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21 イサーク視点~2~
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私がウォレンを迎え入れる為、領地に戻ったその日にウォレンが突発性のヒートを起こした、と連絡があったのは、私が領地に帰り着いた次の日だった。
わざわざ鳥を飛ばしてまでファリオンが連絡をくれ、手紙には「ヒートが落ち着き次第連絡する。それまで領地で待っていてくれ」と書いてあった。
だが、ウォレンがヒートになったというのに、大人しく待つなんて出来る訳が無い。
大急ぎで必要最低限の仕事だけ片付けると、私は再びウォレンの元に向かう為、馬車を走らせた。
一日かけクリストフ邸に戻った時、まだウォレンのヒートは落ち着いてはいなかったようで、ファリオンには心底呆れた、という顔をされた。
「今来てもウォレンには会わせないぞ」
「分かっている。正常な意識の無い状態で何かあってはレイプと変わらん」
「まだ、婚約期間だ! 意識があれば良いって物じゃ無いぞ」
「お兄様はなかなかに手厳しいようだ」
だが、厳格なファリオンと違い、父親の方はそうは思っていなかったようで、私をウォレンが籠っている部屋に行かせようと何度も声を掛けて来ていた。
既成事実を作ろうという目論見なのか、ただ、私への有難迷惑な持て成しのつもりなのかは分からないが、まるで商品の様にウォレンを差し出そうとするその傲慢さに何度掴みかかりそうになったか。
そんな親がいては万が一があってはいけない、と引き留めるのを無視しクリストフ邸では無く街で宿を取り、ウォレンのヒートが明けるのを待っていた。
やっとファリオンから連絡があった時は、心配もあったが早くこんな両親からウォレンを引き離さなければ、と気がはやったのがいけなかった。
「ウォレン!!」
「え? え!?……」
「……………………」
止めるファリオンを無視して突き進み、扉を開けた瞬間、目の前には薄いシャツ一枚のウォレンがベッドに座っていた。
体を清めた所だったのか、濡れた襟足が首筋に張り付き、しかも無防備にも素足を晒した状態で……。普段、素足は人に見せる物では無い。一夜を共にする事が出来る者だけが目にするもの。それが、故意では無いとはいえ目の前に……
しかも、ウォレンはそんな自分の姿を見られるのが恥ずかしいのか、モジモジと目線を泳がせ裸の足を擦り合わせている。
思わず、そんなウォレンの艶めかしい姿に扉を開けたまま動きを止め、凝視してしまう。
その時、フワリ……とマンダリンの香りが微かに香った。
この香りは!? ほんの一瞬、僅かにしか香らなかったが、間違いない。昔、ウォレンから香って来ていた香りだ。
懐かしいその香りに誘発されるように、私の体に熱が生まれる。ラットを起こす程でも無いが、確実に私の中を熱く燻るその熱に、戸惑いつつも歓喜が溢れる。
この香りがフェロモンか否かは『今は』分からないが、私を昂らせるのは確か。例え、何であろうとも、私を誘い誘惑するウォレンに愛おしさがこみ上がる。
その馨しい香りに導かれる様に、私はウォレンの足元に跪いた。
ウォレンを引っ攫うようにして屋敷に連れ帰り、もうすぐ二ヶ月か。
最初は慣れない場所に慣れない環境で緊張していたようだったが、最近は使用人達とも打ち解けたのか、楽しそうに会話をしているのを見かけるようになった。
その姿に安堵と喜びを感じつつも、嫉妬もしてしまう自分は随分と狭量な男になってしまったようだ。
今も、使用人達と何やら談笑しながら外を歩いているのが執務室の窓から見える。
あの家にいた頃に見せていた、困った様な疲れた笑みでは無く満開の花が咲くように朗らかに笑っている。
ふわり、と柔らかい笑顔も良いが、今の様にハツラツとした笑顔も私は好きだ。初めてあの笑顔を見せてくれた時なぞ、自分が何の話をしていたのか忘れ見惚れた程だ。
