【完結】瑕疵あり出戻りΩな僕に求婚なんて……本気ですか?

兎卜 羊

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5 本気ですか?

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 今の言葉って、なに? まるでプロポーズみたいな……いや、結婚の打診に来られているのだからプロポーズでもおかしな事は無いのだけれど……

「オクトーの事は、あっ愛しているとかは、無いです! お互いに政略結婚だったので、そこは長男と次男の義務というか……それと、番の解除は一応しないらしいですよ? それが『恩情』だとか言って……碌な奴じゃないでしょ? そんな奴に関わったら駄目ですよ。イサーク様にご迷惑しかお掛けしませんから」

 戸惑いや気恥ずかしさを隠す様に、少し不愛想に顔も上げずに答える。
 いくら貴族であるイサーク様でも番の縛りを何とかする、なんて無理だ。他人にどうこう出来ないからこその番なんだ。
 それに、姑息なオクトーの事だ。どんな迷惑を掛けてしまうか分かったものじゃない。
 
「『恩情』? 随分思い上がった事を……確かに碌でも無い相手のようだ。だったら尚更、私はウォレンを守る為に側にいたい。それは決して迷惑なんかじゃ無い。ウォレンはそんな奴に都合よく扱われていて良いのかい? 好き勝手されたままで良いの?」

 今の最後の言葉は聞き捨てならない! そんなもの、嫌に決まっているじゃないか! 誰が好き好んでこんな理不尽な扱いをされたいもんか!
 イサーク様に言われた言葉が胸の中に詰まったタールを掻き回す様にグルグルと渦巻いて、その勢いに押される様に僕の口からずっと心に詰まっていた言葉が飛び出して来る。

「嫌です!!……僕という存在全てを軽く扱われて、馬鹿にされて……嫌で悔しくて、辛くて堪らない。憎い相手に命を握られ、いつ狂い死ぬのかと恐怖に耐える毎日がどれだけ苦しいか! だけど、どうしたら良いのか分からないんです。戦いたいのに、戦えない。逃げたいのに、逃げ方も分からない!」
「だったら尚の事、私を利用したら良い。私なら、その望み全てを叶えてあげる事が出来るよ」
「なんで、そんな……僕なんかに関わって、イサーク様に何の得があるんですか?」

 嫌な言い方をしてしまったと思う。
 イサーク様が嘘を言っているとは思っていない。兄様からも、信頼のおける人物だと聞いていたし、疑っている訳でも無い。でも、だからこそ、僕にばかり好条件で、イサーク様には一切の利点が見出せないこの結婚になんの意味があるのか疑問でしょうがない。
 これで、気分を害されて結婚の話が流れてしまっても仕方が無い、と下を向き続けていた視線を上げ、イサーク様を見上げた。

「ウォレンが、私と結婚してくれる事こそが、私の得さ」

 少し位は不快な表情を浮かべるかと思っていたのに反して、蕩ける様な甘い笑顔でそう言い切ったイサーク様に僕は言葉を失ってしまった。
 僕なんかと結婚して得なんて、本気で言っているのだろうか?

「イサーク、ウォレンの手を離せ。それに近い」
「あ! すまない!!」

 唖然としたまま動けない僕の横から伸びて来た兄様の手がイサーク様の手をペシリ、と叩き、慌ててイサーク様が手を離した。
 僕も兄様に言われるまで、話に熱中し過ぎていてイサーク様に手を握られていた事を忘れていた。しかも顔が近い。今更恥ずかしくなって来て、顔は熱いしドキドキする。

「離れろ、座れ」

 シッシッと犬を追い払う様に手を振る兄様にイサーク様は苦笑いを浮かべ、大人しく向かいの席に戻り座り直す。
 平民の兄様が貴族のイサーク様にする行為としては不敬すぎるけど、イサーク様が怒らない所を見ると、本当に二人は仲が良いらしい。
 友人らしい友人もいない僕には、そんな二人が少し羨ましい。

「結婚するにあたり、イサーク様は僕に何を望んでおられるのですか?」
「そうだね。私は君と幸せな家庭を築きたいと思っている。その為なら努力は惜しまない。だから、君に望む事は、君自身が幸せになる事だよ」
「幸せ……」
「ウォレン。先程の言葉は本気だよ。私は、ウォレンと結婚する事こそが望みなんだ。君以外はいらない」

