8 / 29
8 なるほど、そういう事か
しおりを挟む
本当に仕事を放り出して来ていらしたらしいイサーク様は、お父様との話が纏まるとすぐに領地へ戻る為に席を立たれた。
いくらここから領地まで近いと言っても馬車を走らせて一日はかかる距離。そんな距離をわざわざ来て下さったのかと思うと、感謝しかない。
「本当に、ありがとうございます」
馬車を待たせてある門扉の前で深々と頭を下げる僕を押し留めながらイサーク様は首を振られた。
「ウォレン、そんな事しないで。お礼なら、僕に君の事を伝える手紙を書いてくれたファリオンにしてくれ」
「え!? 兄様?」
「イサーク、余計な事は言うな」
僕がビックリして兄様の方へ振り向くと、バツの悪そうな顔をした兄様が手をジャケットのポケットに入れたまま足でイサーク様を蹴り、蹴られたイサーク様は声を出して笑っていた。
「本当の事だ。ファリオンの手紙が無ければ、私はウォレンとこうしていられなかった。全て諦めたまま、領地に籠っていた」
「腑抜けたお前を見ていたくなかったんだ。俺がこの家を継いだ時、お前の領地で業務拡大して大儲けする予定なんだ。領主が腑抜けじゃ話にならん!」
ムスッとした表情で言う兄様の言葉で、なぜイサーク様が僕に求婚したのか理解出来た気がした。
兄様がイサーク様の領地で商売をするのに、親友以上の縁が欲しかったんだ。だから、イサーク様と僕のこれは、その為の政略結婚。
そう思うと、今日一日の事がストンと納得出来た。
僕ではイサーク様に何も返す事が出来ない、と思っていたけど政略結婚だったなら話は別だ。きっと、兄様もイサーク様も政略結婚の末、離婚された僕を気遣って言わなかったんだな。
気掛かりが晴れて、晴れ晴れとした気持ちの中、ほんの少しの澱んだ感覚に小首を傾げていると、そんな僕を見て兄様が苦い顔をしていた。
「多分だがな、お前が思っている事は違うと思うぞ」
「??」
何が違うのか兄様に聞こうと思ったが、それよりも先にイサーク様のお見送りが先だ、とイサーク様に向き直る。
「あの、お気を付けて……」
「ありがとう。あちらで準備を整えたら、すぐに迎えに来る。それまで、どうか待っていて欲しい」
「はい。でも、ご無理はなさらないで下さい」
「ああ、…………あの、ウォレン……一度だけ、抱きしめても、いいだろうか?」
「え?」
「おい、兄が横にいるんだぞ。慎め」
兄様の小言が聞こえているのかいないのか、イサーク様はその一言だけを僕に言うと、大真面目な硬い表情で、黙ってしまわれた。
だっ、抱きしめ!? 抱き締めるって言ったか? って、誰が、誰を? 僕を!!?? 今ここで??
突然の申し出にすぐに言葉を返せない僕に、イサーク様は男らしく吊り上がっていた眉を下げ、おずおずと「だ、駄目だろう、か?」と自信無げな声で僕に問いかけて来る。
そんな姿を見せられて「恥ずかしいから嫌です」なんて事を言える訳も無く、僕は首を横に振り、「どうぞ……」と言ってしまった。
その途端、目の前には暗緑色が広がり、それがイサーク様が着ていたコートだと気付く頃には、背中に回った逞しい腕によって頭一つ分背の低い僕はイサーク様の胸の中に閉じ込められていた。
「イサークさ——」
「愛している。これからも、ずっと……もう、絶対に君を手放しはしない」
決して大きな声では無かったけれど、イサーク様の感情を抑えた声が僕の耳の側で呟かれ、胸の鼓動が跳ね上がった。
それに、イサーク様の胸の中はテラスで嗅いだ甘くて濃厚な、スターアニスに似た香りが微かにして、僕の頭から全身にいたるまでが酔った様にクラリとする。
そうか、この香りはイサーク様の使われている香水の匂いだったのか。
「それはっ、どういう……」
意味?
