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22 本当に?
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爽やかでほのかな甘みのする香りに鼻腔を擽られ、意識が浮上する。
ああ、この匂い好きだ。凄く安心する。それに暖かい。
優しく髪を梳かれるのが気持ちが良い。
もっと全身包まれたくて、すぐ側にあるいい匂いがする温もりにすり寄る。
「んふふふ。甘えてるの?」
心地いい低音の声に優しく語り掛けられて、ゆっくり浮上していた意識が一気にはっきりする。
「え?」
「ああ、起きちゃった?」
「イサーク様!? っ!!」
咄嗟に体を起こせば目の前には全裸のイサーク様!? それに、僕まで真っ裸で、どっ! どうして!?
慌ててシーツで下半身を隠すけど、その下半身が重くて鈍い。しかも、あらぬ所からドロ、と何かが流れ出して……
僕だって経験が無い訳じゃ無いのだ。これが何で、どういう状況か、なんて、分かり切っている。
そうだ。あの日、僕にヒートが起きたんだ。それで、イサーク様と……
ちょっと待って。オクトーとヒートを過ごした後って、僕はどんな顔をしていた? いや、そもそも起きた時にはあいつはいつもいなかったし、その後顔を合わせてもいつも通りで、僕も何か特別思う様な事なんて無かった。
だけどイサーク様だと駄目だぁ! どんな顔をして、なんて声を掛けたら良いのか……なんで、こんなにも恥ずかしいんだ!
途切れ途切れだけれども覚えている記憶の欠片に顔が熱くなる。
「あ、あの、イサーク様。僕……」
ご迷惑を——。そう言いかけて、この部屋に満ちている匂いに気が付く。これは……凄く濃厚なスターアニスの香り。
今までは微かに香る程度だったのに、今は、この部屋に充満していて酔ってしまいそうな程だ。実際、意識して香った途端、さっきまで落ち着いていたはずの体が微かに火照り始めている。
そして、この感覚も僕は知っている。これは、αのフェロモンを嗅いだ時の反応だ。
でも、なんで? 僕には既に番がいるのに? 番の匂いしか分からない筈なのに……
「ウォレン、私と君は番ったんだよ。私が君の項を噛んで、元番から君を奪い取ったんだ」
「え? ……奪い、取る?」
番ったって。奪い取ったって。そんな事が?
イサーク様が僕の項に手を伸ばし触る。途端、ズキッと鋭い痛みが触られた場所に走る。
——ウォレン、私のものになって。身も心も、私だけのものに……私がこんな縛り引き千切ってあげるから——
——噛んでっ!! 早く! 早く、僕をイサーク様のものにして!!——
「すまない。自制が効かなくて、思い切り噛んでしまった」
眉尻を下げ、心の底から申し訳なさそうに謝るイサーク様の顔を見て、記憶が蘇って来る。
そうだ。僕は発情の熱に煽られて、身も蓋もなく泣き叫んでイサーク様に噛んで欲しいと懇願していた。そして、あの身を引き裂く痛みと快感。
本当に?……イサーク様に、噛まれて……僕……
イサーク様が説明してくれた事によると、例え他の『α』と番った『Ω』であっても、条件さえクリア出来れば番を上書きして奪い取れる、らしい。
その条件と言うのが、先の『α』より力の強い上位の『α』である事。
次に、奪いたい『Ω』を先の『α』より愛し、執着している事。
そして、『Ω』も番の『α』より奪いに来た『α』を愛し、欲している事。
それらが揃って初めて奪い取る事が出来るんだそうだ。
だからと言って、全ての条件がクリアしていたとしても相性であったり、想いの強さであったりと、なかなか出来るものではない、と。
「だから、奪い取る事に成功した私達は誰よりも愛し合い、強く惹かれ合っている、という事だ」
愛し合い、惹かれ合うって……僕と、イサーク様が……?
イサーク様の膝に座り、背後から抱き締められて二人で一枚のシーツに包まる。
ピットリと引っ付く裸の肌と肌の感触に、モジモジと落ち着かない。
「本当に……そんな、事が……」
「あまり平民の間では知られていないみたいだけれどね。力の強い上位αの多い貴族では割と知られている事だよ。だから、その事を知っているαは奪い取られない為にも愛するΩを必死で囲うのさ」
こうやってね。と、イサーク様がギュッと力を入れて僕を抱き締めて来る。ガッチリと僕を胸の中に閉じ込めた腕は、僕が多少身じろぐ位じゃビクともしない。
「現に、今は僕のフェロモンが分かるんじゃないかい? 私も君のフェロモンが分かる。甘くて爽やかなマンダリンオレンジの香りだ……やはり、私は君の香りをずっと感じていたんだ。ウォレンは、ずっと私を呼んでくれていたんだね」
マンダリン? それって、イサーク様が僕から香るって言っていた?