 テーブルを挟んだ向かい側から真っすぐ僕を見つめるイサーク様に、僕はすぐには答えられず、膝の上でまだイサーク様の温かさが残る手を握り締める。

 今までの会話の中でイサーク様に言われた言葉の数々を思い出し、自分の中で整理しようと努めるがあまり上手くいかない。ただ一つだけ分かるのは、理由はどうあれイサーク様は僕との結婚を本気で望んでいるらしい、という事。

 そうなると、今まで、心の何処かで無理だ、と諦めていた事が急に現実味を帯びて来た。
 もしかして、本当にイサーク様なら、僕をこの家から連れ出してくれる? この家からも、両親からも、オクトーからも、妹からも、僕は解放される?
 本当に、αの慰みものになるだけの結婚から逃げる事が出来るんだろうか?

 その事に、震えそうになる程の胸の鼓動を落ち着かせようと、出されたまま放置していたティーカップを手に取り、口元へ持って行く。
 冷えてしまったせいか、僕がいつに無く緊張しているからか、いつもの紅茶の香りとは別に微かにだが甘くて濃厚な香りがする。でも、決して嫌いな香りでは無い。嗅ぐと何故か胸の奥が熱くなる様な、そんな不思議な香りだった。
 紅茶に何かスパイスでも入れたのか? だが、味はいつもの紅茶のままで、内心首を捻りつつもカップを置いた。
 不思議な香りに後押しされる様に口が開く。

「イサーク様は、本当に僕で宜しいんですか?」
「ウォレンが良いんだ。本来なら、きちんと手順を踏んで君に求婚したかった。だが、君がいつ、何処のどいつとも分からない相手の所に嫁がされるかも知れないと焦った結果、こんな形になってしまって申し訳ないと思っている。…………だが、今は私を利用してくれないか? このままこの家にいては、君は都合の良い道具にされるだけだ。私と結婚すればこの家から連れ出せる。私の身分があれば、君の元夫も家族も手出しが出来ない。番の縛りだって断ち切って見せる。どうか、私の手を取っては貰えないだろうか?」

 そう言うと、イサーク様は僕に手を差し出した。
 テーブル越しに伸ばされた大きくて厚みのある手は、僕に選択を求めて来ている。初めて僕の意思を聞いてくれた存在に、僕は一呼吸の後、その手を取った。

「僕は、もうこの家にはいたくありません。誰とも分からない人の所へ嫁がされるのも嫌です。イサーク様は本当に僕をこの家から、両親も元夫も妹からも僕を逃がして下さりますか?」
「勿論だ! イサーク・コルトハークの名に誓って、ウォレンをこの家から連れ出し、君を害そうとする者全てから守るよ」

 取った手を強く握り返し、身を乗り出して答えるイサーク様に一切の澱みは見えない。変わらず真っすぐ僕を見つめる目に引っ張られる様に、僕の口からは承諾の言葉が零れ落ちた。

「分かりました。イサーク様との婚姻のお申し出、謹んでお受けさせて頂きます。この御恩は必ずお返しいたします」
「あぁっ、ありがとう! 必ず幸せにする!! ウォレンがこの選択を後悔しないように、私の全てを君に掛けよう!」

 パァッ、と弾けるように破顔したイサーク様の笑顔に、なんとも据わりが悪くて落ち着かない。僕なんかとの結婚にこんなに喜ばれるなんて、不思議でしょうがないからだ。けれど、それ以上に嬉しいとも感じていた。
 不良品として必要無いとされていた僕が求められた事。そして、自らの意思で自分の未来を選択する事が出来た事。それがとても嬉しくて、知らず僕の口角は上がる。

「良かったな。後は父様の了承さえ取れれば……だが。ウォレン、イサークは信用できる男だ。俺が保証する」
「何がなんでも了承は取るさ。ウォレン、不安は多いと思う。だけど、私が必ず何とかするから、どうか私を信じてくれ」
「はい。僕は、イサーク様を信じます」

 未だ握られたままの手が熱くて、気が付くとあんなに重く固まった様な胸が熱く、タールが溶けて流れ落ちたみたいに軽くなっていた。
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