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15.変装は意味がありませんでした

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「エルシィに事情を一切話さなかったから自業自得か。結婚した時に話すべきだったのだろうな。ただ義父上に止められたこともあったし私もそうしたほうがいいと判断してしまった。エルシィなら自分から首を突っ込みそうだから黙っておいたほうがいいと」

 父、余計なことを!
 
「それは……」

  首は突っ込みたいので否定はできない。

「そもそもエルシィが辺境から王都に出てきたのはエアロン様の役に立つためだろう? 私のしていることはそのことに関係している」

「な、なんでそれを。あっ、どうして変装していたのに私だと分かったのですか?」

「変装しても妻ぐらい分かる。といっても最初から知っていたので信憑性がないか。『ミッシェル』のオーナーは私だからな。義父上に頼まれてエルシィを雇った」

「はっ?!」

 そうしてメイナードから聞かされた話に父を恨みたくなった。王都に諜報活動しに行こうとするエルシィを心配してそれらしい仕事を紹介してくれと頼まれてピアノ弾きとして雇ったそうだ。

(お父様――!!)

「『ミッシェル』はもともと私の息抜きの場所として作った。結果的に情報を集めるのにも役に立っていた。私たちはどうしてもビンガム侯爵を失脚させたい。今はその証拠を集めている。私が女性たちと懇意にしているのは情報収集のためだ。昔から女たらしと言われているから誰も不自然に思わない。結婚後も続けているのは悪いと思っている。せめて夜会だけで外で会うのは止めたがエルシィが嫌がっているのも分かっていた。だがまだ侯爵を断罪できるだけの証拠が集まっていない以上仕方がなかった。すまない。エルシィ。」

 謙虚にそう言われてしまうと怒れない。

「オールストン公爵家はどこの派閥にも属していないと思っていました」

 エアロン様のお手伝いをしているということは、現在は王家についているということだ。

「先の王ライアンが即位するまでは確かに中立派だった」

 メイナードは憎々し気に吐き捨てる。仮にも王だった人を呼び捨てにするのはそれだけ嫌悪しているのだろう。

「何がきっかけで?」

「ライアンは即位するなり金を湯水のように使い国庫を空にした。税を上げざるを得なくなりそれを憂いた宰相閣下とエアロン様、そして義父上……アスカム辺境伯が話しあったときだ。私の両親が呼ばれ協力を求められた。両親は了承したが公にすれば勢力のバランスが急激に変わるから伏せることにした。そのほうがビンガム侯爵も油断するしな」

 先々代の王は女にはだらしなかったが政務はしっかりとしていた。当時王太子だったライアンは国政に対する発言や予算に口を出すことが許されていなかった。息子が金銭に奔放で国庫に影響を及ぼすと分かっていたのだろう。それを危惧し密かにライアンを排除しエアロン様を王太子にしようとしていた。息子贔屓はしていなかった。それを王太子妃の父であるビンガム侯爵に気付かれ先手を打たれた。先々代の王は殺された。本当は病死ではなかった。ライアンがその手で毒を盛って弑したらしい。だがその証拠を見つけられず罪を問えなかった。証拠不十分のままライアンを王の座から下ろせない。だから表向きは落馬ということにして毒で暗殺した。

「宰相はエアロン様を簒奪者にさせたくなかった。だから穏便な方法を取った」

「穏便……」

 そういっていいのか微妙だが、民衆を巻き込まない最善の方法だったとは思う。ビンガム侯爵の関与の証拠もなかったらしい。ただ宰相閣下はビンガム侯爵が王妃の父である権限を利用して国庫に手をつけた証拠だけは集められたのでその罪を問うことは出来た。連座で連なる貴族も罪に問えた。ただ横領した金の返金と罰金に留まってしまったことが悔やまれる。現在の法律は貴族に甘く作られている。いずれ改める必要がある。
 元王妃であるルアンナが王宮に残ると厄介なので無理やり侯爵家に戻した。ただその前に妊娠していないことは検査したそうだ。それなのに最近になって子を産んだという。そしてその子は前王の子だと言い張っている。本当は誰の子なのか。

 ビンガム侯爵は国政に返り咲くために手段を選ばないつもりのようだ。そのために金を集めている。それも違法な手段で。隣国から禁止薬物を手に入れて国内に高値で売りさばいているらしい。その話は三年前からあって調査をしていたがまだ流通ルートが明らかになっていないそうだ。

「最近のビンガム侯爵は警戒して薬を流していない。だから証拠を押さえられていないんだ。イレーナはそれを探すためにビンガム侯爵領に伝手を使って自ら潜入すると言い張っている。あの領地では行方不明になっている使用人が多くいる。危険だから手を引くように説得していた所をエルシィが踏み込んできた」

 そういえばお願いとか言っていたのはそのことなのか。

「でもどうしてイレーナ様はそこまでしようとするの?」

「姉の復讐……だな。イレーナの姉ハリエットはルアンナと王太子妃の立場を争っていた。本人は望んでいなかったようだが年齢や家格を考えると一番釣り合っていた」

 イレーナの実家はアクトン公爵家で確かにルアンナより爵位が高い。年齢もライアンの三歳年下でちょうどいい。ルアンナはライアンより十歳年下だ。

「王太子妃が決定する直前にハリエットは失踪した」

「失踪?」

「外出した後行方が分からなくなった。一か月後に先々代の王の後宮にいることが分かった。ビンガム侯爵の仕業だ。誘拐し王の愛妾とされてしまっては王太子妃にはなれない。そうやってハリエットを追い落とした」

「ひどい……そのあとハリエット様は?」

 メイナードの話だとアクトン公爵が娘を返すように訴えたが叶わなかった。面会すら許可が下りなかったのでどうしているのかは彼女からの手紙でしか分からない。「ここにいるのは自分の意志なので大丈夫です」と書かれていたがとういてい真実だとは思えない。脅されていたのかもしれない。当時、先々代王は密かにハリエットに執心していた。最後まで彼女を手放さなかった。そして後宮を完全に支配していたので宰相閣下ですら関与できず助けられなかった

 王は女性を思いのままにするためにビンガム侯爵から違法薬物を受け取って便宜を図っていた。それならずっと前から中央の国政は腐っていたことになる……。

 でもさすがに先々代の王が亡くなったらその時は後宮にいた女性たちは解放される。人それぞれだが修道院に行く人もいる。王の妾という名誉を名分に再婚する人もいる。彼女なら実家に戻ることもできたはず。

「それは叶わなかった。ハリエットは薬漬けにされていたようだ。きっと被害者は彼女だけではない。ビンガム侯爵はそれを明るみにさせないためにライアンが即位する直前に後宮に火を放ち証拠を葬った」

「そんな……」

 そのときにハリエットは亡くなった。イレーナは姉の仇を討つために証拠集めに協力している。もちろん夫であるエイデン侯爵も一緒に。

「その火事の証拠集めをしていた両親はライアンの指示で殺された。実行を指示したのはビンガム侯爵だろう。まだ証拠は見つかっていないがそうとしか考えられない」

「!! メイナード様のご両親。お義父様とお義母様を……」

 お二人は旅行に行く途中に夜盗に襲われ亡くなったと聞いていた。

「ああ」

 メイナードは奥歯を食いしばり耐えるように拳を握っている。エルシィはその手を両手で包み込んだ。彼の痛みや苦しみは計り知れない。自分には何も出来ない。でも寄り添いたい。私に出来ること……それは。

「私も協力します! まずはビンガム侯爵家にメイドに変装して潜入しましょうか?」

 メイナードは目を丸くした後、呆れたように天を仰いだ。なんで?




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