「私は、このマンダリンの匂いを、君が元夫と番っていた時にも感じていた。まさか、と思ったよ。でも、そうだった。この香りは君のフェロモンの香りだったんだよ。ウォレンは? 私の香りが分かるかい?」
分かる。だって、僕も前からイサーク様のフェロモンの香りを感じていたから。
「イサーク様の……香りは……分かります。……スターアニスに似た、爽やかで甘い香り。僕も、以前から何度かこの香りは感じていました……でも、どうして?」
「どうして、番のいる身で他のフェロモンを感じたかって? それは私にも言える事だけど、それが相性って事じゃ無いのかな? ウォレンと私は恐ろしい程に相性が良く惹かれ合っていた。だから、互いのフェロモンを微かにだけれども感じる事が出来た。ふふふ。私達は番の縛りすら凌駕したって事だ」
クスクスと嬉しそうに笑うイサーク様が、僕の項の傷を優しく唇でなぞる。
行為の最中、そこを舐められた時にはビリビリと痛みが走ったのに、今は傷の微かな痛みと一緒にゾクゾクと快感が背筋を走る。きっと、僕をきつく抱き締めているイサーク様には僕の背中の震えが伝わってしまっている。だって、僕がブル……と快感に震えたと同時にイサーク様のフェロモンの香りが強まったから。
俄かには信じられない事だけど。だけれど、確かに僕はイサーク様のフェロモンを感じている。
「じゃぁ、もう僕はオクトーの番では無いんですね! 僕は……イサーク様とずっと一緒にいれるんですか?」
「当たり前じゃないか。私は二度とウォレンを手放すつもりは無いよ。さっきも言っただろ? 愛するΩを必死で囲い込むって。この腕が引き千切られたって君を離さないさ。それと、前の番の彼だけど……今頃、慌てているんじゃないかな?」
「慌てる?」
「αにとって番のΩを奪われるという事は、矜持だとか自尊心だとか、それら全てのプライドというプライドを傷付けられる事になるからね。貴族社会では特に自死を考える程の恥辱だよ」
それは、Ωにとっての番の強制解除に近いのでは……
だからと言って同情する気は無いけれど。
「ちょ! イサーク様!?」
さっきから僕を強く抱き締めていたイサーク様の手が緩んだと思ったら、意思を持った動きで僕の胸と下半身に伸びて来た。
胸の頂を指で摩られ、下半身の中心を掌で包まれてヒク……と喉が鳴る。
「もう、あんな男の話は良いさ。それより……さっきまでは意識がはっきりしていなかっただろ? 今度は、しっかりと私を感じて欲しいな」
「ん、ぁ……イサーク様。あ、あ」
濃くなるイサーク様のフェロモンと手の動きに翻弄され、僕の体がビクビクと跳ねる。
結局は、今回も意識がはっきりしているのは最初だけで、途中からイサーク様から与えられる快感に乱され、僕の意識は霞の様に消えて行った。
ああ、この匂い好きだ。凄く安心する。それに暖かい。
優しく髪を梳かれるのが気持ちが良い。
もっと全身包まれたくて、すぐ側にあるいい匂いがする温もりにすり寄る。
「んふふふ。甘えてるの?」
心地いい低音の声に優しく語り掛けられて、ゆっくり浮上していた意識が一気にはっきりする。
「え?」
「ああ、起きちゃった?」
「イサーク様!? っ!!」
咄嗟に体を起こせば目の前には全裸のイサーク様!? それに、僕まで真っ裸で、どっ! どうして!?
慌ててシーツで下半身を隠すけど、その下半身が重くて鈍い。しかも、あらぬ所からドロ、と何かが流れ出して……
僕だって経験が無い訳じゃ無いのだ。これが何で、どういう状況か、なんて、分かり切っている。
そうだ。あの日、僕にヒートが起きたんだ。それで、イサーク様と……
ちょっと待って。オクトーとヒートを過ごした後って、僕はどんな顔をしていた? いや、そもそも起きた時にはあいつはいつもいなかったし、その後顔を合わせてもいつも通りで、僕も何か特別思う様な事なんて無かった。
だけどイサーク様だと駄目だぁ! どんな顔をして、なんて声を掛けたら良いのか……なんで、こんなにも恥ずかしいんだ!
途切れ途切れだけれども覚えている記憶の欠片に顔が熱くなる。
「あ、あの、イサーク様。僕……」
ご迷惑を——。そう言いかけて、この部屋に満ちている匂いに気が付く。これは……凄く濃厚なスターアニスの香り。
今までは微かに香る程度だったのに、今は、この部屋に充満していて酔ってしまいそうな程だ。実際、意識して香った途端、さっきまで落ち着いていたはずの体が微かに火照り始めている。
そして、この感覚も僕は知っている。これは、αのフェロモンを嗅いだ時の反応だ。
でも、なんで? 僕には既に番がいるのに? 番の匂いしか分からない筈なのに……
「ウォレン、私と君は番ったんだよ。私が君の項を噛んで、元番から君を奪い取ったんだ」
「え? ……奪い、取る?」
番ったって。奪い取ったって。そんな事が?
