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7 決まる僕の未来
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応接室に行くまでしっかりエスコートされ、着いた後も僕に寄り添うイサーク様に、何か言いたそうな父様だったが、僕をソファーに座らせたイサーク様が僕の隣に座られた事で諦めたのか、困惑の表情のまま無言で向かいのソファーに座られた。
その後、やって来た母様も父様の時と同じように僕の姿を見て眉を顰めたけど、縮こまる様に座る僕の隣にイサーク様がピットリとくっついて座っているのを見て何かを察したのか僕をなじる様な事は言わず、張り付けたかの様な笑顔で挨拶をして父様の横に座った。
「それで、どういったお話でしょうか?」
「単刀直入に言うと、こちらのウォレンを私の夫として迎え入れたい。本日はそのお願いに伺わせて頂いたのだが、承諾頂けますかな?」
「え?……は?……あ、あの、ウォレン……ですか?」
「ええ」
父様も母様も鳩が豆鉄砲を食らったみたいに目も口も開いて、信じられない物を見る様に僕を見て来た。突然のイサーク様の爆弾発言にそんな顔になるのも理解は出来る。僕も未だに信じられないし……
だからこそ、そんな二人からの視線に居た堪れない僕は縮こまっていた体をさらに縮こまらせて視線を下げる。
「おま、お待ちください!コルトハーク伯爵様! ウォレンは、つい先日不妊を理由に離婚されたばかりでして。それに、項に噛み痕のある番持ちで御座います! とてもコルトハーク伯爵様に釣り合う様な——」
「全て、承知の上での求婚だ。私にはそのどれもが問題ではない」
「…………なぜ、このウォレンをお望みなのか、お伺いしても宜しいでしょうか?」
訝し気に聞く父様は、心底理解できないという顔をしていた。
父様にとっては、僕は妊娠も出来ない噛み痕の付いた壊れた中古品。そんな物を欲しがるなんて何か裏があると疑っているのかも知れない。
「私がまだ学生の頃、何度かファリオンの友人としてお邪魔させて頂いた事があったのは覚えておいでで? 実は、その時にウォレンに一目惚れをしてしまってね」
父様へ話す、と言うより僕に語り掛ける様に、イサーク様の大きな手が僕の膝の上で硬く握りしめた手に乗せられ、僕は顔を上げ隣のイサーク様を見上げた。
「だが、すでにその時にはウォレンに婚約者がいた。家の力を使おうかとも色々と悩んだが、政略結婚という事はそれぞれ事情もあるだろうと、その時は己の激情を押し留める事にしたんだ。今思えば、それは悪手だった。あの時の分別を弁えた振りをした自分に今でも怒りを覚える」
イサーク様は僕をジッと見たまま語られる。少し苦しそうに紡がれるその内容は、父様達を納得させる為の物だろう。
良くもまぁ、そんなそれっぽい話をスラスラと語れるものだ、と感心する。僕は嘘だと分かっているから、何とも思わないけれど、何も知らない人間が聞いたら信じるんじゃないだろうか? それ位、僕を見るイサーク様は迫真に迫っている。
だから、僕の意思とは関係なしに早まる胸の鼓動は早く収まれ。
「そして、ウォレンが一方的に離婚され、実家に帰されたと聞き、居ても立ってもいられず、こうして求婚のお願いに参った、と言う訳だ」
「そう、でしたか……しかし、学生の頃というと、十年近くは昔の事……そんな長い間、これの事を?」
「あなたもαなら分かるだろ? 一度心に決めた『Ω』に対する『α』の執着を……」
「なるほど……なるほど、なるほど! コルトハーク伯爵様のお気持ちは痛い程分かりました。いやぁ、まさか我が息子がこれ程までに想われていたとは露知らず。いやいやいやいや、実に目出度い。私も、自慢の息子がこのままでは不憫でならないと心を痛めておったのですよ。なぁ、おまえ」
「本当に。コルトハーク伯爵様の元へ嫁がせて頂けるのならウォレンも安心ですわ」
