赤ずきんは夜明けに笑う

森永らもね

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第一部 一章

08 守りたいもの(挿絵あり)

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 階段を駆け下り、アレクは切迫した様子で地下室へとたどり着いた。匂いは酷いが、そんな事を気にしていられない。

「リーゼ!」

 自分の左右に広がる牢獄を見回して声を上げた。ここじゃ匂いで探すことは出来ない。鉄格子の先の光景をじっと見てみる。壁に寄りかかっている人間らしき四肢の生えた体からは鱗のようなキノコが大量に生えていた。案内させた男が言っていた通りだ。顔を中心に生えているので、誰だか判別する事が難しい。唯一の助けといえば、捕まった当時の服装のままだということだ。

「あ゛……ああ゛……」

 近くの格子の隙間から腕が伸ばされる。ひっ、と悲鳴をあげて後退るが、腕を伸ばした悪魔はどこかで見たことがある服装をしていた。黒い短髪に貴族のようなぴっちりとした、それでいて装飾が少ない格好。リーゼロッテと追っていたあの悪魔だ。その牢獄を注視してみれば、奥に見覚えのある赤ずきんの姿を目にする。

「見つけた……っ!」

 顔を俯かせるリーゼロッテを確認し、アレクはキョロキョロと辺りを見回してから格子の入口にかけられている錠前を噛み砕いた。前足で押すように扉を蹴り破り、人間の姿に戻ってからリーゼロッテの元へ駆け寄る。

「リーゼロッテ……! リーゼ!」

 項垂れて壁に寄りかかっているリーゼロッテの肩を揺さぶった。アレ、ク? か細い声と共にあげられた顔をみて青ざめる。本来の目があるところを中心に右半分は既にキノコに覆われていた。綺麗だった肌は土色にでこぼこしており、細かい筋肉の繊維さえ見えてしまう。
 遅かったか。それでもまだ意識はあるとアレクは希望を捨てなかった。その醜い体を抱きしめ「遅くなって悪かった」と震えた声で放つ。

「帰ろう……クリフが待っているんだ」

 キノコは確か日光に弱いとリーゼロッテが言っていた。それなら外に出ればまだ助かる見込みがあるかもしれないと抱き上げる。が、いつの間にか自分たちの周りをキノコ人間たちが囲っていた。

「た……けて」
「ソト、デル……」
「い、イだ、ぃ……」

 悲痛なざわめきに顔を歪める。言葉こそは理解できないが、必死に助けを求めているのだと察した。けれど全員を助けている時間なんて今はない。

「ごめん……ごめんな。俺たちの世界がお前らにしたことは、許されることじゃない。でも……助けられないんだ……」

 ぐっと噛み締め、前に踏み出し、キノコ人間に突進するよう外に駆け出した。後ろから声がする。それら一つ一つの嘆きを認識し、アレクは自然と涙を流しながら、真っ直ぐ、振り返らず、地上を目指した。
 地上に出ると、すぐさま日当たりのいいところにリーゼロッテを寝かせる。キノコはスカスカになり、手で簡単に崩すことができた。右目は眼球が萎み、膨らみのない瞼を中心に青い血管が浮き出ている。未だに肌の凹凸は目立つが、目に見えるキノコは全て取り払った。

「はあ……っ、リーゼ……」

 キノコが張り付いていた体の箇所からは煙が上がり、根が先程よりも薄くなっていた。けれどもリーゼロッテは目を固く閉ざしたままぐったりとしている。確かに太陽の光に当てた。何故と、アレクは焦りで頭の中が真っ白になる。

『菌糸は厄介でね。燃やすか薬で何とかしないと完全に殺すことは出来ないの』

 ふと、ここに来る前のリーゼロッテの言葉を思い出した。薬……もし、菌糸を殺す薬があればとその場から立ち上がる。

「リーゼ……もう少し待ってくれ」

 すぐに何とかすると、アレクは古城を憎らしそうに見上げた。





 この城に唯一、後からつけられた頑丈な扉が開いた。ここ悪魔収容所もとい、パラフェリアントポパグスの栽培プラントの最高責任者である、ヴィクター・ル・ナティクス博士は何やら資料と向き合いながら「ノックするのが礼儀だろう?」と口にする。