イサーク様が僕の項に手を伸ばし触る。途端、ズキッと鋭い痛みが触られた場所に走る。
——ウォレン、私のものになって。身も心も、私だけのものに……私がこんな縛り引き千切ってあげるから——
——噛んでっ!! 早く! 早く、僕をイサーク様のものにして!!——
「すまない。自制が効かなくて、思い切り噛んでしまった」
眉尻を下げ、心の底から申し訳なさそうに謝るイサーク様の顔を見て、記憶が蘇って来る。
そうだ。僕は発情の熱に煽られて、身も蓋もなく泣き叫んでイサーク様に噛んで欲しいと懇願していた。そして、あの身を引き裂く痛みと快感。
本当に?……イサーク様に、噛まれて……僕……
イサーク様が説明してくれた事によると、例え他の『α』と番った『Ω』であっても、条件さえクリア出来れば番を上書きして奪い取れる、らしい。
その条件と言うのが、先の『α』より力の強い上位の『α』である事。
次に、奪いたい『Ω』を先の『α』より愛し、執着している事。
そして、『Ω』も番の『α』より奪いに来た『α』を愛し、欲している事。
それらが揃って初めて奪い取る事が出来るんだそうだ。
だからと言って、全ての条件がクリアしていたとしても相性であったり、想いの強さであったりと、なかなか出来るものではない、と。
「だから、奪い取る事に成功した私達は誰よりも愛し合い、強く惹かれ合っている、という事だ」
愛し合い、惹かれ合うって……僕と、イサーク様が……?
イサーク様の膝に座り、背後から抱き締められて二人で一枚のシーツに包まる。
ピットリと引っ付く裸の肌と肌の感触に、モジモジと落ち着かない。
「本当に……そんな、事が……」
「あまり平民の間では知られていないみたいだけれどね。力の強い上位αの多い貴族では割と知られている事だよ。だから、その事を知っているαは奪い取られない為にも愛するΩを必死で囲うのさ」
こうやってね。と、イサーク様がギュッと力を入れて僕を抱き締めて来る。ガッチリと僕を胸の中に閉じ込めた腕は、僕が多少身じろぐ位じゃビクともしない。
「現に、今は僕のフェロモンが分かるんじゃないかい? 私も君のフェロモンが分かる。甘くて爽やかなマンダリンオレンジの香りだ……やはり、私は君の香りをずっと感じていたんだ。ウォレンは、ずっと私を呼んでくれていたんだね」
マンダリン? それって、イサーク様が僕から香るって言っていた?
「私は、このマンダリンの匂いを、君が元夫と番っていた時にも感じていた。まさか、と思ったよ。でも、そうだった。この香りは君のフェロモンの香りだったんだよ。ウォレンは? 私の香りが分かるかい?」
分かる。だって、僕も前からイサーク様のフェロモンの香りを感じていたから。
「イサーク様の……香りは……分かります。……スターアニスに似た、爽やかで甘い香り。僕も、以前から何度かこの香りは感じていました……でも、どうして?」
「どうして、番のいる身で他のフェロモンを感じたかって? それは私にも言える事だけど、それが相性って事じゃ無いのかな? ウォレンと私は恐ろしい程に相性が良く惹かれ合っていた。だから、互いのフェロモンを微かにだけれども感じる事が出来た。ふふふ。私達は番の縛りすら凌駕したって事だ」
クスクスと嬉しそうに笑うイサーク様が、僕の項の傷を優しく唇でなぞる。
行為の最中、そこを舐められた時にはビリビリと痛みが走ったのに、今は傷の微かな痛みと一緒にゾクゾクと快感が背筋を走る。きっと、僕をきつく抱き締めているイサーク様には僕の背中の震えが伝わってしまっている。だって、僕がブル……と快感に震えたと同時にイサーク様のフェロモンの香りが強まったから。
俄かには信じられない事だけど。だけれど、確かに僕はイサーク様のフェロモンを感じている。
「じゃぁ、もう僕はオクトーの番では無いんですね! 僕は……イサーク様とずっと一緒にいれるんですか?」
「当たり前じゃないか。私は二度とウォレンを手放すつもりは無いよ。さっきも言っただろ? 愛するΩを必死で囲い込むって。この腕が引き千切られたって君を離さないさ。それと、前の番の彼だけど……今頃、慌てているんじゃないかな?」
「慌てる?」
「αにとって番のΩを奪われるという事は、矜持だとか自尊心だとか、それら全てのプライドというプライドを傷付けられる事になるからね。貴族社会では特に自死を考える程の恥辱だよ」
それは、Ωにとっての番の強制解除に近いのでは……
だからと言って同情する気は無いけれど。
「ちょ! イサーク様!?」
さっきから僕を強く抱き締めていたイサーク様の手が緩んだと思ったら、意思を持った動きで僕の胸と下半身に伸びて来た。
胸の頂を指で摩られ、下半身の中心を掌で包まれてヒク……と喉が鳴る。
「もう、あんな男の話は良いさ。それより……さっきまでは意識がはっきりしていなかっただろ? 今度は、しっかりと私を感じて欲しいな」
「ん、ぁ……イサーク様。あ、あ」
濃くなるイサーク様のフェロモンと手の動きに翻弄され、僕の体がビクビクと跳ねる。
結局は、今回も意識がはっきりしているのは最初だけで、途中からイサーク様から与えられる快感に乱され、僕の意識は霞の様に消えて行った。
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