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竜人の子、旅立つ
38.いつも通り
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卒業式から1ヶ月後、シロは竜人騎士学校へ持って行く荷物をまとめて、片付いた部屋を見回した。
元々持ち物の少ないシロは、リュックひとつで足りてしまう。
明日、シロはアスディアに旅立つ。
5年間ルーフと暮らした古くて狭いこの部屋が、シロにとって最高の場所だった。
寝室には古びたベッドがひとつある。
ルーフに拾われた日、目を覚ますと狼姿のルーフと寝ていて驚いた。
だけど初めて人の温もりに包まれて眠ったあの夜は、生まれて初めて安心して熟睡できた。
ルーフが新しいベッドをもう一台買うと言ったが、ルーフと一緒に寝たかったシロが断固拒否した。
結局ベッドは一台のままで、この5年間で歪んで軋むようになってしまった。
自分がいなくなったら、ルーフは新しいベッドを買うだろうか。
シロはキッチンに移動した。
ルーフに美味しいものを食べさせたくて、何度も料理を作った狭いキッチン。
普通の食事を知らなかったシロが、最初の頃作った料理なんてひどいものだった。
ルーフは美味しいと思った時は「美味い」と言うが、不味かったり好みじゃないと「食えりゃなんでもいい」と言う。
シロが料理を始めたばかりの頃、ルーフはいつも「食えりゃなんでもいい」と言って飲み込んでいた。
きっとすごく不味かったんだろうな。
シロは我慢して食べていたルーフを思い出し、クスクス笑った。
シロが魔法を失敗し、2人とも泥だらけなって一緒に入ったバスルーム。
泥酔したルーフが冬の川に飛び込んで凍えて帰ってきた時は、慌てて風呂を沸かして放り込んだ事もある。
一緒にご飯を食べたダイニングテーブル。
テレビを見ながらうたた寝したソファ。
どれを思い出しても最高の時間。
シロが感傷に浸っていると、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
ルーフが帰って来た。この瞬間がシロは1番好きだった。
「おかえり!」
シロは抱きつきたい衝動に駆られながら出迎えると、ルーフの後ろからジェスがぬっと現れた。
「よう、シロ坊。学校に合格したってな。おめでとう!」
「…ああ、どうも。お久しぶりです」
「ん?シロ坊、お前。今すげぇ迷惑そうな顔しなかったか?」
「そうですか?それより今日は2人で飲みにでも行くんですか?」
ルーフを抱きそびれたシロが不機嫌そうに尋ねると、ルーフが答えた。
「ちげぇよ。さっきそこで会ったんだ。お前に用があるんだってさ」
ルーフは親指でジェスを指すと、ジェスは得意げに答えた。
「シロ坊に進学祝いをやるって約束しただろ。今日はそれを持ってきた。きっとお前ら俺に感謝するぜ」
「お前ら?」
ルーフが聞き返すと、ジェスはキャメル色の小さな四角いケースを机に置いて「開けてみろ」とシロを突いた。
シロがそのケースを開けると、黒い石がついたシルバーリングと、同じ石がついたピアスが1つずつ並んでいた。
「へぇ。シャレてんな。でも俺もシロもピアスの穴なんて空いてねぇぞ」
「いいだろ、空けりゃあ。ルーフ、耳をかせ」
「は?」
ジェスはケースからピアスを摘み上げ、素早くルーフの耳に付けた。
バチンッと音がなり、ルーフの耳にピアスが貫通した。
「いてっ!」
「ルーフ!!」
シロはジャスを押しのけ、ルーフの耳に手を添えた。
血は出ていないが赤くなった耳たぶには、黒いピアスがしっかり装着されていた。
ルーフを傷付けたジャスに怒りを感じたが、ルーフ本人は鏡を見て「お、なんだよ。すげえ似合ってんじゃん」と気に入った様子だった。
「だろ?シロ坊、お前にはこの指輪をやる」
「別にいりませんけど」
ますます不機嫌になったシロが答えると、ジャスは嬉しそうに笑った。
「そうか?この黒い石はシロ坊の鱗一枚から作られている。宝石みたいで綺麗だろ。しかも竜人の鱗にはお互いの安否を確認できる機能も付いてる。もし黒い石の色が変わったら、命の危険が迫っていることが分かる。これから離れて暮らすんだろ。それぐらい確認できた方がいいじゃねぇか」
「別に安否なんてどうでもいいけどなぁ」
ルーフはピアスを触りながらぼやいたが、シロは指輪の石をまじまじと見つめた。
これでルーフの健康状態を確認できる。
聖剣の傷跡の影響と飲み過ぎるルーフの健康が気に掛かっていたシロにとって、かなり便利な道具だ。
「そうなんですね…。それはすごく助かります!」
シロはお礼を言って中指に指輪を嵌めた。
1枚の鱗を分けて作られたアクセサリー。
なんだかルーフと常に繋がっている気さえしてくる。
ご機嫌になったシロに、ジェスが耳打ちをした。
「ルーフには内緒だが、それは相手の居場所も分かる。ルーフは元々根無し草みたな生き方をするからな。奴の居場所が分からない時はそれを使え」
そう言ってジェスは誇らしげにウインクをした。
シロは初めて頼れる兄貴だと感じた。
ジェスが帰った後、2人はいつもと変わらない夕食を、いつもと同じ他愛のない会話をしながら食べた。
いつも通り風呂に入って、ソファでダラダラと過ごす。
そしていつものように古びたベッドに横になる。
ルーフはシロに背を向け、先に寝てしまったようだ。
明日からしばらく会えなくなるっていうのに、もどかしいほどいつも通りのルーフ。
シロはルーフの背中におでこを擦り付けた。
