【完結】瑕疵あり出戻りΩな僕に求婚なんて……本気ですか?

兎卜 羊

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4 初めましてに近い再会

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 正午過ぎ、言っていた通りに兄様はイサーク様を連れて帰宅して来た。
 家の使用人達は友人が来る、とは聞いていたがまさか貴族だとは思わなかったらしく、家の中がどことなく慌ただしい。
 使用人達が慌てて準備をする中、兄に連れられ応接室へと向かう。途中、慌てふためく使用人が気の毒になり、兄様にお客様は貴族だと伝えておくべきだったんじゃないか? と、それとなく聞いてみたが、兄様はどこ吹く風で。

「貴族が来る。なんて言って、もし父様の耳にでも入ってみろ。職場からすっ飛んで来られても嫌だろ」

 と、言われ、なるほどな……と納得してしまった。
 僕と違い、兄様は父様達の本質を良く理解していたんだ。





「本日は急なお願いにも関わらず、お時間を頂き感謝しております。学生の頃に何度かお伺いさせて頂いた時以来ですね。今日はお会い出来て……本当に良かった。」
「いえ……お久しぶりでございます。ウォレン・クリストフです。いつも兄がお世話になっております」
「お前達、硬いよ」

 僕とイサーク様の挨拶に兄様の呆れた声が溜息と一緒にかかった。
 硬いと言われても、僕はあまり男性にもαにも免疫が無いんだ。多少ドギマギしてしまうのは大目に見て欲しい。
 それに、数年ぶりにお会いしたイサーク様は、以前にお見かけしていた時よりも背は伸び、体つきも逞しい男性に成長されていて僕は圧倒されていた。これほど大きな人は街の門番や王都から来る兵士位でしか見た事が無い。
それに、平民には無い洗練された大人の雰囲気を漂わせていて、そんな人とテーブルを挟んだ向かいに座らされ、凛々しく整った顔貌に真っすぐ見つめられては、緊張するなという方が無理だ。

「ウォレン、そんなに緊張しなくても大丈夫だ。いくらコイツでも、急に取って食ったりはしないさ」
「ファリオン、変な言いがかりは止めてくれ」

 兄様の横槍にイサーク様が不満気にジトリと兄様を睨む。睨まれた兄様は別段悪びれた様子も無く、肩をすくませただけで悪戯っぽい笑みを浮かべ、控えていた使用人達に退室を促した。
 しかし、使用人達は僕とイサーク様をチラチラと見て、なかなか退室しようとしない。
 きっと、αのイサーク様とΩの僕が近くに、それも個室で一緒にいる事を気にしているんだろう。
 
「お前達の思う様にイサークはαだが、ウォレンは番持ち状態だ。間違いは起きない。それに俺も一緒に同席しているというのに、何の問題がある。大事な話があるんだ。出て行ってくれ」

 その事に気が付いた兄様が、そう使用人達に言った所で、やっと使用人達が礼を取って退室して行った。

 確かに、番がいる僕には、もう他のαのフェロモンを感じる事は出来ないし、僕のフェロモンを誰かが感じる事も無い。お互いに何も感じる事が出来ないのだから、万が一のヒート事故も起こりようが無い。
 事実だし、その事はもうしょうがないと割り切っているつもりだったけれど、縁談の話をしに来られたイサーク様の前で触れられると、少しバツが悪い。

「ファリオンから話は聞いているかな?」

 僕は、いつの間にか自分のつま先だけを見つめ俯いていた顔を上げ、微かに微笑んでいるイサーク様へ視線を向けた。

「はい、お伺いしております」
「そうか、私は真剣に君との結婚を望んでいる。急な話で戸惑っているとは思うが、どうか、前向きに私との結婚を考えては貰えないだろうか」
「あの……イサーク様は、僕の事を兄様から聞いているとは思うのですが——」

 兄様は僕の現状を伝えたとは言っていたが、それでも尚、イサーク様の様な方が僕なんかに縁談を持ちかけるなんて信じられない。
 もしかしたら、ちゃんと伝わっていないのかも知れない。そう思い、意を決して僕からも伝えようとしたのだが、続く言葉をイサーク様に遮られてしまった。

「聞いているよ、全て。君の離婚理由も番われたままなのも。その事に関して、私は相手方にも君の御両親にも強い憤りを感じている。君をそんな目に合わせた連中を、私は許せそうにない……」
「なぜ……そんな僕なんかを……」
「なぜ?」
「僕は、不妊の番持ちです。しかも、離婚された上に平民です。そんな僕がコルトハーク伯爵家当主のイサーク様と結婚なんて……分不相応過ぎます。それに、僕なんかと結婚したらイサーク様が周りから何て言われるか」

 言葉にすると、改めて自分には瑕疵しかない事を認識してしまい、気持ちが沈んで来る。
 
「僕なんか、何て言うもんじゃない。それに身分は関係ない。私が望んだ相手と結婚して何を言われると言うのか。言う奴は誰と結婚したって言うさ。ただ、君を悪く言う者がいるならば、私はその者を許しはしないだろうね」
「でも……僕は不妊です。跡継ぎを産まなきゃ駄目なのに、そのお役目を果たせません」
「医者からも不妊だって言われた?」
「いえ……お医者様には何度か診て頂いて、問題は無いと……。でも、約一年間妊娠出来ず、それが理由で離婚された身ですので——」
「それだったら、分からないんじゃないかな? 不妊だって医者が言ってないなら出来るかも知れないだろ? それに、別に私は子供にこだわりは無いよ。親戚筋に優秀な子も何人かいるし、跡継ぎに困っていないんだ」
「番われた……ままです。イサーク様の匂いも、分かりません。僕のフェロモンも、イサーク様には届きません。もし、番を解除された場合は……僕は、気が狂って……死にます」
「それだけはさせない!!」

 突然声を荒げ立ち上がったイサーク様の剣幕に、俯きがちだった僕の姿勢がビクッと伸びる。
 今まで穏やかに、しかし冷静にしっかりと返答していたイサーク様の急激な変化に、心臓が飛び出るかと思った。
 八つ当たりに近い、荒んだ気持ちのまま否定的な事ばかり言っていた自覚はある。その事で遂に怒りを買ったか、と身構える僕の横にイサーク様は大股で近寄ると、おもむろに跪き僕の手を両手で包むように取った。

「番の事は、絶対に私が何とかする。強制解除だってさせはしない。必ず、番の縛りから解放させる。だから私を信じて任せて欲しい。必ず君を守って見せるから。だが、もし……もし、番を愛していて、どんな形でも繋がっていたいと願うなら、そのままでも私は構わない。私は君のフェロモンが欲しいんじゃない、ウォレンが欲しいんだ」

 思いも寄らないイサーク様の勢いに面食らってしまい咄嗟に言葉が出ない。ハクハクと口が動くだけで、見開いた目でイサーク様と見つめ合う事数十秒。
徐々に熱の籠ったイサーク様の眼差しと声、それに僕の両手を包む大きな手の熱に、僕の頬がカーッと熱くなる。
 『Ω』として家の中で静淑に暮らして来た僕にとって家族の他には、オクトー以外の男性αにこんなに近くに迫られるのは勿論、手を握られるのだって初めての事だ。羞恥と戸惑いに耐えられず咄嗟に顔ごと下を向いて目線を反らした。

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