麗しい夫を持った妻の苦悩。押しかけ妻の自覚はありますが浮気は許しません。

沙橙しお

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20.お色気未亡人と対決

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 あの騒ぎから一か月後のある日、メイナードが不在時にエルシィに客が訪れた。
 目の前にはいつ見ても安定の色気を纏うロレインがいた。

「オールストン公爵夫人。急な訪問を許して下さりありがとうございます。エルシィ様とお呼びしても?」

「ええ、どうぞ。それで本日はどのようなご用件でしょう?」

 なんとなく火花が飛んでいるような……。

「私、心配で」

 ロレインは憂いを滲ませた表情で労わるようにエルシィを見た。

「心配?」

「ええ、私とメイナードとの噂をエルシィ様が耳にして気落ちをされているのではと」

 ロレインが自分の優位さを確信していることを匂わす言葉にエルシィの顔は青ざめた。全身の血の気がスッと引いていく。

(噂とはあなたがメイナードの愛人という話? それとも昔あなたがメイナードの求婚を断ったという話?)

 エルシィはまだどちらの話もメイナードに確かめていなかった。彼が自分を大切にしてくれているなら過去の話はもういいと思ったからだが、いざ当事者の女性に言われると胸が苦しい。エルシィは愚かにも現在と未来のメイナードだけじゃなく彼の過去ですら自分のものにしたい。不可能なのは分かっている。だからこそ今ロレインに弱い所を見せるわけにはいかない。エルシィは顔を上げロレインを真っ直ぐに見た。

「いいえ。噂と言ってももう過去のことですもの。今、夫は私と結婚して私をとても愛してくれています。それで十分ではないでしょうか?」

 精一杯の強がりだ。余裕を見せるために微笑んだ。するとロレインは顔を歪めて唇を噛んだ。いつもの余裕や強気の表情はどこにもない。ゆっくり目を閉じて再び開くとその瞳には諦観が浮かんでいた。

「完敗です。ああ、私の負けです。エルシィ様。メイナードが私を好きだった事実はありません。ですが私はずっとメイナードが好きだった。学生の頃からです。でも彼は女性にいい寄られ過ぎて女性を嫌悪しているようでした。近づきたくても近づけない。そんな時、夫ジェイクが私に求婚したのです。もちろんジェイクに特別な感情はないので断りました。ですが彼はなかなか諦めない。そのとき私の心に悪魔が囁きました。ジェイクと親しくすればメイナードに近づけるのではと。ジェイクとメイナードは親友同士、ジェイクの側にいればメイナードとも親しくなれる」

「え……」

 噂と違う話に驚きロレインをじっと見つめる。

「メイナードと話す機会を得て増々好きになった。ある日メイナードに呼び出されて私は密かに期待しました。でも彼はこう言ったのです。『ジェイクの気持ちを弄ぶな』と。親友思いの彼らしい言葉です。そして私の邪な気持ちに気付いていたのでしょう。私は落胆しながら『結婚の話はとっくに断っている。気を持たせたつもりはない』と言いました。断ってもジェイクが友人でいいと言っているのだから私は悪くないと思っていました。ただ運悪くこれを誰かが一部分だけ聞いて私がメイナードからの求婚を断ったと広めてしまったのです。これが私たちの噂の真相です」

「では噂は嘘……」

「メイナードは敢えてその噂を否定しなかった。私はどうすればいいのか分からなかった。まだ若かったのです。それからもジェイクは私に繰り返し求婚しました。『まだメイナードのことが諦められないか? 彼を好きなままでもいい。必ず私を好きにさせてみせる』彼にそこまで言われてはもう断れませんでした。メイナードに報告したら、彼は一片の曇りのない笑顔で『おめでとう。ジェイクとなら幸せになれるだろう』と言ったわ。私の気持ちを知っているくせに残酷な人……」

 ロレインは悲しそうに目を伏せた。

「私はメイナードを諦めることにしました。女は愛する男と結婚するよりも愛してくれる男と結婚する方が幸せになれるっていうでしょう?」

「…………」

「結婚後、ジェイクは私につくし心から愛を捧げてくれました。いつの間にか絆されてしまった。可愛い息子を授かり幸せだと思えた頃、彼は逝ってしまった。そして気付いたのです。ジェイクを愛していたと」

「それは…………」

「義父母は息子も可愛がってくれますし私のことも大切にしてくれています。ですがメイナードがジェイクを死なせてしまった責任を感じ寄り添ってくれるようになると欲が出てしまった。今度こそメイナードと一緒になりたいと。ビンガム侯爵を追い詰める手伝いを夫の仇を討つためだと説得して積極的に協力しました。愛人のふりをしたのはビンガム侯爵に疑われない為です。この件が、すべてが終わった後、彼の罪悪感に付け込んで結婚を強請るつもりだった。でもその前にあなたが現れて――――」

「私と結婚してしまった」

 ロレインは儚い笑みを浮かべ頷いた。

「私はまた彼を得られなかった。だから今度こそ諦めることにしました。最後にあなたを傷つけて留飲を下げようと思って来たけれど、あなたは強かった。私が敵う相手ではなかったようです。それに私はきっとメイナードを愛していた訳じゃない。たぶん……寂しかっただけ」

 ロレインは愛していた訳じゃないと言ったが、彼女がメイナードを見る目は……。

「これからどうするのですか?」

「息子とバークリー伯爵領で暮らします。少し田舎ですが空気が良くて素敵なところです。ジェイクが最高の領地だとよく自慢していました。息子のためにもジェイクとの思い出が多くある領地で過ごしたい。ジェイクはいないけれど私には愛する息子がいる。十分幸せなのに少しだけ愚かな夢を見てしまった。今頃天国でジェイクが焼きもちを焼いているかもしれない。でも彼が悪いのよ。私たちをおいて逝ってしまうから…………。エルシィ様。いつか、オールストン公爵様と遊びに来て下さい。」

「ええ、いつか……」

 ロレインが最後にメイナードのことをオールストン公爵と呼んだのはエルシィに対してのけじめのように感じた。
 エルシィは玄関で馬車が見えなくなるまで見送った。最後に見たロレインの顔には迷いも後悔もなかった。ただ真っ直ぐに未来を見ていた。そう、女は強い生き物だ。きっと大丈夫。王都を発つ前にエルシィに会いに来たのはメイナードへの未練を終わらせるためだったのかもしれない。
 今はただ純粋にロレインの幸せを祈った。




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