イサーク様の発言の意図が分からず、分からないその発言が怖くて、それ以上言葉が出ない。
「これ以上は、たった一時の別れでも惜しくなる。ファリオン、後は頼む」
「はいはい、未来の弟よ。数日後に会おう」
そっと離された体が夜風のせいか凄く寒く感じる。酔った様にフワフワした頭も、少し冷えて落ち着いたかも知れない。だけど、頬は熱くって、きっと抱き締められた羞恥のせいに違いない。
赤くなっているだろう顔が、夜の暗闇で気づかれない事を祈りつつ、イサーク様が馬車に乗り込むのを黙って見届け、馬車の中から僕を見るイサーク様に色々と掛ける言葉もあるだろうに、何も言葉に出来なくて、僕は遠ざかる馬車をただ無言で見送った。
いくらここから領地まで近いと言っても馬車を走らせて一日はかかる距離。そんな距離をわざわざ来て下さったのかと思うと、感謝しかない。
「本当に、ありがとうございます」
馬車を待たせてある門扉の前で深々と頭を下げる僕を押し留めながらイサーク様は首を振られた。
「ウォレン、そんな事しないで。お礼なら、僕に君の事を伝える手紙を書いてくれたファリオンにしてくれ」
「え!? 兄様?」
「イサーク、余計な事は言うな」
僕がビックリして兄様の方へ振り向くと、バツの悪そうな顔をした兄様が手をジャケットのポケットに入れたまま足でイサーク様を蹴り、蹴られたイサーク様は声を出して笑っていた。
「本当の事だ。ファリオンの手紙が無ければ、私はウォレンとこうしていられなかった。全て諦めたまま、領地に籠っていた」
「腑抜けたお前を見ていたくなかったんだ。俺がこの家を継いだ時、お前の領地で業務拡大して大儲けする予定なんだ。領主が腑抜けじゃ話にならん!」
ムスッとした表情で言う兄様の言葉で、なぜイサーク様が僕に求婚したのか理解出来た気がした。
兄様がイサーク様の領地で商売をするのに、親友以上の縁が欲しかったんだ。だから、イサーク様と僕のこれは、その為の政略結婚。
そう思うと、今日一日の事がストンと納得出来た。
僕ではイサーク様に何も返す事が出来ない、と思っていたけど政略結婚だったなら話は別だ。きっと、兄様もイサーク様も政略結婚の末、離婚された僕を気遣って言わなかったんだな。
気掛かりが晴れて、晴れ晴れとした気持ちの中、ほんの少しの澱んだ感覚に小首を傾げていると、そんな僕を見て兄様が苦い顔をしていた。
「多分だがな、お前が思っている事は違うと思うぞ」
「??」
何が違うのか兄様に聞こうと思ったが、それよりも先にイサーク様のお見送りが先だ、とイサーク様に向き直る。
「あの、お気を付けて……」
「ありがとう。あちらで準備を整えたら、すぐに迎えに来る。それまで、どうか待っていて欲しい」
「はい。でも、ご無理はなさらないで下さい」
「ああ、…………あの、ウォレン……一度だけ、抱きしめても、いいだろうか?」
「え?」
「おい、兄が横にいるんだぞ。慎め」
兄様の小言が聞こえているのかいないのか、イサーク様はその一言だけを僕に言うと、大真面目な硬い表情で、黙ってしまわれた。
だっ、抱きしめ!? 抱き締めるって言ったか? って、誰が、誰を? 僕を!!?? 今ここで??
突然の申し出にすぐに言葉を返せない僕に、イサーク様は男らしく吊り上がっていた眉を下げ、おずおずと「だ、駄目だろう、か?」と自信無げな声で僕に問いかけて来る。
そんな姿を見せられて「恥ずかしいから嫌です」なんて事を言える訳も無く、僕は首を横に振り、「どうぞ……」と言ってしまった。
その途端、目の前には暗緑色が広がり、それがイサーク様が着ていたコートだと気付く頃には、背中に回った逞しい腕によって頭一つ分背の低い僕はイサーク様の胸の中に閉じ込められていた。
「イサークさ——」
「愛している。これからも、ずっと……もう、絶対に君を手放しはしない」
決して大きな声では無かったけれど、イサーク様の感情を抑えた声が僕の耳の側で呟かれ、胸の鼓動が跳ね上がった。
それに、イサーク様の胸の中はテラスで嗅いだ甘くて濃厚な、スターアニスに似た香りが微かにして、僕の頭から全身にいたるまでが酔った様にクラリとする。
そうか、この香りはイサーク様の使われている香水の匂いだったのか。
「それはっ、どういう……」
意味?
イサーク様の発言の意図が分からず、分からないその発言が怖くて、それ以上言葉が出ない。
「これ以上は、たった一時の別れでも惜しくなる。ファリオン、後は頼む」
「はいはい、未来の弟よ。数日後に会おう」
そっと離された体が夜風のせいか凄く寒く感じる。酔った様にフワフワした頭も、少し冷えて落ち着いたかも知れない。だけど、頬は熱くって、きっと抱き締められた羞恥のせいに違いない。
赤くなっているだろう顔が、夜の暗闇で気づかれない事を祈りつつ、イサーク様が馬車に乗り込むのを黙って見届け、馬車の中から僕を見るイサーク様に色々と掛ける言葉もあるだろうに、何も言葉に出来なくて、僕は遠ざかる馬車をただ無言で見送った。
127
お気に入りに追加
2,008
あなたにおすすめの小説

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。


春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる