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29.前世を絶つ(ブラッド)

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 城に戻ると王太子夫妻のための寝室にシンシアを寝かす。すやすやと眠っているのはブラッドの顔を見て安心してくれたと思っていいのだろうか。今回、近い場所にいたから早く助け出せた。もしブラッドが城にいて連絡を受けてからでは間に合わなかったかもしれない。

「このまま寝かせてやってくれ。後は頼む」

 シンシアのおでこにそっと口付けを落とすと踵を返した。

「はい。かしこまりました」

 本当はこのまま彼女が目を覚ますまで側にいたい。だがまだやることがある。
 シンシア付きの侍女に後を託し部屋を出ればローガンが待っていた。入り口付近にはシンシアを守るための護衛が四人すでに配置されている。もう危険はないはずだがブラッドの心中を図り厳重にしてくれたようだ。ハリスンに手を貸した裏切り者の洗い出しも進めてくれている。

「それで?」

「一応、他国の王太子ですので手当てはしました。そのまま貴人用の牢に入れてあります。すでにクラム王国には第一報を知らせる使者を送りました」

 ローガンの仕事は早い。彼は侯爵家の次男で子供の頃からの付き合いだ。親友でもあり有能でブラッドが最も信頼している側近だ。

「そうか。それでは先に牢に行く」

 会いたくはないがシンシアを攫った理由を確かめておきたかった。あのときシンシアが止めなければブラッドはハリスンを殺していた。だがあの男に非があるとはいえ他国の王太子だと分かっていて殺してしまってはさらに大事になる。最悪、禍根を残すことにもなるし、クラム王国への責任追及に対してつけ入られることになった。本心ではハリスンを許せないが、自分はこの国の王太子である以上譲歩するしかない。とりあえず穏便に済ませるには相手からの謝罪と賠償、いくつかこちらに有利な取引を持ち掛ける。それなりの利益がなければ到底納得出来ない。あとはクラム王国には私が納得できるハリスンの処分を強く求めるつもりだ。

 今後の処理を考えている間に牢の前に着いた。見張りの騎士がブラッドに恭しく頭を下げ鉄格子の鍵を外し扉を開く。
 ハリスンはベッドの上で痛みに顔を歪めながらうつ伏せで荒い呼吸をしている。出血に比べ傷は浅いはずだ。痛がり方が大袈裟に見えるが今まで怪我らしい怪我をしたことがないせいで動揺しているのだろう。
 扉の開いた音に反応し緩慢にこちらに顔を向けた。そしてブラッドに気付くと睨んできた。その悪びれない態度に心の中で舌打ちをした。

(十分元気そうじゃないか。とっさに手加減をしたが必要なかったな)

「よくも私を切ったな。厳しく抗議する! それにマリオンを返せ。彼女は私のものだ!」

 不遜な態度に呆れながらも引っかかる名前に眉を寄せた。

(今マリオンと言ったか? その名を知るのは前世の記憶を持つ人間だけだ。それならばこの男は……)

「お前は……クリフトンなのか?」

 探るように問いかければハリスンは驚愕しブラッドをじっと見る。

「なぜ……それを? 私を知っているのか? お前は一体誰だ?」

 それがシンシアを攫った理由なのか。ブラッドは口を歪め嘆息した。そうか。この男の前世はクリフトンか……。だからシンシアの前世がマリオンだと気付いて攫ったのか。それほど執着するならなぜマリオンを死なせたんだ。生まれ変わってもマリオンを望むのは傲慢すぎる。だがその傲慢さこそクリフトンらしいと納得できた。
 一人納得するブラッドの様子にハリスンは訝し気な顔になる。クリフトンはコンラッドの存在など知らないはずだ。もちろんコンラッドはクリフトンと話をしたこともなかった。もしもコンラッドの存在を知っていたとしても親切に教えてやるつもりはない。

「さあな」

 目の前にいるのは前世の妄執に囚われた憐れで迷惑な男。この男にはシンシアに恐怖を与えた報いを受けてもらう。

 それにしてもこの男は自分のしでかしたことを理解していない。悪態をつくばかりで自国に及ぼす影響をまったく案じていない。ブラッドが強硬に出ればクラム王国を滅ぼすことだって可能だ。その手段は戦争だけではなく経済的に追い込むことだってできる。だがそこまですることを優しいシンシアは望まない。それにこの男の愚行にクラム王国の民を巻き込むのはブラッドにとっても本意ではない。この責任はこの男だけが取ればいい。

「彼女はシンシアだ。マリオンという名ではない。そして私の妻でこの国の王太子妃、お前はその女性を攫った重罪人だ。お前は罪人として国に戻るんだ」

「違う。私は悪くない。私はマリオンが欲しかっただけなんだ」

 壊れた玩具のようにマリオンと繰り返し続ける。ブラッドはこれ以上話をする意味はないと判断した。

「迎えが来るまでせいぜい大人しくしていろ」

「私は王太子だぞ! 牢から出せ。そして国賓として――」

 ブラッドはクラム王国に同情した。国を背負う覚悟も民を思う心もないようなこんな愚かな男が王太子では未来は暗い。まあ、それもあと少しのことだが。

 ブラッドはハリスンを一瞥するとそのまま牢を出た。後ろから喚き声が聞こえるが聞くに値しない。
 それにしてもハリスンはどうしてこれほどマリオンに固執したのか。それほど彼女を求めるならなぜ死なせたのか。本当に愛があったのか。それとも死なせたことへの悔恨からくる執着なのか。コンラッドがどれだけ想像しても理解出来そうにない。ハリスンはマリオンの気持ちもシンシアの気持ちも慮ろうとせずに終始一貫独り善がりだった。
 私たちがハリスンと会うことはもう二度とない。これで本当に前世の悪夢を終わりにする。

 王の執務室の向かうと父上と宰相と話し合った。こちらからクラム王国への要求などをまとめる。この要求をすべて受け入れるのはかなりの痛手だろうが、ハリスンを野放しにしたつけだと諦めてもらうしかない。
 やるべきことを終えるとシンシアのいる寝室へと戻った。
 ベッドを覗けばシンシアはまだ眠っている。穏やかな寝顔にホッとする。ブラッドは着替えを済ますと彼女の隣にごろりと寝転んだ。しばらく穏やかな寝顔を眺め満足するとその細い体を抱き締めて目を閉じた。





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