「……失礼しました! 例の侵入者の報告です」
「ああ。頼む」
「奴は例のリザードマンによって無事、処分されました。遺体が広範囲に広がっており、片付けに手間取りましたが、あらかた掃除は終えました」

 入口前に立ち、報告する鳥顔マスクに「ご苦労」とナティクスがデスクに資料を置いた。

「全く、命知らずなやつがやってきたものだ。新しく仕入れた奴隷は使えなかったようだし。君の狙いはこの薬かね?」

 ナティクスは細長い筒状のガラス瓶を見せつける。中は蛍光色の緑の液体で満たされ、タプタプと揺れていた。

「ああ……よく分かったな」

 今すぐ寄越せ、と鳥顔マスクを外してアレクがナティクスを睨みつけた。先程のように探すのは地道で時間をかけてしまうと学習したため、奴らの服装を剥ぎ、聞き出すなどして薬の場所まで辿り着けたのだ。まさかそこに元凶がいるとは思っていなかったがと、警戒する。ナティクスは振り返り、背負われているリーゼロッテを見つめて「残念だよ」と眉を下げた。

「まさか夢に見ていたその悪魔が既に虫の息とは。あいつらには後で罰を与えなくてはね」
 余裕そうに返してみせるナティクスに一歩踏み出しながら「今すぐそれを渡せ」とアレクは声を張り上げる。

「話を聞いていたのか? 奴は既に虫の息。今更薬を入れたところで死ぬ未来は変わらない」
「そんなものやってみないと分からないだろ!」

 それはどうかな、とナティクスは肩ほどの高さまで軽く手を挙げて見せた。その合図を皮切りに、部屋の中に隠れていた鳥顔マスク人間たちが武器を持って現れる。

「よお、さっきぶりだな」

 聞き覚えのある低い声に目を見開く。機械の後ろから現れたのは、先程まで死にかけていたリカルドの姿だった。しっかりと斧を持ち、戦闘態勢に入っている。

「お前……っ」
「お前じゃねえ。リカルドってんだオレは。なんでピンピンしてんだって言いたげだなあ、兄ちゃん。ここはどんな傷も治しちまう薬を作ってるらしいじゃねえか。おかげでこの通りよ。これでまた暴れられる」

 斧を抱くようにして構えるリカルドにぐっと歯を食いしばる。入口を塞がれ、周囲を囲む敵を見回し、中央へと寄った。どうやらここに案内された時点で罠に嵌められていたらしい。

「くそ……っ」

 冗談じゃない。リザードマン一人であれだけボロボロになったのに、この人数だなんて。人が相手でも、流石に量が多すぎる。

「君が狼になれるとはいえ、悪魔を背負っていたら下手に変身も出来ないだろう? それにここにいる研究員はただの一般人ではない。元はギルドハンターとして活躍していた者達も多いのだ。獣を狩るのは自信があるぞ?」

 武器を強く握りしめ、周囲のマスク人間にジリジリと迫られる。降参した方が君のためだ、とナティクスは笑いながら続けた。

「君は地下を見たのだろう? なんとも、素晴らしいと思わないか? ただ生産性のない殺しが主流の悪魔狩りに、私が意味を持たせた。より分かりやすく、我々の役に立てるように」

 地下で苦しみ悶える悪魔たちを思い出して、アレクはナティクスを殴りたい衝動に駆られた。食いしばった歯の隙間からふうふうと呼吸が漏れ、鋭い瞳で睨みつける。

「……君も若い芽だ。まだ摘むには惜しい。彼らのように君にも立派な苗床になってもらわなくちゃあな」
「お前!!!」

 眉間に皺を寄せ怒鳴りつけたアレクが一歩踏み出した時だった。目の前で笑っていたナティクスが横に吹き飛んだのである。博士! と悲鳴に似た声が上がる中、アレクは目を見開いたまま吹き飛ばした張本人を見つめた。

「ふう。これだから人間は脆いな」

 斧を肩に背負ってみせるリザードマンにアレクは「リカルド……!」と声を漏らした。周囲は動揺を隠せずにざわめく。

「貴様……! 博士に助けられておきながらなんてことを……! 刃向かったらどうなるか……!」
「あいつになんか助けられていねえよ。闘技場から出てもオレは変わらず飼い慣らされていただけだ。だが、もう首輪はない。それでも、命令もなく守ろうと決めた人間ができた」

 武器を持った研究員たちがリカルドに向かって襲いかかる。が、五人がかりの足止めも諸共せず、研究員たちはナティクスと同様に吹き飛んだ。堂々と歩き、アレクの前に立つと「兄ちゃん。あんただよ」と笑う。

「これを」

 そう言ってリカルドはアレクに緑の液体が入ったガラス瓶を渡した。アレクがそれを受け取ってみれば「兄ちゃん達の道はオレが開けてやるよ」と斧を構える。

「お前……なんで……」
「ただの気まぐれだ。戦士リカルド、この命は友がために使う。そう決めただけだ」

 近づいてきた研究員を切り捨て「早く行こう」と走り出す。立ちはだかる敵を薙ぎ倒していくリカルドの背中にアレクは「ありがとう」と目を細めた。
 真っ直ぐと走り、入口付近までたどり着いた時、針のようなものが飛んできて、リカルドは思わずアレクを庇った。刺されたところから脱力して、膝をつく。

「……お、おい! くっ」

 リカルドに斬りかかってくる研究員を、アレクは背負った状態で蹴りつけた。すまねえ、とリカルドがフラフラしながら立ち上がる。

「大丈夫か?」
「ああ。これぐらいどうってことないさ」

 まだいけるとリカルドは威勢を張るように斧を手で回し、地面に着いた。足が動かないことを察し、扉前で立ち止まる。

「先にいけ」
「でも……!」
「いいから。兄ちゃんは絶対にその嬢ちゃんを助けろ。オレもこいつら片付け次第、追いつくからよ」

 頼んだぜ、と目を細めながらリカルドはにぃ、と笑って見せた。悪い、そう答えつつ、アレクが苦悶の表情を浮かべて背中を向ける。

「そういや行く前に、兄ちゃんの名前。まだ聞いていなかった」

 斧で出入口を死守しながら呟くリカルドに、アレクは振り返った。

「……アレク。アレク・ルーナノクスだ」
「そうかい。覚えておくよ」

 初めて会った時からは想像もつかない優しい笑みだ。兄ちゃんに会えて良かった、そう言ってリカルドは満足そうに扉を完全に閉めた。泣きそうになる目でアレクは扉を見上げていると、廊下の奥から「いたぞ!」と声がした。まだいるのかと睨みつけ、外を目指して走る。

「くそ……っ……くそっ……!」

 敵が居ない方向を駆けていき、いつの間にか例の屋外へとたどり着いた。目にした地上は遥かに遠い。完全に追い詰められたと、湖を背に後退った。

「もう終わりです。お願いですから、その悪魔をこちらに渡してください」
「奴らは一匹残さず根絶やしにする必要がある。あの予言を現実にするわけにはいかないのです」

 迫り来る研究員たちは凄むように訴えた。こいつらもこいつらで事情があるのは分かる。それでも、今はここで捕まるわけにはいかなかった。覚悟を決め、城壁に登る。一歩でも下がれば湖に真っ逆さまだ。背負っていたリーゼロッテを抱える。風がびゅうびゅうと吹き荒れ、髪が乱れながらもしっかりと前を向いた。

「君! 馬鹿な真似は寄せ! 下が湖とはいえこの高さから飛び降りれば、水に叩きつけられて死んでしまうぞ!」

 手を前に出して引き留めようとする研究員に「俺はそうは思わない」と強気に口に出した。

「悪魔が世界を滅ぼすというのも、人間側がただ脅えているだけだ。俺は俺の見てきた世界を、リーゼを信じる。こいつらは無害だ」


 そう言い放ち、リーゼロッテを強く抱きしめると、目を瞑り、後ろに向かって倒れた。やめろ! そんな声が聞こえたが風の音で遮断される。落ちていく間、自分から光が溢れるような幻覚を見た。暖かくて心地のいい光を―――

