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8 なるほど、そういう事か
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本当に仕事を放り出して来ていらしたらしいイサーク様は、お父様との話が纏まるとすぐに領地へ戻る為に席を立たれた。
いくらここから領地まで近いと言っても馬車を走らせて一日はかかる距離。そんな距離をわざわざ来て下さったのかと思うと、感謝しかない。
「本当に、ありがとうございます」
馬車を待たせてある門扉の前で深々と頭を下げる僕を押し留めながらイサーク様は首を振られた。
「ウォレン、そんな事しないで。お礼なら、僕に君の事を伝える手紙を書いてくれたファリオンにしてくれ」
「え!? 兄様?」
「イサーク、余計な事は言うな」
僕がビックリして兄様の方へ振り向くと、バツの悪そうな顔をした兄様が手をジャケットのポケットに入れたまま足でイサーク様を蹴り、蹴られたイサーク様は声を出して笑っていた。
「本当の事だ。ファリオンの手紙が無ければ、私はウォレンとこうしていられなかった。全て諦めたまま、領地に籠っていた」
「腑抜けたお前を見ていたくなかったんだ。俺がこの家を継いだ時、お前の領地で業務拡大して大儲けする予定なんだ。領主が腑抜けじゃ話にならん!」
ムスッとした表情で言う兄様の言葉で、なぜイサーク様が僕に求婚したのか理解出来た気がした。
兄様がイサーク様の領地で商売をするのに、親友以上の縁が欲しかったんだ。だから、イサーク様と僕のこれは、その為の政略結婚。
そう思うと、今日一日の事がストンと納得出来た。
僕ではイサーク様に何も返す事が出来ない、と思っていたけど政略結婚だったなら話は別だ。きっと、兄様もイサーク様も政略結婚の末、離婚された僕を気遣って言わなかったんだな。
気掛かりが晴れて、晴れ晴れとした気持ちの中、ほんの少しの澱んだ感覚に小首を傾げていると、そんな僕を見て兄様が苦い顔をしていた。
「多分だがな、お前が思っている事は違うと思うぞ」
「??」
何が違うのか兄様に聞こうと思ったが、それよりも先にイサーク様のお見送りが先だ、とイサーク様に向き直る。
「あの、お気を付けて……」
「ありがとう。あちらで準備を整えたら、すぐに迎えに来る。それまで、どうか待っていて欲しい」
「はい。でも、ご無理はなさらないで下さい」
「ああ、…………あの、ウォレン……一度だけ、抱きしめても、いいだろうか?」
「え?」
「おい、兄が横にいるんだぞ。慎め」
兄様の小言が聞こえているのかいないのか、イサーク様はその一言だけを僕に言うと、大真面目な硬い表情で、黙ってしまわれた。
だっ、抱きしめ!? 抱き締めるって言ったか? って、誰が、誰を? 僕を!!?? 今ここで??
突然の申し出にすぐに言葉を返せない僕に、イサーク様は男らしく吊り上がっていた眉を下げ、おずおずと「だ、駄目だろう、か?」と自信無げな声で僕に問いかけて来る。
そんな姿を見せられて「恥ずかしいから嫌です」なんて事を言える訳も無く、僕は首を横に振り、「どうぞ……」と言ってしまった。
その途端、目の前には暗緑色が広がり、それがイサーク様が着ていたコートだと気付く頃には、背中に回った逞しい腕によって頭一つ分背の低い僕はイサーク様の胸の中に閉じ込められていた。
「イサークさ——」
「愛している。これからも、ずっと……もう、絶対に君を手放しはしない」
決して大きな声では無かったけれど、イサーク様の感情を抑えた声が僕の耳の側で呟かれ、胸の鼓動が跳ね上がった。
それに、イサーク様の胸の中はテラスで嗅いだ甘くて濃厚な、スターアニスに似た香りが微かにして、僕の頭から全身にいたるまでが酔った様にクラリとする。
そうか、この香りはイサーク様の使われている香水の匂いだったのか。
「それはっ、どういう……」
意味?