「好きだよ、ルーフ。大好き。3年後、必ず成長して戻ってくる。俺のこと忘れないでね」
祈るようなシロの誓いを、ルーフは目を閉じて聞いていた。
元々持ち物の少ないシロは、リュックひとつで足りてしまう。
明日、シロはアスディアに旅立つ。
5年間ルーフと暮らした古くて狭いこの部屋が、シロにとって最高の場所だった。
寝室には古びたベッドがひとつある。
ルーフに拾われた日、目を覚ますと狼姿のルーフと寝ていて驚いた。
だけど初めて人の温もりに包まれて眠ったあの夜は、生まれて初めて安心して熟睡できた。
ルーフが新しいベッドをもう一台買うと言ったが、ルーフと一緒に寝たかったシロが断固拒否した。
結局ベッドは一台のままで、この5年間で歪んで軋むようになってしまった。
自分がいなくなったら、ルーフは新しいベッドを買うだろうか。
シロはキッチンに移動した。
ルーフに美味しいものを食べさせたくて、何度も料理を作った狭いキッチン。
普通の食事を知らなかったシロが、最初の頃作った料理なんてひどいものだった。
ルーフは美味しいと思った時は「美味い」と言うが、不味かったり好みじゃないと「食えりゃなんでもいい」と言う。
シロが料理を始めたばかりの頃、ルーフはいつも「食えりゃなんでもいい」と言って飲み込んでいた。
きっとすごく不味かったんだろうな。
シロは我慢して食べていたルーフを思い出し、クスクス笑った。
シロが魔法を失敗し、2人とも泥だらけなって一緒に入ったバスルーム。
泥酔したルーフが冬の川に飛び込んで凍えて帰ってきた時は、慌てて風呂を沸かして放り込んだ事もある。
一緒にご飯を食べたダイニングテーブル。
テレビを見ながらうたた寝したソファ。
どれを思い出しても最高の時間。
シロが感傷に浸っていると、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
ルーフが帰って来た。この瞬間がシロは1番好きだった。
「おかえり!」
シロは抱きつきたい衝動に駆られながら出迎えると、ルーフの後ろからジェスがぬっと現れた。
「よう、シロ坊。学校に合格したってな。おめでとう!」
「…ああ、どうも。お久しぶりです」
「ん?シロ坊、お前。今すげぇ迷惑そうな顔しなかったか?」
「そうですか?それより今日は2人で飲みにでも行くんですか?」
ルーフを抱きそびれたシロが不機嫌そうに尋ねると、ルーフが答えた。
「ちげぇよ。さっきそこで会ったんだ。お前に用があるんだってさ」
ルーフは親指でジェスを指すと、ジェスは得意げに答えた。
「シロ坊に進学祝いをやるって約束しただろ。今日はそれを持ってきた。きっとお前ら俺に感謝するぜ」
「お前ら?」
ルーフが聞き返すと、ジェスはキャメル色の小さな四角いケースを机に置いて「開けてみろ」とシロを突いた。
シロがそのケースを開けると、黒い石がついたシルバーリングと、同じ石がついたピアスが1つずつ並んでいた。
「へぇ。シャレてんな。でも俺もシロもピアスの穴なんて空いてねぇぞ」
「いいだろ、空けりゃあ。ルーフ、耳をかせ」
「は?」
ジェスはケースからピアスを摘み上げ、素早くルーフの耳に付けた。
バチンッと音がなり、ルーフの耳にピアスが貫通した。
「いてっ!」
「ルーフ!!」
シロはジャスを押しのけ、ルーフの耳に手を添えた。
血は出ていないが赤くなった耳たぶには、黒いピアスがしっかり装着されていた。
ルーフを傷付けたジャスに怒りを感じたが、ルーフ本人は鏡を見て「お、なんだよ。すげえ似合ってんじゃん」と気に入った様子だった。
「だろ?シロ坊、お前にはこの指輪をやる」
「別にいりませんけど」
ますます不機嫌になったシロが答えると、ジャスは嬉しそうに笑った。
「そうか?この黒い石はシロ坊の鱗一枚から作られている。宝石みたいで綺麗だろ。しかも竜人の鱗にはお互いの安否を確認できる機能も付いてる。もし黒い石の色が変わったら、命の危険が迫っていることが分かる。これから離れて暮らすんだろ。それぐらい確認できた方がいいじゃねぇか」
「別に安否なんてどうでもいいけどなぁ」
ルーフはピアスを触りながらぼやいたが、シロは指輪の石をまじまじと見つめた。
これでルーフの健康状態を確認できる。
聖剣の傷跡の影響と飲み過ぎるルーフの健康が気に掛かっていたシロにとって、かなり便利な道具だ。
「そうなんですね…。それはすごく助かります!」
シロはお礼を言って中指に指輪を嵌めた。
1枚の鱗を分けて作られたアクセサリー。
なんだかルーフと常に繋がっている気さえしてくる。
ご機嫌になったシロに、ジェスが耳打ちをした。
「ルーフには内緒だが、それは相手の居場所も分かる。ルーフは元々根無し草みたな生き方をするからな。奴の居場所が分からない時はそれを使え」
そう言ってジェスは誇らしげにウインクをした。
シロは初めて頼れる兄貴だと感じた。
ジェスが帰った後、2人はいつもと変わらない夕食を、いつもと同じ他愛のない会話をしながら食べた。
いつも通り風呂に入って、ソファでダラダラと過ごす。
そしていつものように古びたベッドに横になる。
ルーフはシロに背を向け、先に寝てしまったようだ。
明日からしばらく会えなくなるっていうのに、もどかしいほどいつも通りのルーフ。
シロはルーフの背中におでこを擦り付けた。
「好きだよ、ルーフ。大好き。3年後、必ず成長して戻ってくる。俺のこと忘れないでね」
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