「神様……どうか、リーゼを……」

 間もなく水を叩くような激しい音が響き、アレクは意識を手放した。








『アレク! しっかりして!』

 全身が痛む。腫れ上がった目を何とか開けてみれば、そこには涙でぐちゃぐちゃになった顔を向ける母の姿があった。この光景は今もよく覚えている。
 人生で一度だけ、獣人相手に喧嘩を挑んだことがあった。人間相手に喧嘩は負け知らずで調子に乗っていたのかもしれない。結果、自分は半殺しにされ、それ以降も奴らに目をつけられたのか、毎日いいように使われる地獄の日々が始まった。
 そんなある日、奴らは武器を手に本当に殺しにかかってきて、たまたま通りかかって止めに入った母に怪我を負わせてしまったことがあった。
 そこから母は風邪で三日三晩寝込み、俺は泣きながら看病した。熱が引き次第、母は自分を守るために長らく過ごした家を捨てて他の村に移動し、あいつらに二度と会うことはなかった。
 そこからだ。自分より強いと分かった相手に挑もうとしなくなったのは。ボロボロになって痛い目にみるのも嫌だし、何より大切な母を傷つけてしまったことが大きく、後悔として心に残った。

『母さんその……俺』

 何度かあの時を思い出しては謝り、謝って、謝り続けた。自分のせいで、自分がいなければと、何度も後悔した。けれども、母は変わらず「アレクが無事でよかった」と返すだけだった。本当に強い人だったと思う。
 愛した人に捨てられ、魔族と混じったことで家族にも見捨てられ、それでも母は自分のために一生懸命働いていた。自分を守ってくれていた。本当に感謝しきれないほどに母には救われていたのだ。

『アレク。いい? この先、アレクにもきっと大切な誰かができると思う。母さん以外に。男なら、その時は命懸けで守りなさい。その為にも今はその拳、取っておくのよ』

 自分の手を握る暖かい手。何度も自分を守ってくれたその手が、今もずっと、自分の中に残っている。



「ん……?」

 陽光の眩しさに目を開ける。なんだか懐かしい夢を見ていた気がした。ぱちぱちと瞬きすると、何やらこちらを覗き込んでくる黒い影が自分の顔を覗き込む。

「わ……いっ!」

 勢いよく起き上がり、アレクは体全体を丸めて悶えた。落ち着きのない痛みのまま、自身の背後にいる影の方を振り向く。

「クリフ……お前が引き上げてくれたのか……?」

 ズキズキと痛む体に涙目になると、クリフは俯きながら前足を掻いた。ありがとう、アレクはそう言って顔を優しく撫でてからハッとし「リーゼロッテ!」と周囲を見回した。その声にクリフが少し体を避けると、木に見覚えのある赤ずきんが寄りかかっている。

「リーゼ!」

 慌てて駆け寄り、肩を掴む。まだ意識が戻っていないのかと眉を下げてから、自分の懐にしまって死守したガラス瓶の存在を思い出す。取り出してみてみれば、どうやら無事のようで、ヒビひとつ入っていなかった。早く飲ませないと。
 瓶を回し、最終的に押すことで開けると、リーゼロッテの口に持っていく。が、意識のないリーゼロッテには飲み込むことが出来ず、口端から全て流れ出てしまう。

「だめだ……こぼさないで、飲んでくれ……! 頼む……! リーゼ……!」

 これだけが希望なのだ。リーゼロッテの意識が戻ることだけが。俯き、悔しそうに噛み締める。もう情けないなんてお構いなしに、涙ばかりが溢れた。

「……死なないでくれ……俺を……一人にしないで……」

 長いまつ毛についた涙の水滴が瞬きで弾ける。ぽたぽたとリーゼロッテの顔に涙が落ち、垂れていく様子をただ見つめた。震え、子供のように泣き入りひきつけを起こす。
 ふと、目を固く閉じてから思いついたように薬瓶に口をつけた。リーゼロッテの顔を倒し、その口と口を繋ぎ合わせる。零さないよう、しっかりと顔を抑え、より深く、飲み込ませるように舌を動かした。
 全て飲ませ終え、口端についた薬液を拭う。だが、しばらく待ってもリーゼロッテの目が開くことはなかった。