先程までの疑いの眼差しも、僕へと向けていた蔑んだ視線も全て藻屑の様に消し去り、一転してニタニタとそれは嬉しそうに父様と母様がイサーク様に媚び始める。
何が自慢の息子だ。さっきまで庭の木に付いた芋虫を見る様な目で僕を見ていたくせに。
まさかの不良品が高値で売れる事が分かり、綺麗に掌を返した父様と母様にうんざりする。
「では、私とウォレンの結婚を承諾して頂ける、と言う事で宜しいかな?」
「勿論ですわ! 息子の事を思えば、何も反対する事なんてありませんもの」
「コルトハーク伯爵様には、なんとお礼を言って良い物やら。こんな良縁に恵まれてウォレンは幸せですな」
これで、僕の二度目の結婚は決まった。父様も母様も、一度も僕に意見も希望も聞かないで。
前回の結婚も、離婚も、僕の意見も意思も無かった。今回同様、聞かれもしなかった。
やっぱり、僕は両親にとって、ただの道具なんだな、という事を再確認しただけだった。
両手を胸元で握りしめ、少女の様に笑う母様の姿が前までは好きだった。目頭を押さえ、涙を堪える父様の姿を前までは本心だと思っていた。
だけど、今はその姿を見るのも嫌だ。全部自己中心的な虚妄だと分かってしまったから。
イサーク様のおかげで溶けたタールの残りが、棘になって胸を突き刺す様に痛い。
嬉しいはずなのに、父様と母様を見ていると心の底から喜べない自分が申し訳なくて、イサーク様から目線を下げると、僕の手の上に乗っていたイサーク様の手にグッと力が入り「大丈夫」と、僕の手を握り込んだ。
「本当なら、今すぐ婚姻届を出してウォレンを私の屋敷に連れて帰りたい。だが、今は一度戻らなければならない。なにせ、君に求婚する為だけに領地から飛び出して来てしまったものだからね。だから、ほんの少しだけ待っていてくれるかい? すぐに準備を整えてウォレンを迎えに来る。宜しいな、クリストフ氏?」
「それは、勿論。Ωは離婚後三ヶ月間は新たに婚姻を結ぶ事が出来ませんから、それが明けた頃に」
「いや、一週間以内に迎えに来る。婚姻は出来ずとも共に暮らす事は出来る。なんの問題も無いはずだ。だから、少しだけ辛抱していて」
最後の言葉は僕だけに聞こえる位の小声でささやかれ、もう一度目線を上げれば反らす事無く真っすぐに僕を見るイサーク様と目が合い、僕は「はい」と頷いた。
その後、やって来た母様も父様の時と同じように僕の姿を見て眉を顰めたけど、縮こまる様に座る僕の隣にイサーク様がピットリとくっついて座っているのを見て何かを察したのか僕をなじる様な事は言わず、張り付けたかの様な笑顔で挨拶をして父様の横に座った。
「それで、どういったお話でしょうか?」
「単刀直入に言うと、こちらのウォレンを私の夫として迎え入れたい。本日はそのお願いに伺わせて頂いたのだが、承諾頂けますかな?」
「え?……は?……あ、あの、ウォレン……ですか?」
「ええ」
父様も母様も鳩が豆鉄砲を食らったみたいに目も口も開いて、信じられない物を見る様に僕を見て来た。突然のイサーク様の爆弾発言にそんな顔になるのも理解は出来る。僕も未だに信じられないし……
だからこそ、そんな二人からの視線に居た堪れない僕は縮こまっていた体をさらに縮こまらせて視線を下げる。
「おま、お待ちください!コルトハーク伯爵様! ウォレンは、つい先日不妊を理由に離婚されたばかりでして。それに、項に噛み痕のある番持ちで御座います! とてもコルトハーク伯爵様に釣り合う様な——」
「全て、承知の上での求婚だ。私にはそのどれもが問題ではない」
「…………なぜ、このウォレンをお望みなのか、お伺いしても宜しいでしょうか?」
訝し気に聞く父様は、心底理解できないという顔をしていた。
父様にとっては、僕は妊娠も出来ない噛み痕の付いた壊れた中古品。そんな物を欲しがるなんて何か裏があると疑っているのかも知れない。
「私がまだ学生の頃、何度かファリオンの友人としてお邪魔させて頂いた事があったのは覚えておいでで? 実は、その時にウォレンに一目惚れをしてしまってね」
父様へ話す、と言うより僕に語り掛ける様に、イサーク様の大きな手が僕の膝の上で硬く握りしめた手に乗せられ、僕は顔を上げ隣のイサーク様を見上げた。
「だが、すでにその時にはウォレンに婚約者がいた。家の力を使おうかとも色々と悩んだが、政略結婚という事はそれぞれ事情もあるだろうと、その時は己の激情を押し留める事にしたんだ。今思えば、それは悪手だった。あの時の分別を弁えた振りをした自分に今でも怒りを覚える」
イサーク様は僕をジッと見たまま語られる。少し苦しそうに紡がれるその内容は、父様達を納得させる為の物だろう。
良くもまぁ、そんなそれっぽい話をスラスラと語れるものだ、と感心する。僕は嘘だと分かっているから、何とも思わないけれど、何も知らない人間が聞いたら信じるんじゃないだろうか? それ位、僕を見るイサーク様は迫真に迫っている。
だから、僕の意思とは関係なしに早まる胸の鼓動は早く収まれ。
「そして、ウォレンが一方的に離婚され、実家に帰されたと聞き、居ても立ってもいられず、こうして求婚のお願いに参った、と言う訳だ」
「そう、でしたか……しかし、学生の頃というと、十年近くは昔の事……そんな長い間、これの事を?」
「あなたもαなら分かるだろ? 一度心に決めた『Ω』に対する『α』の執着を……」
「なるほど……なるほど、なるほど! コルトハーク伯爵様のお気持ちは痛い程分かりました。いやぁ、まさか我が息子がこれ程までに想われていたとは露知らず。いやいやいやいや、実に目出度い。私も、自慢の息子がこのままでは不憫でならないと心を痛めておったのですよ。なぁ、おまえ」
「本当に。コルトハーク伯爵様の元へ嫁がせて頂けるのならウォレンも安心ですわ」
先程までの疑いの眼差しも、僕へと向けていた蔑んだ視線も全て藻屑の様に消し去り、一転してニタニタとそれは嬉しそうに父様と母様がイサーク様に媚び始める。
何が自慢の息子だ。さっきまで庭の木に付いた芋虫を見る様な目で僕を見ていたくせに。
まさかの不良品が高値で売れる事が分かり、綺麗に掌を返した父様と母様にうんざりする。
「では、私とウォレンの結婚を承諾して頂ける、と言う事で宜しいかな?」
「勿論ですわ! 息子の事を思えば、何も反対する事なんてありませんもの」
「コルトハーク伯爵様には、なんとお礼を言って良い物やら。こんな良縁に恵まれてウォレンは幸せですな」
これで、僕の二度目の結婚は決まった。父様も母様も、一度も僕に意見も希望も聞かないで。
前回の結婚も、離婚も、僕の意見も意思も無かった。今回同様、聞かれもしなかった。
やっぱり、僕は両親にとって、ただの道具なんだな、という事を再確認しただけだった。
両手を胸元で握りしめ、少女の様に笑う母様の姿が前までは好きだった。目頭を押さえ、涙を堪える父様の姿を前までは本心だと思っていた。
だけど、今はその姿を見るのも嫌だ。全部自己中心的な虚妄だと分かってしまったから。
イサーク様のおかげで溶けたタールの残りが、棘になって胸を突き刺す様に痛い。
嬉しいはずなのに、父様と母様を見ていると心の底から喜べない自分が申し訳なくて、イサーク様から目線を下げると、僕の手の上に乗っていたイサーク様の手にグッと力が入り「大丈夫」と、僕の手を握り込んだ。
「本当なら、今すぐ婚姻届を出してウォレンを私の屋敷に連れて帰りたい。だが、今は一度戻らなければならない。なにせ、君に求婚する為だけに領地から飛び出して来てしまったものだからね。だから、ほんの少しだけ待っていてくれるかい? すぐに準備を整えてウォレンを迎えに来る。宜しいな、クリストフ氏?」
「それは、勿論。Ωは離婚後三ヶ月間は新たに婚姻を結ぶ事が出来ませんから、それが明けた頃に」
「いや、一週間以内に迎えに来る。婚姻は出来ずとも共に暮らす事は出来る。なんの問題も無いはずだ。だから、少しだけ辛抱していて」
最後の言葉は僕だけに聞こえる位の小声でささやかれ、もう一度目線を上げれば反らす事無く真っすぐに僕を見るイサーク様と目が合い、僕は「はい」と頷いた。
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