イサーク様の発言の意図が分からず、分からないその発言が怖くて、それ以上言葉が出ない。
「これ以上は、たった一時の別れでも惜しくなる。ファリオン、後は頼む」
「はいはい、未来の弟よ。数日後に会おう」
そっと離された体が夜風のせいか凄く寒く感じる。酔った様にフワフワした頭も、少し冷えて落ち着いたかも知れない。だけど、頬は熱くって、きっと抱き締められた羞恥のせいに違いない。
赤くなっているだろう顔が、夜の暗闇で気づかれない事を祈りつつ、イサーク様が馬車に乗り込むのを黙って見届け、馬車の中から僕を見るイサーク様に色々と掛ける言葉もあるだろうに、何も言葉に出来なくて、僕は遠ざかる馬車をただ無言で見送った。
いくらここから領地まで近いと言っても馬車を走らせて一日はかかる距離。そんな距離をわざわざ来て下さったのかと思うと、感謝しかない。
「本当に、ありがとうございます」
馬車を待たせてある門扉の前で深々と頭を下げる僕を押し留めながらイサーク様は首を振られた。
「ウォレン、そんな事しないで。お礼なら、僕に君の事を伝える手紙を書いてくれたファリオンにしてくれ」
「え!? 兄様?」
「イサーク、余計な事は言うな」
僕がビックリして兄様の方へ振り向くと、バツの悪そうな顔をした兄様が手をジャケットのポケットに入れたまま足でイサーク様を蹴り、蹴られたイサーク様は声を出して笑っていた。
「本当の事だ。ファリオンの手紙が無ければ、私はウォレンとこうしていられなかった。全て諦めたまま、領地に籠っていた」
「腑抜けたお前を見ていたくなかったんだ。俺がこの家を継いだ時、お前の領地で業務拡大して大儲けする予定なんだ。領主が腑抜けじゃ話にならん!」
ムスッとした表情で言う兄様の言葉で、なぜイサーク様が僕に求婚したのか理解出来た気がした。
兄様がイサーク様の領地で商売をするのに、親友以上の縁が欲しかったんだ。だから、イサーク様と僕のこれは、その為の政略結婚。
そう思うと、今日一日の事がストンと納得出来た。
僕ではイサーク様に何も返す事が出来ない、と思っていたけど政略結婚だったなら話は別だ。きっと、兄様もイサーク様も政略結婚の末、離婚された僕を気遣って言わなかったんだな。
気掛かりが晴れて、晴れ晴れとした気持ちの中、ほんの少しの澱んだ感覚に小首を傾げていると、そんな僕を見て兄様が苦い顔をしていた。
「多分だがな、お前が思っている事は違うと思うぞ」
「??」
何が違うのか兄様に聞こうと思ったが、それよりも先にイサーク様のお見送りが先だ、とイサーク様に向き直る。
「あの、お気を付けて……」
「ありがとう。あちらで準備を整えたら、すぐに迎えに来る。それまで、どうか待っていて欲しい」
「はい。でも、ご無理はなさらないで下さい」
「ああ、…………あの、ウォレン……一度だけ、抱きしめても、いいだろうか?」
「え?」
「おい、兄が横にいるんだぞ。慎め」
兄様の小言が聞こえているのかいないのか、イサーク様はその一言だけを僕に言うと、大真面目な硬い表情で、黙ってしまわれた。
だっ、抱きしめ!? 抱き締めるって言ったか? って、誰が、誰を? 僕を!!?? 今ここで??
突然の申し出にすぐに言葉を返せない僕に、イサーク様は男らしく吊り上がっていた眉を下げ、おずおずと「だ、駄目だろう、か?」と自信無げな声で僕に問いかけて来る。
そんな姿を見せられて「恥ずかしいから嫌です」なんて事を言える訳も無く、僕は首を横に振り、「どうぞ……」と言ってしまった。
その途端、目の前には暗緑色が広がり、それがイサーク様が着ていたコートだと気付く頃には、背中に回った逞しい腕によって頭一つ分背の低い僕はイサーク様の胸の中に閉じ込められていた。
「イサークさ——」
「愛している。これからも、ずっと……もう、絶対に君を手放しはしない」
決して大きな声では無かったけれど、イサーク様の感情を抑えた声が僕の耳の側で呟かれ、胸の鼓動が跳ね上がった。
それに、イサーク様の胸の中はテラスで嗅いだ甘くて濃厚な、スターアニスに似た香りが微かにして、僕の頭から全身にいたるまでが酔った様にクラリとする。
そうか、この香りはイサーク様の使われている香水の匂いだったのか。
「それはっ、どういう……」
意味?
イサーク様の発言の意図が分からず、分からないその発言が怖くて、それ以上言葉が出ない。
「これ以上は、たった一時の別れでも惜しくなる。ファリオン、後は頼む」
「はいはい、未来の弟よ。数日後に会おう」
そっと離された体が夜風のせいか凄く寒く感じる。酔った様にフワフワした頭も、少し冷えて落ち着いたかも知れない。だけど、頬は熱くって、きっと抱き締められた羞恥のせいに違いない。
赤くなっているだろう顔が、夜の暗闇で気づかれない事を祈りつつ、イサーク様が馬車に乗り込むのを黙って見届け、馬車の中から僕を見るイサーク様に色々と掛ける言葉もあるだろうに、何も言葉に出来なくて、僕は遠ざかる馬車をただ無言で見送った。
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