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33.色々ありましたが

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 ブラッドは思案顔だ。たぶんソファーに座っているシンシアの存在を忘れて夢中になっている。従者がそろそろブラッドを休憩させて欲しいとシンシアに頼みに来た。
 彼は没頭すると休憩を取らなくなる。シンシアが見張っていないと食事すら疎かにするので目が離せない。懸案だった病院の設立資金は思わぬところから手に入ったので、建設に着手できることになった。あとは医師や看護師などの医療従事者をどうやって集めるか。ある程度は目星がついているが大病院になるので人手がいる。雇用が増えるがその人たちの住居の確保も必要だ。まあ、とにかくやることは山積みだ。

 肝心の資金はクラム王国からシンシアに、というか国に支払われた賠償金を当てることにした。ダイヤモンド鉱山の権利も手に入ったので当面の予算は確保できることになった。災い転じて福となす!

 事件が広まればシンシアの醜聞になる。実際のところ被害はないが、貴族たちは悪い方に受け止め噂を広める。わざわざ隙を与える必要もない。政敵はいないとはいえ、どこで足元を掬われるか分からない。密かに王太子の側室を狙う家門もあるし、なによりブラッドを未だに好きな令嬢が存在することを知っている。まあ、やすやすと渡すつもりはない。そのために研鑽を積みここまで来た。周囲に信頼できる人もたくさんいる。

 事件の調査の結果、今回ハリスンは侍女と騎士をそれぞれ潜入させていた。彼らは多額のお金を受け取り情報を流していた。すでに捕らえて厳しい罰を与えられている。ハリスンの処分についてはクラム王国に一任したそうだ。「ただしこちらが納得できるものを」という条件付きで。ブラッドは詳細の報告を受けているはずだが、シンシアに何も言わなかった。でもそれでいいと思う。どうせ結果は想像できるし、それに対して罪悪感を持ちたくなかったので敢えて訊かなかった。自分は被害者で同情するつもりはない。よく小説などで前世を思い出すと幸せになるらしいが、ハリスンには当てはまらなかった。シンシアにとっては、あってもなくても……特に困らない。

 ハリスンはしきりにマリオンを求めていた。前世で彼にそれほど愛されていた記憶はない。マリオンが彼を愛した事実も存在しないのに、愛し合っていたと言い続けていた。気持ち悪すぎる。マリオンの何が彼の琴線に触れたのか理解不能だ。もし、前世であれだけの想いを向けられていたら……嬉しいよりもやっぱり気持ち悪いと思っただろう。好きな人から向けられる執着は愛情の深さだと思えるけれど、そうでなければ恐ろしいだけだ。
 そろそろブラッドに声をかけて休憩にしようかと彼を見た。すると考え込んでいるブラッドが、指で机をトントンと五回叩く。シンシアは首を傾げた。この光景を昔よく見たような? そうだ。前世でコンラッドがよくやっていた。考えが煮詰まると無意識にしているようで、本人は気付いていなかった。教えてあげようかなと思ったけれど、マリオンは自分だけが知っている秘密だと彼には言わなかった。どうやらブラッドも無意識でしているようだ。

(偶然? こんなことってあるのかしら。まあ、よくある癖よね。でも……もしかしてブラッドがコンラッドの生まれ変わりだったりして?)

 ブラッドとコンラッドの外見は全く似ていないし性格も違う。でも共通点もあって優しく頼もしい人……。首を傾げ考えてみる。ブラッドがコンラッドだとしたら……嬉しいかもしれないけれど、よく分からない。逆にコンラッドじゃないからといって落胆することもない。今の自分は頭のてっぺんからつま先までシンシアで、マリオンじゃない。マリオンの気持ちとシンシアの気持ちを混ぜたくない。それにもしブラッドがコンラッドだとしても、今愛しているのはブラッドで、それがすべてだ。
 横で従者がシンシアに目配せをしている。休憩を急かされてしまった。はいはい。多忙な夫をほどほどに休ませるのは妻の仕事ですよね。

「ブラッド。そんなに考え込んでいないで休憩しましょう? その方がリフレッシュできていいアイデアが浮かぶかもしれないわ」

 ブラッドは顔を上げると、シンシアの姿に目を丸くしている。さっきからいたのにやはり気付いていなかった。抗議を込めて頬を膨らませた。

「もう! 私がいること、気付いていなかったわね!」

「ごめん。ごめん」

 首をコキコキと鳴らしながら苦笑いをしている。

「じゃあ、お茶にしましょう」

「ああ、そうだな」

 ブラッドは書類をまとめ引き出しにしまうと、ソファーに移動した。シンシアは侍女に合図をしてお茶とお菓子を運ばせる。今日はブラッドの好きな渋みのある茶葉にした。シンシアはそれに蜂蜜を少し入れて飲む。侍女がテーブルに並べると二人同時にティーカップを持ち上げ口につける。

「美味しい」

「ああ、美味い。それに気分が静まるな」

「急く気持ちはわかるけど慌てないで、ゆっくり一歩ずつ進めていきましょう」

「そうだな。シンシアの言う通りだ」

 さっきまでの険しい表情が柔和になる。シンシアの大好きな顔だ。マリオンにとって重荷だった王太子妃という肩書は、シンシアにとっては愛するブラッドを独占するための権利なのだ。いろいろあったけれど……。


 ――前世の記憶を思い出したけれど、私の幸せはまったく揺るがない!!






(おわり)

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