 自分のせいだ。脱力した肩に容赦なく負の重力がのしかかってくる。また、自分のせいで失うのか。青ざめ、目を見開きながら項垂れる。その背後でクリフは、ただ動かなくなったリーゼロッテを見下ろしているばかりだった。目を瞑り、アレクは震えた口を閉じて諦観する。

 ぴくん。

 リーゼロッテの動かなくなっていた指先が痙攣するように一本だけ動いた。クリフは首を伸ばし、ブルブルいいながらアレクに近づく。その音に、アレクも赤くなった目を開いた。

「……ん……ア、レク?」

 辛うじて無事だった左の灰色目が瞼を僅かに押し上げて覗く。いつになく泣きじゃくるアレクの顔に手を当て「大丈夫……?」とリーゼロッテが涙を拭った。まだぼうっとしているかのようなその声にアレクは目を細め、短く切るような息を漏らしながらボロボロと変わらず涙を流した。未だ悲しみに下がっている口角を震えながらあげ、ひくついた笑みを浮かべる。

「あれ……何が、あったんだ……け?」

 起き上がろうとするリーゼロッテをアレクは思いっきり抱きしめた。なに? とリーゼロッテは戸惑うが、震えるアレクの体に拒むことも出来ず寄りかかり、目を瞑る。少し苦しかったが、鼓動の音になんだか安心した。

「ごめん……お前の事……俺、また見捨てて……怖くて……」
「うん」
「俺……情けない……友達も、救えなかっだ……」
「うん」
「お前が死んだら……どうしようっで……」

 吃音気味の言葉を告げるアレクにリーゼロッテはただ頷いた。自分より大きな背中を撫でる。まるで小さな子供だ。聞いていくうちに何があったのかだんだん理解していく。とはいえ。

「ねえ、アレク。見捨てたってなんの話?」 
 
 理解していく中で得た唯一の疑問点に、思わず問いかけた。アレクは鼻をすすりながら小声で申し訳なさそうに「あの……ギルドハンターに襲われた時、助けに行けなくて……」と返した。
 ああ、あの時か、リーゼロッテは冷静になって思い出す。色んなことがあって救い出してくれたのだから気にしなくてもいいのに。当の本人はその程度か、といった様子で受け止め、ため息をついた。

「あの時……私、別行動でいくのだと思っていたから……私を囮に後をつけるみたいな。そのつもりだったんだけど?」
「えっ……」
「ほら、アレクも言ってたじゃない。これはあいつらがどこに連れていかれるか知るためだって。だから私が囮で、後からアレクがついて突き止めてくれるって作戦だと思ってたから……だからあの時言ったでしょ? 貴方のこと、信じてもいいんだよねって」

 それでちゃんと助けに来てくれたでしょ、とリーゼロッテが首を傾げた。アレクは一度固まって、当時のことを思い出してみる。まさか、あの言葉はそういうことだったのか。ははっ、と乾いた笑いが零れる。

「……アレクは前にお前みたいに勇敢じゃないって言ってたけど、ちゃんと自分の力で違うって証明できたんだ。勇気があったから今私はここにいる。アレクの勇気が私を救ったんだよ」

 ありがとう、リーゼロッテはそう言ってアレクに満面の笑みを向けた。未だに涙を流しながらアレクは「ああ」とその小さな体を強く、強く抱き締める。今になってあの母の言葉がやっと分かった気がした。

「リーゼ、これ」

 思い出したようにアレクは離れ、首から下げていた角笛を取り、リーゼロッテに渡した。

「……っ! そ、それ!!」

 きらりと光る角笛にリーゼロッテは目を輝かせて飛びつく。もう二度と戻らないと思っていたのに。無事でよかったと目を細める姿を見て、アレクは息をつき、そのままリーゼロッテに寄りかかった。

「アレク……?」

 驚き、身を引かれたことで横にずれ、地面に倒れる。安心した事で先程湖に叩きつけられた時の痛みが戻ってきたのだろう。必死に自分を呼ぶリーゼロッテの声を遠く耳にし、アレクは力なく笑って目を閉じた。
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