麗しい夫を持った妻の苦悩。押しかけ妻の自覚はありますが浮気は許しません。

沙橙しお

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 そこには肌を晒し絡み合う夫とイレーナの姿は…………………………ない!!

「えっ? えっ? どういうこと????」

 二人は服を乱すことなくソファーに対面で座っている。完璧なまでに適切な距離で。メイナードはエルシィを見ると目を丸くした後、溜息をついた。イレーナは目を細め笑みを浮かべた。それはエルシィを馬鹿にしたり嘲笑うものではなく優しい顔だった。

「エルシィ。まさか一人で屋敷を抜け出してここに来たのか?」

 メイナードの声が低い。これはもしかして怒られる? でもメイナードはイレーナと密会していた。だからこっちにこそ怒る権利がある。負けるもんか。ムッとして言い返す。

「そうよ。いけないですか?」

「ケント。仮にも護衛なんだから止めろよ」

 メイナードがエルシィの後ろに声をかける。えっ? と振り返ると年齢不詳の痩身の男が立っていた。エルシィは鳥肌が立った。彼の気配をまったく感じなかったのだ。

「エルシィ様がヤキモキしているようでお気の毒です。そろそろ事情を教えて差し上げるべきでは?」

 エルシィは混乱した。この男の人は誰で事情とは何なのだ。メイナードは顔を顰めたが仕方がないと肩を竦め頷いた。

「そう、だな……。エルシィ。今夜はこのまま帰ろう。詳しい話は屋敷でするから。イレーナ、また進展があったら連絡する。旦那は迎えに来るのか?」

「ええ。仕事が長引いてるみたいだけどもうすぐ来ると思う」

 えっ? エイデン侯爵様、来るの? 私早とちりした?

「そうか。会えなかったのは残念だがよろしく伝えてくれ。じゃあ――」

 メイナードが帰ろうとエルシィの腕を掴むとイレーナが声をかけた。

「待って、メイナード。エルシィ様。あなたを不安にさせてしまってごめんなさい。私とメイナードはそんな関係じゃないわ。私は夫を愛しているし本当なら一緒に来るはずだったのが仕事で遅れているの。メイナードには私の姉のことでいろいろ力を貸してもらっていたのよ」

 イレーナがエルシィを真っ直ぐに見る。その目に後ろめたさは感じない。

「よく分かりませんが、分かりました」

 そのままメイナードに手を引かれ公爵家の馬車に乗り込んで早々に帰宅することになった。馬車の中で彼は何も言わず気まずい沈黙が流れる。ちょっとご機嫌が悪そうだ。エルシィの頭の中は疑問だらけでメイナードに聞きたいことはいっぱいあるが薄っすら漂う威圧感に口をつぐむしかなかった。屋敷に着くとジャスミンが苦笑いをしながら出迎えてくれた。

「エルシィ様。おかえりなさいませ。外出は楽しかったですか?」

 脱走したことに気付いていたような口振りだった。私がこの家で何かをこっそりすることは出来ないようだ。そのままジャスミンは湯浴みの準備をしに行った。

「エルシィ。着替えてから話をしよう」

「はい」

 お互いに自室で入浴を済ますことにした。部屋ではすでにジャスミンが待っていた。手伝ってもらい服を脱ぐ。かつらも外して……。あっ?! 私変装していたのにメイナードはすぐに私のことに気付いていた。どうして?

「奥様。危険ですからこれからは勝手に抜け出さないで下さいね」

「……はい。ところでジャスミンはケントという男の人を知っている?」

 お説教が始まると困るので気になっていた男性のことを聞いて話を逸らす。気配がなさ過ぎて本当にびっくりした。

「彼はエルシィ様の護衛です。前に夜会を一人で帰宅されてから旦那様が心配してつけたのです」

「そうなんだ……」

 ジャスミンは当然だというがエルシィ本人が知らないのは釈然としない。これはまとめてメイナードに聞くしかない。湯浴みを終えると寝室へ促される。

 寝室のソファーではすでにメイナードが座ってエルシィを待っていた。なんだか疲れてそうだ。彼は湯浴みのあときちんと髪を乾かさなかったようで雫が肩に落ちている。肩にタオルをかけているのでガウンは濡れていなさそうだ。エルシィはメイナードの後ろに回り、タオルで髪をわしゃわしゃと拭いた。彼はされるがままで抵抗しない。なんか新婚さんぽくていい! 心で浮かれながら手を動かす。タオルドライが終わるとエルシィはメイナードの隣に座った。今日は温かいから風邪を引くことはないだろう。

「メイナード様」

 話を促すつもりで彼を呼んだ。これから一体何を聞かされるのか見当もつかない。それでも一つだけ心に決めていた。浮気じゃないなら隠し事については許す。惚れている方が折れるしかない。

「エルシィ。まず、はっきりさせておく。浮気はしていない。これは本当だ」

「はい。さっき見た光景は浮気ではありませんでした。ただお話をされていたようにしか見えませんでしたし信じます。でも他の女性の浮気疑惑は晴れていませんよ?」

 一応、イレーナは浮気ではない。でも意味深な会話が気になって仕方がない。あと女性とのダンスについてまだ決着がついていない。自分でも心の狭さとしつこさの自覚はある。メイナードが心外だとばかりに渋面を作る。

「私はそんなに信用できない男か?」

「そうですね」

「そうか……」

 この際だから遠慮なく言うとメイナードはガックリと肩を落とした。




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