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13 甘すぎる新生活

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「あれ?」

 お部屋に飾る花を運んでいる最中。二階の窓から外を見下ろすと、色とりどりの花が咲いている庭に庭師が幼木を二本運び込んでいた。そして、その側には作業着を着たイサーク様が何やら庭師に指示を出しているようだった。
 今日はイサーク様のお仕事はお休みで一日ゆっくりされるものだと思っていた。だけど、庭で作業をされるのなら僕も手伝いに行こうかな。イサーク様と一緒にお庭の手入れをするのも楽しそうだ。
 そうと決まれば急いでお花を飾って来よう、と僕は頬を緩ませながら速足で部屋へと向かった。





「イサーク様」
「ウォレン? どうしたんだい?」

 僕の声に作業の手を止めたイサーク様が振り返るのに合わせて、隣まで駆け寄って行く。

「庭で作業されているのが二階から見えたので、何かお手伝いする事は無いかな、と思って……これは、何の木ですか?」
「オレンジだよ。まだまだ木自体は小さいけど、もうすぐ花が咲くからね、実をつける事も出来る。ここに、今から植えようかと思っているんだ」

 ここ、とイサーク様は手に持っていたシャベルを庭の中でも特に日当たりのいい場所へ突き刺す。
 
「もしかして、イサーク様自ら、このオレンジを植えられるんですか?」

 今にも穴を掘り出しそうなイサーク様を見上げながら聞いて見れば「勿論」と自信満々に笑顔で返された。

「私は貴族と言っても田舎伯爵だからね。仕事だって畑だ、河川だ、って現場仕事も多いんだ。だから木の一本や二本植える事位朝飯前さ。それに、この木は……私が植えたいんだ」

 庭師が支え持つオレンジの幼木に優しく触れながら、イサーク様は少し恥ずかしそうに「伯爵っぽくないかな?」とはにかむ様に笑う。

「僕も、お手伝いしていいですか?」
「え?」
「あまりお役に立てないかも知れないですけど、土を運ぶ位なら出来ますよ」

 残念ながら、力の無い僕では大きな穴を掘るとかは自信がないけれど、実家で何度かお遊び程度に庭の手入れをした事はある。だから任せろ、と身振り手振りで手押し車を押す真似をする。

「本当に? ウォレンと一緒に植えられるなんて私はとても嬉しいけど。良いのかい?」
「勿論ですよ! お手伝いしに来たって言ったじゃないですか」
「そうだったね。じゃぁ、お願いしようかな」

 イサーク様を見上げ胸を張ってみせると、丸くしていた目をクシャリと細めて笑ったイサーク様に頭を撫でられた。
 イサーク様は事ある毎に僕の頭を撫でて来る。子供扱いされている様な気もするけれど、これも円満な関係を維持する為の触れ合いの一種だと思えば否やは無い。
 それに、イサーク様にこんな風に触れられるのは、別に……嫌では無いし。いつも大きな手が髪を掻き混ぜて行く感触についつい頬が緩んでしまう。





「イサーク様、失礼いたします。ムガルド領主のカルペラ様がお越しになられました。イサーク様は本日休息日だとお伝えしたのですが、どうしてもお会いして話したい事がある、と仰られまして」

 さぁ、これからオレンジの木を植えよう、と工程の話をしている所に、申し訳なさそうに執事が来客を告げにやって来た。

「カルペラ!? はぁー、なんだって休みの日に面倒臭い奴が……まぁ、あいつの事だ、わざとだろうな、全く。何の話かなんて嫌でも予想が付く。さっさと行ってお帰り願おう。ウォレン、すまないがオレンジの木は昼から植えよう」

 相当嫌な相手なのか、イサーク様にしては珍しく不快感を露わにして愚痴をこぼしていた。
 イサーク様もお休みを邪魔されるとこんな顔をするんだな、なんて、ある意味感慨深く見上げていると、またクシャクシャッとイサーク様の手が僕の頭を掻き混ぜ、最後に露わになった額にチュッと音を立てて口づけて来た。

「なっ! イサ、イサーク様!!」

 庭師だって執事だっている所で! 皆の目の前で!!
 就寝前の口づけだって誰も見ていない部屋の中で軽く触れるだけで、寝室だって別々の僕らはそれはもう清い関係だった。
 オクトーとだって触れ合うのはヒートの時のみで人前で手だって握った事も無い。そんな僕には例え額だとしても人の目の前でだなんて、破廉恥過ぎる! 

 額を隠せば良いのか赤くなった顔を隠せばいいのか。アワアワと落ち着きなく手を右往左往させる僕を見てイサーク様はクククと喉を鳴らして笑う。

「イサーク様!!」
「ごめんごめん、物欲しそうに見上げて来るからキスして欲しいのかと」
「そ、そ、そんな、見てないです!!」
「え? 見てくれないのかい? ウォレンが欲してくれれば私はいくらでも何でもあげるのに」
「揶揄わないで下さい!!」

 イサーク様は、たまにこうやって僕の事を揶揄って来る。その度に僕が怒るのを見て笑って、謝ってお詫びだ、と何かを贈ってくる。
 僕は別に何も欲しい物は無いし、いらないのに詫びだと言われては受け取らない訳にはいかず、毎回服や靴や装飾品を受け取っていたら、いつの間にかボストンバッグ一つ分しか無かった私物がボストンバッグ三十個分位には膨れ上がってしまった。
 物でご機嫌を取ろうとされている辺り、やはり子供扱いされている気がする。

「ゴホンッ。イサーク様、ウォレン様がお可愛らしいのは分かりますが、いつまでもいちゃついていらっしゃらないで、ご準備をお願いいたします」

 ほら、怒られたじゃないか!! 
 執事の咳払いと催促で、やっとイサーク様が僕を揶揄うのを止めてくれたけれど、いちゃついていたとか、そんな風に見られていたなんて、恥ずかし過ぎる。

「ああ、すまない。すぐに用意する。ウォレン、少し揶揄い過ぎたかな? ごめんね。ウォレンが可愛くて、つい。このお詫びに何か贈らせて? 何が欲しい?」
「可愛いとか無いですし、もう今まで充分頂いて欲しい物なんて無いからいりません。それより、お客様をお待たせしたら悪いですから、イサーク様は急いで着替えに行って下さい! 僕はこのままお庭のお手入れを少しだけして戻りますから。失礼いたします!」
「あ! ウォレン!!」

 執事は勿論、庭師からも生暖かい視線を感じて耐えられなくなった僕は、イサーク様に素早く礼を取ると一目散に庭の作業小屋へと駆けて行った。

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