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私は、私を愛していない方を愛せるほど博愛に満ちていない
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真っ暗闇の中、身一つで放り出され、受け止めきれない非情な現実にボーゼンと私はへたり込んでいた。
こんな真夜中に夜着の女が一人で、どうやって何十キロも先の実家にまで戻れるというのか。しかも靴すら与えられず裸足で……。
こんなの、悪漢に襲って下さい、と言っている様なものだわ! 女だろうと男だろうと、襲われれば最悪命を失うかもしれないのに。アロイス様は、私が死んでも構わないと、そう言う事なのですね、
混乱と悲しみに埋もれていた心から沸々と怒りが湧いて来る。
あれほど私に真実の愛だなんだと語っておきながら、胸一つでこの有様。自分の勝手な思い込みで私の話を何一つ聞いては下さらず、信じても下さらないなんて……アロイス様の言う愛って、その程度だったのね。
溢れる様に胸に満ちていたアロイス様への愛情がスーと消えていくのが分かる。
私は、私を愛していない方を愛せるほど博愛に満ちていないわ。
あんな方の為にこれ以上嘆くのすら勿体ないと、グッと口を引き絞り顔を上げ、立ち上がる為に体を起こした。
いつも靴に守られていた私の柔らかい足裏が、容赦なく突き刺さる小石に傷むのを我慢して立ち上がった時、屋敷の裏手から小さな馬車がやって来て私の近くで止まった。
「アンヌ様」
その馬車の御者台にはアロイス様の屋敷の年老いた執事が一人乗っていて、私に一着のコートを投げて寄越して来た。
これは着ろ、と言う事かしら?
明らかに男物で埃っぽいし、すいた匂いもする。本当なら触りたくも無いけれど、こんな夜着のままでいるよりは幾分もマシなのは確か。遠慮なく袖を通し、肌が見えない様に前を掻き抱く様に閉じる。
頭に血が上っていたせいか気が付かなかったけれど、外気で体が冷えていた様でコートの温かさに少しだけ肩の力が抜ける。
「アンヌ様。旦那様は捨て置け、との事で御座いましたが、万が一があって責任問題に問われるのも後々困ります故、コルベール子爵邸まではお送りさせて頂きます。これは、わたくし個人の判断ですので旦那様はご存知ですらありません。勘違いされませんよう、お願いいたします」
随分な物の言い方ね。屋敷の使用人達も、完全に私の事を女装の詐欺師扱いだわ。
執事は御者台に座ったままで降りる事もせず、私を見下ろしているだけ。
これは、自分で馬車の扉を開けて自分で昇って乗れって事かしら? 子爵令嬢の私に取るにしてはあり得ない対応だけれど、今その事を言って揉めるのは得策では無い。この際、実家の屋敷まで送ってくれると言うのなら文句を言うつもりは無いわ。
「御心配には及びませんわ。私は勘違いなんていたしませんから」
誰かと違って……
なかなか開かない扉に四苦八苦しながらも何とか乗り込んだ馬車は、板張りの座席にクッションどころか布すら張っていない簡素な物だった。しかも、所々ささくれ立っていて、コートを着ていなければ薄い夜着は破けて肌が傷だらけになっていたかもしれない。
しかも走り出してからはガタガタと揺れは大きいし、座席は凄く硬くてお尻も腰も直ぐに痛くなって来た。
いったいこの馬車はどなたが乗る為の馬車なのかは分からないけれど、貴族で無いのだけは確かでしょうね。
でも、そんな過酷な馬車での体の痛みより、今は心の方が軋む様に痛い。
「では、わたくしがお送りするのはここまでですので」
「充分ですわ。ありがとう、助かりました」
実家の屋敷が見える所で馬車から降ろされた私が御者台の上の執事に礼を言うと、執事は少し戸惑った顔をして小声で「いえ……」とだけ答えた。
今までだって、私が使用人の方々にお礼を言たのは一度や二度じゃ無いというのに、なぜ今更そんな顔をされるのか。
私が今まで積み上げて来た事って、こんな一瞬で無かった事にされてしまうのね。
「確か、お名前はユーグさんでしたわよね。アロイス様に伝言をお願い出来るかしら。婚姻の取り消し、離縁、どちらでも私は喜んで即刻お受けいたします、と」
それだけを言い捨てると、私は勢いよく馬車に背を向け、裸足の足で実家の屋敷まで続く冷えたレンガの道を歩き出した。
今回の事で、私の中でアロイス様への愛情は枯れ果て、信用も信頼も何もかも無くなってしまった。
そんな方と結婚生活を送るだなんて、私の方こそまっぴらごめんだわ。
