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6.結婚の裏事情2

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 エルシィは剣術も馬術も習い今ではそれなりの腕前だ。じゃじゃ馬で男勝りといわれているが特技としてピアノも弾ける。実家にいるときは晩餐後に家族の前で弾くのがお決まりだった。演奏にはかなりの自信がある。だけど辺境伯の娘がそんなところで働いていたら醜聞になる。
 
 エルシィはチョコレート色の髪を真っ赤な髪のショートヘアのかつらをかぶって隠した。かつらの前髪は長めにしたので顔が隠れる。貴族女性は髪を長く伸ばすが平民の女性は短くしている人が多いことから「私貴族じゃありませんよ~」アピールだ。ついでに濃い化粧をして口元に黒子も描いて色気を足して実年齢よりも大人っぽく見えるようにした。

 完璧な変装に満足しながらアルバイト先の高級バーに行った。そこのオーナーと父が懇意にしているので事情も理解してくれているとのことだ。最後までオーナーと顔を合わすことはなかったがまかないをもらい、お店専属の護衛には酔っ払いから守ってもらった。とても感謝している。オーナーにはいつか会ってお礼が言いたい。この高級バーは富裕層の商人や貴族が酒やピアノを楽しむが、それ以外にも男女の密会に使われていた。個室もありピアノで程よく会話が掻き消される。一番好評な理由は店に入るには目元に仮面をつけなければ入店出来ない。半分とはいえ顔が隠れていると安心するものだ。従業員もみな仮面をつけていた。

 エルシィは楽しく働いた。普通に。諜報活動をしているのを忘れる程度に楽しんだ。なので成果は特になかった。ゴシップに詳しくなっただけだ。いや、これもいつか役に立つかもしれない……。エルシィがアルバイトに明け暮れている間にエアロン様と父が全て終わらせていた。即位式で「あ、無事に片付いたんだ~」と思った。父、ひとこと知らせて欲しいぞ。

 本当なら辺境に戻るはずだがアルバイトが楽しくて残っていた。
 そんなとき状況が一変するような出来事が発覚する。

 ルアンナ前王妃が実家のビンガム侯爵家で男の子を出産したと発表があった。それならば前王の血を引く子で王位継承権がある。ルアンナとビンガム侯爵は「この子こそが王だ。エアロンはその座を退け」と言い出した。生まれたばかりの乳児が王になれるわけがない。ビンガム侯爵は幼子の後ろ盾となり復権を目論んでいる。

 でも財産を減らされてしまったビンガム侯爵家だけでは難しい。取り入っていた貴族たちもみな罪に問われ財産を没収されているので力が弱まっている。そこでオールストン公爵メイナードに目をつけた。

 もともとオールストン公爵家は王家派でも貴族派でもなく中立派だった。もしビンガム侯爵の味方につけばエアロン様の立場を脅かす存在になるような大きな勢力となる。更に他の中立派の貴族をも取り込める可能性がある。そのためビンガム侯爵はもう一人いる娘、ルアンナの妹ジリアンとメイナードを結婚させようとした。婚姻による繋がりは強いものになる。エルシィはその計画をアルバイト先で耳にして、一大事と父に報告した。

 メイナードとジリアンを結婚させるわけにはいかない!!
 すると父が王都へやって来た。すでにエアロン様と相談したそうだ。父とエアロン様は一体どう対処するのかと気を揉んでいた。

「エルシィ、元気そうだな」

 第一声は父らしい呑気な声だった。父、アスカム辺境伯ブランドンは穏やかな気性だが、辺境を守る男だけあってがっしりとした体だ。肝も座っている。エルシィと対面でのほほんとお茶を飲む姿は遊びに来たとしか思えない。もちろん有事の際は容赦ない非道さも見せる。そのブランドンがわざわざ辺境から王都に出てきたのだからこのことをそれだけ大きな問題と捉えているはずだ。ブランドンがティーカップを置いたので次の言葉をじっと待った。

「エルシィ、オールストン公爵と結婚しなさい。そうすれば彼とビンガム侯爵家との縁談を阻止できる。ちょうどオールストン公爵家は負債を抱えているから持参金と支援金を奮発すれば頷くだろう」

「結婚?!」

「というわけでさっきオールストン公爵に会って婚約の手続きは済ませた。結婚式の日取りも決めておいたぞ。忙しくなるな」

「事後報告?!」

「まあ、とりあえず結婚して無理だと思ったら別れてしまえばいいだろう。ビンガム侯爵家は潰すがすぐにとはいかない。明るみに出ていない罪の証拠を揃える。奴を失脚させるまでは離婚できないが、我慢してくれ」

 軽く言っちゃうけど貴族の娘が離婚されたなんて醜聞になってしまう。それでいいのか? 父!!

「でもどう説明して結婚を申し込んだの? まさか正直にビンガム侯爵家との繋がりを持たせないためと言ったの?」

「いいや? 一応それなりの建前が必要だな。オールストン公爵領は国内で一番の小麦の生産量を誇り品種改良にも秀でているからその技術と引き換えに娘と金をやると言った」

 アスカム辺境領の小麦だって十分いいものだ。技術をもらわなくても平気なのにちょっと強引な理由付けでは?

「私、オールストン公爵様がお金に困っている話を聞いたことがないわ」

「醜聞になるから箝口令を敷いているようだが先物取引で失敗し、かなりの負債を抱えている。断れるはずがない」

「お金と引き換えの結婚……」

「他にいい案があるか? ごり押しするのに相応しい理由が? それともエルシィが公爵に惚れたから結婚してくれと頼んだ方がよかったか?」

「…………………………」

 長い沈黙の結果、代案は浮かばなかった。オールストン公爵様は反対しなかったの? 私との結婚を受け入れるの? 社交界の彼の浮名は有名だ。恋人がいっぱいいるのに大丈夫なの? きっとそれだけお金に困っているということなんだ!

 こうしてエルシィの結婚が決まった。結婚は自由に決めていいと言っていたのに、エルシィに気持ちすら聞かずに決まっていた。ずっと家にいていいなんて言っていたのにあっさり嫁に出すなんて。なんだか釈然としない。もちろん家長の決定は絶対だし、エアロン様のお役に立てるなら拒否はしない。でも父よ。私の幸せをちゃんと考慮してくれたのか?

 エルシィは結婚準備のためにアルバイトを辞め辺境に戻った。メイナードは忙しく挨拶に来なかったので、二人が初めて顔を合わせたのは結婚式当日のことだった。
 それは彼がこの結婚に抱いている気持ちを表わすもののように思えた。

(私と結婚するの嫌なんだろうなあ)

 エルシィの結婚生活は前途多難の予感がした。



 
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