酷く退屈するから。だからどんなに楽しい時間にもいつか終止符を打たなくてはいけない。物語の終盤にこの開示は大切だろ? そして、君の物語はもうすぐ終わりを告げる。希望か絶望か。僕は最後まで見届けさせてもらうよ」

 振り向いた月狼は金目にリーゼロッテを映し「期待している」と呟いた。その瞬間に月が雲にかかる。辺りは一瞬の暗黒に包まれ、次に月光が差し掛かった時には、月狼の姿はどこにもなかった。





「ええー! 姉貴もう行っちゃうんですか!」

 翌日、先に進もうとする一向にキッドは慌てて引き止めた。当たり前でしょ、とリーゼロッテが呆れたように告げる。

「私は一刻も早く城に向かうべきなの。本来ならこんなところでのんびりしてる時間はない」
「でしたら、俺たちがお供に!」
「いえ、結構です。寧ろ迷惑だから」

 ノー、とリーゼロッテは手のひらを見せるようにして速攻で断る。しゅんといじけるキッドを見ていると隣から「嬢ちゃんは厳しいな」とリカルドの声が聞こえてきた。

「……彼らが来たら隠密行動もバレる。あと、城の兵士に間違いなく殺される」
「なんだかんだとアイツらのこと気遣ってるんだな」

 キッドを励まそうとして集まる仲間たちを見て「別に殺したいほどの悪い奴らじゃない」と呟いた。手配書が出てるなら悪人には変わらないけれども、聞けばこいつらはただの盗人集団らしい。確かに人殺しができるたまではないなと鼻を鳴らす。素直じゃないな、とリカルドが笑った。

「じゃあ……ぐすっ……ブルーがお供に……」

 おいおいと泣きながら頬擦りし「役に立つんだぞ」とキッドが別れを惜しむ。それに構わず、ブルーは呑気に草をむしゃむしゃと食べていた。昨日あれだけの怪我をしていたのに、キッドの言うように丈夫なのは間違いないらしい。

「いや……だから別にいいって!」

 引き離しづらいし、とその様子を見てリーゼロッテは嘆息した。本当に騒がしい奴らだ。

「じゃあ、もう行くから……あっ、ブルー……これ約束の……」

 黄色が見えた瞬間にキッドを押し出してブルーがすかさずたんぽぽを咥えた。よほど好きなんだろう。いざ別れると思うと何だか寂しい気もするなとその青い体を撫でた。

「……あ。それと、キッド」
「は、はい?」

 押し出された勢いで地面に伏せていたキッドが顔を上げる。

「約束通り、もうあの岩場で追い剥ぎなんてしないこと。やるなら他の盗賊団を狙いなよ。その方が効率的にいい宝を集められる。罪のない旅人を襲うのは非効率的だ」

 彼にも彼なりの守るものがある。そのせいで盗みをやめろとは言えなかった。それならせめて普通の人を巻き込まない方法をと、リーゼロッテが提案する。盲点を突かれたとばかりキッドの体に電流が走った。他の仲間たちにもそれは波及する。

「な、なるほど! 盗人の盗人……!! 流石姉貴は天才だ! よしお前ら! 今度からキッド盗賊団は盗賊団専門の盗賊を方針にやっていくぜ!」

 おー! と同士たちの声が天を突き上げる。要はもう一般人を襲うなということだが、これなら上手く行きそうだ。単純なヤツらと思いながらリカルドと共にアジトを出ていく。

「あー! っと姉貴! ありがとう!! 俺たちいつかあんたを超える立派なワルになってやるぜ!」
「はいはい、その意気だ」

 慌てて、アジトを出て宣言するキッドにリーゼロッテは振り返らずに棒読みで手を振る。背後からは盗賊団の騒がしい声と、ブルーの声がいつまでも聞こえた。

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