10 / 12
私、泣き寝入りはしたくない主義ですの
しおりを挟む
あちらこちらでさざ波が起こる様に囁き声が聞こえる。
「軽く触っただけ?」「男の胸って……アンヌ様のどこが?」「たったそれだけで男だって決め付けられたんですの?」
「女性の胸をどんなものだと思っていたんだ?」「夢を持ちすぎたんだろうな。ククク」「もしかして、胸だと思って別の所を触ったんじゃないのか?」
女性は扇子を口元に、男性は手を口元に置いてアロイス様へ軽蔑と嘲笑の眼差しを送られている。
今、いかに軽率な思い込みで私に非道な行いをしたのか、アロイス様はご自分でハッキリと言ってしまいましたものね。
コソコソと聞こえる声にアロイス様の顔が怒りか羞恥か、真っ赤に染まる。
「教会の神官様から私は間違いなく女だったと報告もあった筈です、アングラード侯爵様は何度も謝罪に来られて多額の慰謝料も支払って下さいました。アロイス様も何度も説明されたのではないですか? なのに、なぜ」
ここで少しでも冷静になるなり、周囲の目を気にするでもすれば良かったものを、アロイス様はもう取り繕う余裕すら無いのか、口汚く私を罵って来た。
「うっ……うるさい、うるさい、うるさい! 厭味ったらしい女め! こんな事をしてただで済むと思っているのか!? そ、そうだ! ただでさえ、お前は俺に捨てられた傷モノ令嬢なんだぞ! だから哀れに思ってもう一度結婚してやると言ってやったのに、もう再婚なんて出来るなんて思うな!! はっははは、お前みたいな男を馬鹿にする可愛げの無い女なんぞ誰が欲しがるか! 年寄りの後添えですら断わられるのが目に見えている!」
「そんな事、百も承知。覚悟の上ですわよ」
「へ?」
私を蔑む恰好の的を見付けた、とばかりに勝ち誇った顔をするアロイス様的には残念でしょうが、全て覚悟の上。
この歳で、たった半月程度で離縁したような私ですわよ? それがどれ程の瑕疵になるかなんて火を見るよりも明らか。
だから……
「私はもう結婚は望んでいませんわ。生涯独り身で家を継いだ弟の手伝いをするか、修道女として一生を過ごすか。私はそう生きていくと決めておりますの。勿論、家族も了承済ですわ。アロイス様? そんな私が、なぜ嘲笑われると分かっていてわざわざ夜会に参加したとお思いですか?」
「し、知るか! そんな事……」
そうですわね、アロイス様にはお分かりになられないでしょうね。
アロイス様が夜会に来られると聞いた瞬間、書いていた夜会の招待状へのお断わりの手紙を破り捨て、変わりに捨てた招待状をゴミの中から拾い上げてまでして私は今日この夜会に参加したのですよ?
反対する両親を説得してまで。アロイス様。貴方に会う為に。
「私、泣き寝入りはしたくない主義ですの。あらぬ疑いもあらぬ疑惑も、もうウンザリ。誤解は綺麗さっぱり取り払って残りの人生をスッキリと過ごしたいじゃございませんか」
「まさか……まさか、わざと、俺を貶める為に……」
嫌だわ、貶めるだなんて人聞きの悪い。いつまでも現実を見ないアロイス様の目を覚まさせて差し上げただけなのに。
眼孔から落ちてしまいそうな程、目を見開いたアロイス様がパクパクと口を動かされて、まるで魚のよう。
私は否とも然りとも言わず、射殺さんばかりに睨んでくるアロイス様へ心の底からの笑顔を送った。
「きっ、貴様ぁ!!」
激昂したアロイス様が私に向かって腕を振り上げ、掴み掛って来た。
今まで蝶よ花よと育てられて来た私には、殴られる痛みなど想像する事すら出来ない。だけれど、この衆人環視の場で婦女子に手を上げたとなれば、ただでさえ悪くなっているアロイス様の印象は地の底にまで叩き落される事となる。
それこそ、私の望む事。その為なら殴られても構わない。
どうせこれから独り身の人生、多少顔に痣が出来ようが体に傷が残ろうが、何も困る事など無いわ。
乱暴に肩を掴まれ、アロイス様の握りしめた拳が目の端に映る。その背後から血相を変え、走って来るお父様の姿が見えたけれど、きっと間に合わない。
「キャー」という女性達の悲鳴と男性の静止の声を耳に、来るだろう衝撃に備え目をギュッと閉じた。
「なにやら面白い事をやっておるのう。これは何の余興じゃ?」
「軽く触っただけ?」「男の胸って……アンヌ様のどこが?」「たったそれだけで男だって決め付けられたんですの?」
「女性の胸をどんなものだと思っていたんだ?」「夢を持ちすぎたんだろうな。ククク」「もしかして、胸だと思って別の所を触ったんじゃないのか?」
女性は扇子を口元に、男性は手を口元に置いてアロイス様へ軽蔑と嘲笑の眼差しを送られている。
今、いかに軽率な思い込みで私に非道な行いをしたのか、アロイス様はご自分でハッキリと言ってしまいましたものね。
コソコソと聞こえる声にアロイス様の顔が怒りか羞恥か、真っ赤に染まる。
「教会の神官様から私は間違いなく女だったと報告もあった筈です、アングラード侯爵様は何度も謝罪に来られて多額の慰謝料も支払って下さいました。アロイス様も何度も説明されたのではないですか? なのに、なぜ」