「ああやって、笑顔を見せてくれる事を喜ばなければ、な……」
そうは思っても子供の独占欲のように湧き出るモヤモヤ感に苦笑いを漏らし、ウォレンの為に寄せ集めた商品の数々を並べたテーブルに視線を戻す。
そろそろ陽が強くなる時期だ。肌の白いウォレンは日焼けに弱いだろう。今からつばの広い帽子や薄いカーディガンを買い揃えたい。日傘も良いかも知れない。
ウォレンがこの屋敷に来る時、彼の荷物は小さなボストンバッグ一つだった。聞けば元夫の家に荷物を置いたきりで取りに戻る事も出来ず、この鞄が全財産だ、と。
あの一週間でいったい何度、怒りのマグマが腹の中から爆発して溢れ出しそうになった事か。
鞄一つだけで馬車に乗るウォレンに、やっとその事実に気が付いたらしい父親が慌てて取り繕う様にウォレンの荷物は後から送る、と言って来たのも腹が立ち、「こちらで全て用意するので結構だ」と突っぱねた。
実際、ウォレンが身に着ける物全て、私が用意するつもりだったが。
そうして、色々と買い揃えていたのだが、ある程度揃って来ると、ウォレンは「もう充分です」と断って来るようになってしまった。だが、私としてはもっと贈りたいし、まだまだ足りない。
物で縛り付けるつもりは無いが、物が極端に少ないと、ふらりと何処かへ行ってしまいそうで不安なのだ。
だから、何かの折に理由を付けては贈るようにしているのだが、これがまた理由に事欠かない。
私としては揶揄うつもりは無いのだが、頭を撫でれば気持ち良さそうに目を細め、触れ合えば頬を染めるウォレンの可愛らしさに、ついついやり過ぎてしまい怒らせてしまうのだ。その度にお詫びと称して贈っていれば、気が付くと週に何度も贈って、またウォレンに止められてしまう悪循環。
顔を赤く染めて拗ねる姿が可愛らしくて駄目だと思いつつも止められないのだから、我ながら困ったものだ。
折角、少しずつではあるが私にも馴れて来て距離も近づいて来たと言うのに、ここで嫌われては元も子もない。
この私の浮かれ具合には使用人達も呆れた顔をし始めた事だし、最近はめっきり壊れ気味な自制心をどうにかしなければ。
わざわざ鳥を飛ばしてまでファリオンが連絡をくれ、手紙には「ヒートが落ち着き次第連絡する。それまで領地で待っていてくれ」と書いてあった。
だが、ウォレンがヒートになったというのに、大人しく待つなんて出来る訳が無い。
大急ぎで必要最低限の仕事だけ片付けると、私は再びウォレンの元に向かう為、馬車を走らせた。
一日かけクリストフ邸に戻った時、まだウォレンのヒートは落ち着いてはいなかったようで、ファリオンには心底呆れた、という顔をされた。
「今来てもウォレンには会わせないぞ」
「分かっている。正常な意識の無い状態で何かあってはレイプと変わらん」
「まだ、婚約期間だ! 意識があれば良いって物じゃ無いぞ」
「お兄様はなかなかに手厳しいようだ」
だが、厳格なファリオンと違い、父親の方はそうは思っていなかったようで、私をウォレンが籠っている部屋に行かせようと何度も声を掛けて来ていた。
既成事実を作ろうという目論見なのか、ただ、私への有難迷惑な持て成しのつもりなのかは分からないが、まるで商品の様にウォレンを差し出そうとするその傲慢さに何度掴みかかりそうになったか。
そんな親がいては万が一があってはいけない、と引き留めるのを無視しクリストフ邸では無く街で宿を取り、ウォレンのヒートが明けるのを待っていた。
やっとファリオンから連絡があった時は、心配もあったが早くこんな両親からウォレンを引き離さなければ、と気がはやったのがいけなかった。
「ウォレン!!」
「え? え!?……」
「……………………」
止めるファリオンを無視して突き進み、扉を開けた瞬間、目の前には薄いシャツ一枚のウォレンがベッドに座っていた。
