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竜人の子、旅立つ
36.不思議な夢
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住み慣れた古い建物。ペンキの剥げかかった扉を開く。
誰もいない部屋に挨拶をした。
「ただいま」
全ての試験を終えたシロは、二日ぶりに家に帰ってきた。
ルーフに早く会いたくて急いで帰ってきたが、ルーフの姿はない。
どこか飲みに行ってしまったのだろうか。期待はしていなかったが、ルーフに「おかえり」と言って欲しかった。
「いつ帰ってくるかな…」
シロは少し寂しい気持ちになって、ソファに倒れこんだ。
時刻はまだ夕方。窓の外から夕日が差し込み、埃に光が反射してキラキラと漂っている。
ー…やっぱり家が一番落ち着くな。だけどルーフがいなきゃ、この部屋だって空っぽだ。
早く帰ってきてよ、ルーフ。
シロは体を丸めて目を閉じた。
「お、電気ついてる」
夕日が沈み一番星が光る頃、ルーフは自宅の窓を見上げて呟いた。
シロが帰ってきたんだな、と思いルーフの口元は少し緩んだ。
試験を頑張ったシロへのご褒美に、シロの好物のシチューとサンドイッチを買ってきた。冷蔵庫にはシロお気に入りのカフェで買ってきたケーキも入っている。シロの喜ぶ顔が目に浮かぶ。きっと目をキラキラさせて、俺に飛びついてくるに違いない。
そんな想像をしつつ、ルーフが家に帰ると部屋の中は静まり返っていた。
「あれ、いねぇのか?」
部屋を見渡すと、ソファの上に丸くなってぐっすり寝ているシロがいた。
「おーい、起きろ。風邪引くぞ」
ルーフがシロの頬をツンツンと指さすと、シロは幸せそうに「うーん…、へへへ」と笑って、また寝息をたてた。
「はは、相当疲れたんだな。よく頑張ったな、シロ」
優しく微笑むルーフは、シロの頭をくしゃくしゃと撫でて、そっと毛布を掛けた。
その時、シロは不思議な夢を見ていた。
誰もいない真っ暗な森の中を、独りで彷徨っていた。
暗闇で右も左も分からず、しゃがみ込む。
寒い。もうだめだ、疲れた。何もかも、どうでもいい。
そう思った瞬間に、黒い靄がシロの体に纏わりつく。
このまま自分は消えて無くなるのだろうか。怖いのに逃げられない。
不意に頭を撫でられた気がした。温かく優しい温もり。
顔を上げれば、真っ暗だった空に、黄金に輝く満月が浮かんでいる。その美しさに目を奪われ、心も体も一気に暖かくなる。誰かがそっと抱きしめてくれるような感覚。
黒い靄は消え、一筋の月明かりが道しるべのようにシロの足元を照らす。
その光を頼りに歩くと、心が満たされていく。
美しい満月にこの手はまだ届かないけど、きっといつか届く気がする。
その時は自分が満月を抱きしめてあげたい。ずっと大事にしてあげる。だから、これからも一緒に歩いていこう。大好きなあなたとー…。
ちょっと寂しくてとても愛しい、そんな夢だった。
シロたちの討伐実技試験が終わったその夜、竜人聖騎士学校では教職員と騎士団長が会議室に集まっていた。そこにはユーロンも参加している。
「今年の討伐実技試験は全員合格したと聞いたぞ。随分甘かったんじゃないか?」
1人の竜人が呆れたようにハリスを見た。
「甘いものか。試験用の魔獣は、騎士団に所属する厳しさを実感するために、どんなに優秀な受験生でも倒せないレベルで作られている。今年はバケモノがいたせいだ」
ハリスは楽しそうに笑みを浮かべる。
「バケモノ?」
また違う竜人が聞き返す。ユーロンは眉間に皺を寄せ、静かに聞いている。