ここで少しでも冷静になるなり、周囲の目を気にするでもすれば良かったものを、アロイス様はもう取り繕う余裕すら無いのか、口汚く私を罵って来た。
「うっ……うるさい、うるさい、うるさい! 厭味ったらしい女め! こんな事をしてただで済むと思っているのか!? そ、そうだ! ただでさえ、お前は俺に捨てられた傷モノ令嬢なんだぞ! だから哀れに思ってもう一度結婚してやると言ってやったのに、もう再婚なんて出来るなんて思うな!! はっははは、お前みたいな男を馬鹿にする可愛げの無い女なんぞ誰が欲しがるか! 年寄りの後添えですら断わられるのが目に見えている!」
「そんな事、百も承知。覚悟の上ですわよ」
「へ?」
私を蔑む恰好の的を見付けた、とばかりに勝ち誇った顔をするアロイス様的には残念でしょうが、全て覚悟の上。
この歳で、たった半月程度で離縁したような私ですわよ? それがどれ程の瑕疵になるかなんて火を見るよりも明らか。
だから……
「私はもう結婚は望んでいませんわ。生涯独り身で家を継いだ弟の手伝いをするか、修道女として一生を過ごすか。私はそう生きていくと決めておりますの。勿論、家族も了承済ですわ。アロイス様? そんな私が、なぜ嘲笑われると分かっていてわざわざ夜会に参加したとお思いですか?」
「し、知るか! そんな事……」
そうですわね、アロイス様にはお分かりになられないでしょうね。
アロイス様が夜会に来られると聞いた瞬間、書いていた夜会の招待状へのお断わりの手紙を破り捨て、変わりに捨てた招待状をゴミの中から拾い上げてまでして私は今日この夜会に参加したのですよ?
反対する両親を説得してまで。アロイス様。貴方に会う為に。
「私、泣き寝入りはしたくない主義ですの。あらぬ疑いもあらぬ疑惑も、もうウンザリ。誤解は綺麗さっぱり取り払って残りの人生をスッキリと過ごしたいじゃございませんか」
「まさか……まさか、わざと、俺を貶める為に……」
嫌だわ、貶めるだなんて人聞きの悪い。いつまでも現実を見ないアロイス様の目を覚まさせて差し上げただけなのに。
眼孔から落ちてしまいそうな程、目を見開いたアロイス様がパクパクと口を動かされて、まるで魚のよう。
私は否とも然りとも言わず、射殺さんばかりに睨んでくるアロイス様へ心の底からの笑顔を送った。
「きっ、貴様ぁ!!」
激昂したアロイス様が私に向かって腕を振り上げ、掴み掛って来た。
今まで蝶よ花よと育てられて来た私には、殴られる痛みなど想像する事すら出来ない。だけれど、この衆人環視の場で婦女子に手を上げたとなれば、ただでさえ悪くなっているアロイス様の印象は地の底にまで叩き落される事となる。
それこそ、私の望む事。その為なら殴られても構わない。
どうせこれから独り身の人生、多少顔に痣が出来ようが体に傷が残ろうが、何も困る事など無いわ。
乱暴に肩を掴まれ、アロイス様の握りしめた拳が目の端に映る。その背後から血相を変え、走って来るお父様の姿が見えたけれど、きっと間に合わない。
「キャー」という女性達の悲鳴と男性の静止の声を耳に、来るだろう衝撃に備え目をギュッと閉じた。
「なにやら面白い事をやっておるのう。これは何の余興じゃ?」
20
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
寒がりな氷結眼鏡魔導士は、七匹のウサギとほっこり令嬢の温もりに癒され、愛を知る
ウサギテイマーTK
恋愛
伯爵家のミーヤは、動物の飼育と編み物が好きな、ちょっとおっとりした女の子である。婚約者のブルーノは、地味なミーヤが気に入らず、ミーヤの義姉ロアナと恋に落ちたため、ミーヤに婚約破棄を言い渡す。その件も含め、実の父親から邸を追い出されたミーヤは、吹雪のため遭難したフィーザを助けることになる。眼鏡をかけた魔導士フィーザは氷結魔法の使い手で、魔導士団の副団長を務まる男だった。ミーヤはフィーザと徐々に心を通わすようになるが、ミーヤを追い出した実家では、不穏な出来事が起こるようになる。ミーヤの隠れた能力は、次第に花開いていく。
☆9月1日にHotランキングに載せていただき感謝です!!
☆「なろう」様にも投稿していますが、こちらは加筆してあります。
妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています
今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。
それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。
そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。
当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。
一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる