竜人嫌いの一匹狼魔族が拾った竜人を育てたらすごく愛された。

そら。

文字の大きさ
上 下
111 / 112
竜人の子、旅立つ

38.いつも通り

しおりを挟む
卒業式から1ヶ月後、シロは竜人騎士学校へ持って行く荷物をまとめて、片付いた部屋を見回した。
元々持ち物の少ないシロは、リュックひとつで足りてしまう。

明日、シロはアスディアに旅立つ。

5年間ルーフと暮らした古くて狭いこの部屋が、シロにとって最高の場所だった。

寝室には古びたベッドがひとつある。
ルーフに拾われた日、目を覚ますと狼姿のルーフと寝ていて驚いた。
だけど初めて人の温もりに包まれて眠ったあの夜は、生まれて初めて安心して熟睡できた。
ルーフが新しいベッドをもう一台買うと言ったが、ルーフと一緒に寝たかったシロが断固拒否した。
結局ベッドは一台のままで、この5年間で歪んで軋むようになってしまった。

自分がいなくなったら、ルーフは新しいベッドを買うだろうか。

シロはキッチンに移動した。
ルーフに美味しいものを食べさせたくて、何度も料理を作った狭いキッチン。
普通の食事を知らなかったシロが、最初の頃作った料理なんてひどいものだった。
ルーフは美味しいと思った時は「美味い」と言うが、不味かったり好みじゃないと「食えりゃなんでもいい」と言う。
シロが料理を始めたばかりの頃、ルーフはいつも「食えりゃなんでもいい」と言って飲み込んでいた。

きっとすごく不味かったんだろうな。
シロは我慢して食べていたルーフを思い出し、クスクス笑った。

シロが魔法を失敗し、2人とも泥だらけなって一緒に入ったバスルーム。
泥酔したルーフが冬の川に飛び込んで凍えて帰ってきた時は、慌てて風呂を沸かして放り込んだ事もある。

一緒にご飯を食べたダイニングテーブル。
テレビを見ながらうたた寝したソファ。

どれを思い出しても最高の時間。

シロが感傷に浸っていると、玄関のドアが開いた。

「ただいま」

ルーフが帰って来た。この瞬間がシロは1番好きだった。

「おかえり!」

シロは抱きつきたい衝動に駆られながら出迎えると、ルーフの後ろからジェスがぬっと現れた。

「よう、シロ坊。学校に合格したってな。おめでとう!」

「…ああ、どうも。お久しぶりです」

「ん?シロ坊、お前。今すげぇ迷惑そうな顔しなかったか?」

「そうですか?それより今日は2人で飲みにでも行くんですか?」

ルーフを抱きそびれたシロが不機嫌そうに尋ねると、ルーフが答えた。

「ちげぇよ。さっきそこで会ったんだ。お前に用があるんだってさ」

ルーフは親指でジェスを指すと、ジェスは得意げに答えた。

「シロ坊に進学祝いをやるって約束しただろ。今日はそれを持ってきた。きっとお前ら俺に感謝するぜ」

「お前ら?」

ルーフが聞き返すと、ジェスはキャメル色の小さな四角いケースを机に置いて「開けてみろ」とシロを突いた。

シロがそのケースを開けると、黒い石がついたシルバーリングと、同じ石がついたピアスが1つずつ並んでいた。

「へぇ。シャレてんな。でも俺もシロもピアスの穴なんて空いてねぇぞ」

「いいだろ、空けりゃあ。ルーフ、耳をかせ」

「は?」

ジェスはケースからピアスを摘み上げ、素早くルーフの耳に付けた。
バチンッと音がなり、ルーフの耳にピアスが貫通した。

「いてっ!」

「ルーフ!!」

シロはジャスを押しのけ、ルーフの耳に手を添えた。
血は出ていないが赤くなった耳たぶには、黒いピアスがしっかり装着されていた。
ルーフを傷付けたジャスに怒りを感じたが、ルーフ本人は鏡を見て「お、なんだよ。すげえ似合ってんじゃん」と気に入った様子だった。

「だろ?シロ坊、お前にはこの指輪をやる」

「別にいりませんけど」

ますます不機嫌になったシロが答えると、ジャスは嬉しそうに笑った。

「そうか?この黒い石はシロ坊の鱗一枚から作られている。宝石みたいで綺麗だろ。しかも竜人の鱗にはお互いの安否を確認できる機能も付いてる。もし黒い石の色が変わったら、命の危険が迫っていることが分かる。これから離れて暮らすんだろ。それぐらい確認できた方がいいじゃねぇか」

「別に安否なんてどうでもいいけどなぁ」

ルーフはピアスを触りながらぼやいたが、シロは指輪の石をまじまじと見つめた。

これでルーフの健康状態を確認できる。
聖剣の傷跡の影響と飲み過ぎるルーフの健康が気に掛かっていたシロにとって、かなり便利な道具だ。

「そうなんですね…。それはすごく助かります!」

シロはお礼を言って中指に指輪を嵌めた。
1枚の鱗を分けて作られたアクセサリー。
なんだかルーフと常に繋がっている気さえしてくる。

ご機嫌になったシロに、ジェスが耳打ちをした。

「ルーフには内緒だが、それは相手の居場所も分かる。ルーフは元々根無し草みたな生き方をするからな。奴の居場所が分からない時はそれを使え」

そう言ってジェスは誇らしげにウインクをした。
シロは初めて頼れる兄貴だと感じた。


ジェスが帰った後、2人はいつもと変わらない夕食を、いつもと同じ他愛のない会話をしながら食べた。
いつも通り風呂に入って、ソファでダラダラと過ごす。
そしていつものように古びたベッドに横になる。

ルーフはシロに背を向け、先に寝てしまったようだ。
明日からしばらく会えなくなるっていうのに、もどかしいほどいつも通りのルーフ。

シロはルーフの背中におでこを擦り付けた。

「好きだよ、ルーフ。大好き。3年後、必ず成長して戻ってくる。俺のこと忘れないでね」

祈るようなシロの誓いを、ルーフは目を閉じて聞いていた。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

愛人は嫌だったので別れることにしました。

伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。 しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

処理中です...