「ああ。そいつは闇魔力の釣竿で魔獣を釣り上げた。他の受験生はそいつに手を貸したが、ありゃほぼ無意味だったな。魔獣はあいつらを攻撃するために、わざと釣り上げられたんだ。だが、攻撃体勢に入った魔獣は、直ぐに動きを止めた。何故だと思う?」
ハリスは竜人たちをゆっくりと見回した。
「あいつが魔獣を睨んだんだ」
ハリスは、赤い瞳を不気味に滾らせたシロの姿を思い出す。
「ははは、睨んだだけで魔獣が怯むわけがないだろう」
「それが怯んだんだよ。あいつは、黒竜のシロは、鮮血のような赤い瞳で睨んで、魔獣を隷従させたんだ。あいつは魔王の継承者の力を持っている」
「なんだと!?」「バカな。竜人が魔王の力を持つものか!」「魔王は消えたはずでは?」「いや。昔、継承者が生まれたと聞いたぞ」「その話が事実なら入学をさせない方がいいのではないか?」
ざわざわと騒ぎ出す竜人たちを見かねて、ユーロンが話し出した。
「静粛に。その子は5年前にゲイル・ローハンから保護された竜人だ。闇魔力を持って生まれた経緯は、以前報告しただろう。彼はこの5年間努力を続け、膨大な闇魔力もコントロールできるようになった。ミール王国の爆発事故の時は、彼の魔力によって多くの人々を救うことができた。あの時、話題になっただろう」
「何が言いたいんだ、ユーロン・シェン。まさか、その礼に魔王になる可能性を持つ者を入学させろと?」
聖騎士学校校長が、ユーロンをじろりと睨む。
「彼の夢は、高度な治療魔法を習得することだ。たまたま魔王の継承者の力を持っているだけで、ごく普通の子供と変わらない。優しくて真っ直ぐで純粋な子なんだ。どうか偏見を持たずに判断してほしい」
すでにシロの試験の結果は聞いている。筆記も実技もほぼ満点だった。いくら膨大な魔力を持っていても、この結果はシロの努力の賜物だ。
どうかあの子の努力が報われる環境を作ってほしい。
ユーロンはそんな思いで頭を下げた。
誰もいない部屋に挨拶をした。
「ただいま」
全ての試験を終えたシロは、二日ぶりに家に帰ってきた。
ルーフに早く会いたくて急いで帰ってきたが、ルーフの姿はない。
どこか飲みに行ってしまったのだろうか。期待はしていなかったが、ルーフに「おかえり」と言って欲しかった。
「いつ帰ってくるかな…」
シロは少し寂しい気持ちになって、ソファに倒れこんだ。
時刻はまだ夕方。窓の外から夕日が差し込み、埃に光が反射してキラキラと漂っている。
ー…やっぱり家が一番落ち着くな。だけどルーフがいなきゃ、この部屋だって空っぽだ。
早く帰ってきてよ、ルーフ。
シロは体を丸めて目を閉じた。
「お、電気ついてる」
夕日が沈み一番星が光る頃、ルーフは自宅の窓を見上げて呟いた。
シロが帰ってきたんだな、と思いルーフの口元は少し緩んだ。
試験を頑張ったシロへのご褒美に、シロの好物のシチューとサンドイッチを買ってきた。冷蔵庫にはシロお気に入りのカフェで買ってきたケーキも入っている。シロの喜ぶ顔が目に浮かぶ。きっと目をキラキラさせて、俺に飛びついてくるに違いない。
そんな想像をしつつ、ルーフが家に帰ると部屋の中は静まり返っていた。
「あれ、いねぇのか?」
部屋を見渡すと、ソファの上に丸くなってぐっすり寝ているシロがいた。
「おーい、起きろ。風邪引くぞ」
ルーフがシロの頬をツンツンと指さすと、シロは幸せそうに「うーん…、へへへ」と笑って、また寝息をたてた。
「はは、相当疲れたんだな。よく頑張ったな、シロ」
優しく微笑むルーフは、シロの頭をくしゃくしゃと撫でて、そっと毛布を掛けた。
その時、シロは不思議な夢を見ていた。
誰もいない真っ暗な森の中を、独りで彷徨っていた。
暗闇で右も左も分からず、しゃがみ込む。
寒い。もうだめだ、疲れた。何もかも、どうでもいい。
そう思った瞬間に、黒い靄がシロの体に纏わりつく。
このまま自分は消えて無くなるのだろうか。怖いのに逃げられない。
不意に頭を撫でられた気がした。温かく優しい温もり。
顔を上げれば、真っ暗だった空に、黄金に輝く満月が浮かんでいる。その美しさに目を奪われ、心も体も一気に暖かくなる。誰かがそっと抱きしめてくれるような感覚。
黒い靄は消え、一筋の月明かりが道しるべのようにシロの足元を照らす。
その光を頼りに歩くと、心が満たされていく。
美しい満月にこの手はまだ届かないけど、きっといつか届く気がする。
その時は自分が満月を抱きしめてあげたい。ずっと大事にしてあげる。だから、これからも一緒に歩いていこう。大好きなあなたとー…。
ちょっと寂しくてとても愛しい、そんな夢だった。
シロたちの討伐実技試験が終わったその夜、竜人聖騎士学校では教職員と騎士団長が会議室に集まっていた。そこにはユーロンも参加している。
「今年の討伐実技試験は全員合格したと聞いたぞ。随分甘かったんじゃないか?」
1人の竜人が呆れたようにハリスを見た。
「甘いものか。試験用の魔獣は、騎士団に所属する厳しさを実感するために、どんなに優秀な受験生でも倒せないレベルで作られている。今年はバケモノがいたせいだ」
ハリスは楽しそうに笑みを浮かべる。
「バケモノ?」
また違う竜人が聞き返す。ユーロンは眉間に皺を寄せ、静かに聞いている。
「ああ。そいつは闇魔力の釣竿で魔獣を釣り上げた。他の受験生はそいつに手を貸したが、ありゃほぼ無意味だったな。魔獣はあいつらを攻撃するために、わざと釣り上げられたんだ。だが、攻撃体勢に入った魔獣は、直ぐに動きを止めた。何故だと思う?」
ハリスは竜人たちをゆっくりと見回した。
「あいつが魔獣を睨んだんだ」
ハリスは、赤い瞳を不気味に滾らせたシロの姿を思い出す。
「ははは、睨んだだけで魔獣が怯むわけがないだろう」
「それが怯んだんだよ。あいつは、黒竜のシロは、鮮血のような赤い瞳で睨んで、魔獣を隷従させたんだ。あいつは魔王の継承者の力を持っている」
「なんだと!?」「バカな。竜人が魔王の力を持つものか!」「魔王は消えたはずでは?」「いや。昔、継承者が生まれたと聞いたぞ」「その話が事実なら入学をさせない方がいいのではないか?」
ざわざわと騒ぎ出す竜人たちを見かねて、ユーロンが話し出した。
「静粛に。その子は5年前にゲイル・ローハンから保護された竜人だ。闇魔力を持って生まれた経緯は、以前報告しただろう。彼はこの5年間努力を続け、膨大な闇魔力もコントロールできるようになった。ミール王国の爆発事故の時は、彼の魔力によって多くの人々を救うことができた。あの時、話題になっただろう」
「何が言いたいんだ、ユーロン・シェン。まさか、その礼に魔王になる可能性を持つ者を入学させろと?」
聖騎士学校校長が、ユーロンをじろりと睨む。
「彼の夢は、高度な治療魔法を習得することだ。たまたま魔王の継承者の力を持っているだけで、ごく普通の子供と変わらない。優しくて真っ直ぐで純粋な子なんだ。どうか偏見を持たずに判断してほしい」
すでにシロの試験の結果は聞いている。筆記も実技もほぼ満点だった。いくら膨大な魔力を持っていても、この結果はシロの努力の賜物だ。
どうかあの子の努力が報われる環境を作ってほしい。
ユーロンはそんな思いで頭を下げた。
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