「ア、アンヌ様?」
背後から執事の間抜けな声が聞こえたけど、どうでもいい。さっさとアロイス様に私の意思を伝えに帰ればいいのに。
こんな真夜中に夜着の女が一人で、どうやって何十キロも先の実家にまで戻れるというのか。しかも靴すら与えられず裸足で……。
こんなの、悪漢に襲って下さい、と言っている様なものだわ! 女だろうと男だろうと、襲われれば最悪命を失うかもしれないのに。アロイス様は、私が死んでも構わないと、そう言う事なのですね、
混乱と悲しみに埋もれていた心から沸々と怒りが湧いて来る。
あれほど私に真実の愛だなんだと語っておきながら、胸一つでこの有様。自分の勝手な思い込みで私の話を何一つ聞いては下さらず、信じても下さらないなんて……アロイス様の言う愛って、その程度だったのね。
溢れる様に胸に満ちていたアロイス様への愛情がスーと消えていくのが分かる。
私は、私を愛していない方を愛せるほど博愛に満ちていないわ。
あんな方の為にこれ以上嘆くのすら勿体ないと、グッと口を引き絞り顔を上げ、立ち上がる為に体を起こした。
いつも靴に守られていた私の柔らかい足裏が、容赦なく突き刺さる小石に傷むのを我慢して立ち上がった時、屋敷の裏手から小さな馬車がやって来て私の近くで止まった。
「アンヌ様」
その馬車の御者台にはアロイス様の屋敷の年老いた執事が一人乗っていて、私に一着のコートを投げて寄越して来た。
これは着ろ、と言う事かしら?
明らかに男物で埃っぽいし、すいた匂いもする。本当なら触りたくも無いけれど、こんな夜着のままでいるよりは幾分もマシなのは確か。遠慮なく袖を通し、肌が見えない様に前を掻き抱く様に閉じる。
頭に血が上っていたせいか気が付かなかったけれど、外気で体が冷えていた様でコートの温かさに少しだけ肩の力が抜ける。
「アンヌ様。旦那様は捨て置け、との事で御座いましたが、万が一があって責任問題に問われるのも後々困ります故、コルベール子爵邸まではお送りさせて頂きます。これは、わたくし個人の判断ですので旦那様はご存知ですらありません。勘違いされませんよう、お願いいたします」
随分な物の言い方ね。屋敷の使用人達も、完全に私の事を女装の詐欺師扱いだわ。
執事は御者台に座ったままで降りる事もせず、私を見下ろしているだけ。
これは、自分で馬車の扉を開けて自分で昇って乗れって事かしら? 子爵令嬢の私に取るにしてはあり得ない対応だけれど、今その事を言って揉めるのは得策では無い。この際、実家の屋敷まで送ってくれると言うのなら文句を言うつもりは無いわ。
「御心配には及びませんわ。私は勘違いなんていたしませんから」
誰かと違って……
なかなか開かない扉に四苦八苦しながらも何とか乗り込んだ馬車は、板張りの座席にクッションどころか布すら張っていない簡素な物だった。しかも、所々ささくれ立っていて、コートを着ていなければ薄い夜着は破けて肌が傷だらけになっていたかもしれない。
しかも走り出してからはガタガタと揺れは大きいし、座席は凄く硬くてお尻も腰も直ぐに痛くなって来た。
いったいこの馬車はどなたが乗る為の馬車なのかは分からないけれど、貴族で無いのだけは確かでしょうね。
でも、そんな過酷な馬車での体の痛みより、今は心の方が軋む様に痛い。
「では、わたくしがお送りするのはここまでですので」
「充分ですわ。ありがとう、助かりました」
実家の屋敷が見える所で馬車から降ろされた私が御者台の上の執事に礼を言うと、執事は少し戸惑った顔をして小声で「いえ……」とだけ答えた。
今までだって、私が使用人の方々にお礼を言たのは一度や二度じゃ無いというのに、なぜ今更そんな顔をされるのか。
私が今まで積み上げて来た事って、こんな一瞬で無かった事にされてしまうのね。
「確か、お名前はユーグさんでしたわよね。アロイス様に伝言をお願い出来るかしら。婚姻の取り消し、離縁、どちらでも私は喜んで即刻お受けいたします、と」
それだけを言い捨てると、私は勢いよく馬車に背を向け、裸足の足で実家の屋敷まで続く冷えたレンガの道を歩き出した。
今回の事で、私の中でアロイス様への愛情は枯れ果て、信用も信頼も何もかも無くなってしまった。
そんな方と結婚生活を送るだなんて、私の方こそまっぴらごめんだわ。
「ア、アンヌ様?」
背後から執事の間抜けな声が聞こえたけど、どうでもいい。さっさとアロイス様に私の意思を伝えに帰ればいいのに。
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