体を清めた所だったのか、濡れた襟足が首筋に張り付き、しかも無防備にも素足を晒した状態で……。普段、素足は人に見せる物では無い。一夜を共にする事が出来る者だけが目にするもの。それが、故意では無いとはいえ目の前に……
しかも、ウォレンはそんな自分の姿を見られるのが恥ずかしいのか、モジモジと目線を泳がせ裸の足を擦り合わせている。
思わず、そんなウォレンの艶めかしい姿に扉を開けたまま動きを止め、凝視してしまう。
その時、フワリ……とマンダリンの香りが微かに香った。
この香りは!? ほんの一瞬、僅かにしか香らなかったが、間違いない。昔、ウォレンから香って来ていた香りだ。
懐かしいその香りに誘発されるように、私の体に熱が生まれる。ラットを起こす程でも無いが、確実に私の中を熱く燻るその熱に、戸惑いつつも歓喜が溢れる。
この香りがフェロモンか否かは『今は』分からないが、私を昂らせるのは確か。例え、何であろうとも、私を誘い誘惑するウォレンに愛おしさがこみ上がる。
その馨しい香りに導かれる様に、私はウォレンの足元に跪いた。
ウォレンを引っ攫うようにして屋敷に連れ帰り、もうすぐ二ヶ月か。
最初は慣れない場所に慣れない環境で緊張していたようだったが、最近は使用人達とも打ち解けたのか、楽しそうに会話をしているのを見かけるようになった。
その姿に安堵と喜びを感じつつも、嫉妬もしてしまう自分は随分と狭量な男になってしまったようだ。
今も、使用人達と何やら談笑しながら外を歩いているのが執務室の窓から見える。
あの家にいた頃に見せていた、困った様な疲れた笑みでは無く満開の花が咲くように朗らかに笑っている。
ふわり、と柔らかい笑顔も良いが、今の様にハツラツとした笑顔も私は好きだ。初めてあの笑顔を見せてくれた時なぞ、自分が何の話をしていたのか忘れ見惚れた程だ。
「ああやって、笑顔を見せてくれる事を喜ばなければ、な……」
そうは思っても子供の独占欲のように湧き出るモヤモヤ感に苦笑いを漏らし、ウォレンの為に寄せ集めた商品の数々を並べたテーブルに視線を戻す。
そろそろ陽が強くなる時期だ。肌の白いウォレンは日焼けに弱いだろう。今からつばの広い帽子や薄いカーディガンを買い揃えたい。日傘も良いかも知れない。
ウォレンがこの屋敷に来る時、彼の荷物は小さなボストンバッグ一つだった。聞けば元夫の家に荷物を置いたきりで取りに戻る事も出来ず、この鞄が全財産だ、と。
あの一週間でいったい何度、怒りのマグマが腹の中から爆発して溢れ出しそうになった事か。
鞄一つだけで馬車に乗るウォレンに、やっとその事実に気が付いたらしい父親が慌てて取り繕う様にウォレンの荷物は後から送る、と言って来たのも腹が立ち、「こちらで全て用意するので結構だ」と突っぱねた。
実際、ウォレンが身に着ける物全て、私が用意するつもりだったが。
そうして、色々と買い揃えていたのだが、ある程度揃って来ると、ウォレンは「もう充分です」と断って来るようになってしまった。だが、私としてはもっと贈りたいし、まだまだ足りない。
物で縛り付けるつもりは無いが、物が極端に少ないと、ふらりと何処かへ行ってしまいそうで不安なのだ。
だから、何かの折に理由を付けては贈るようにしているのだが、これがまた理由に事欠かない。
私としては揶揄うつもりは無いのだが、頭を撫でれば気持ち良さそうに目を細め、触れ合えば頬を染めるウォレンの可愛らしさに、ついついやり過ぎてしまい怒らせてしまうのだ。その度にお詫びと称して贈っていれば、気が付くと週に何度も贈って、またウォレンに止められてしまう悪循環。
顔を赤く染めて拗ねる姿が可愛らしくて駄目だと思いつつも止められないのだから、我ながら困ったものだ。
折角、少しずつではあるが私にも馴れて来て距離も近づいて来たと言うのに、ここで嫌われては元も子もない。
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