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24.やっと手に入れた(ハリスン)

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 調査の結果を聞いてハリスンは部屋にあった花瓶を床に叩きつけた。それだけでは治まらず調度品に当たり散らした。それだけの怒りが沸いた。

 彼女はシンシア・バルフォア公爵令嬢。そしてオールディス王太子の婚約者。数か月後には結婚を控えている。
 せっかく見つけたのにマリオンは他の男の婚約者だった。彼女の評判はすこぶる良い。勤勉で公務に励み婚約者を良く助けている。そして民にも慕われてる。まさに理想の姿だった。マリオンの魂を持ち身分と立場に相応しい振る舞いをする心優しい女性。彼女の隣にはハリスンこそが相応しい。彼女だってきっとそれを望むはずだ。
 それなのに――。

「もっと早く出会えていたら!!」

 王太子の婚約者に婚約を打診することなど出来るはずがない。我が国の方が経済も軍事力も劣るのだから、勝ち目のない喧嘩を売るようなものだ。それでも彼女が欲しい。手の届かない歯がゆさにイライラと部屋を歩き回る。

「殿下。ルシンダ様がお見えになっていますが……」

 不機嫌なハリスンに従者が怯えながら声をかける。

「追い返せ」

 低い声で命じた。ルシンダの顔など見たくない。マリオンそっくりの顔でライラそのものの行動をする女。満足に公務も出来ない婚約者など邪魔なだけだ。
 ――そうだ。まずはルシンダとの婚約をどうにかしなければならない。シンシアを連れて来てもきっと文句を言うだろう。愛妾がいてもハリスンに逆らわないお飾りの妃が必要だ。

 本来なら正式にシンシアを正妃に迎えることが出来ればいいが、シンシアと王太子の婚約破棄を画策する時間はない。二人が結婚してしまえば離縁はよほどのことがなければ難しい。やはり攫ってくるしかない。そして離宮でひっそりと囲うのだ。

 シンシアの結婚式まで時間がない。悔しいが仕方がない。ちょうどハリスンも祝いの宴に呼ばれている。そこで下準備をし必ず手に入れる。

「その前にまずはルシンダだ」

 ルシンダを嵌めるのは簡単だった。ある夜会の日、ルシンダには媚薬入りの酒を飲ませ前後不覚になったところを護衛の騎士と関係を持たせた。それをハリスン自ら発見し不貞を暴き断罪した。騎士には金を渡し命じていたがすぐに城から逃がした。だがその途中で事故に見せかけ殺したので真実が発覚することはない。

 ルシンダとの婚約は破棄され彼女は戒律の厳しい北の修道院へと送られた。そのあとすぐに新しい婚約者が決まった。歳の離れた公爵令嬢だった。ハリスンを見る目はキラキラと羨望に溢れている。この子なら思うように操れるだろう。

 そしてシンシアを奪うための準備を着々と進めた。
 シンシアと王太子の結婚式は盛大で素晴らしいものだった。この世のものとは思えないほどの輝きを放つ美しい花嫁が、ハリスンではない男の手を取り口付けを交わし微笑む。これほどの絶望があるだろうか! はらわたが煮えくり返りそうだった。
 それでもシンシアとダンスをした。女性らしい曲線を持つ体、特に細い腰は魅惑的だった。もしシンシアに前世の記憶があれば簡単に連れ出せたのに残念だ。それでもあと少しで取り戻せる。

 ハリスンはオーディス王宮に騎士と侍女を潜り込ませた。金を使いシンシアの行動、護衛の情報を手に入れる。結婚式が終わり一息つけば隙も出来るだろう。王太子妃ともなれば簡単に外出できない。少しでも警護が手薄になる一人の公務の時を待つ。できるだけ王都から離れ国境に近い場所に行く時を狙う方がいい。
 シンシアは平民のための学校に力を入れている。

(ああ、彼女が我が国に生まれてくれれば二人並んで公務を行なえたのに残念だ)

 潜入させていた護衛騎士からの情報をもとに王都の端の学校へ視察に向かう帰りを襲うことにした。彼女の乗った馬車にいくつもの火矢を放ち逃げ出させる。雇った男たちに護衛の騎士たちを襲わせ隙をつく。潜り込ませていた騎士が彼女をハリスンのところに連れてくる手はずになっている。彼女が抵抗しないように薬で眠らせることにした。

「ああ、やっと取り戻した!!」

 全てが上手くいきシンシアをこの手に抱きかかえ用意していた馬車に乗る。
 彼女は突然のことに驚くだろうが、前世の話をして私たちこそが結ばれるはずだったことを教えれば、最初は混乱するかもしれないがきっと喜ぶ。

 国に連れ帰ってもシンシアを公の場には出せない。身分を明かせない以上日陰の身にしてしまうが不自由はさせない。ドレスも宝石もシンシアが望む物は何でも与えよう。そして毎日「愛している」と伝えれば安心するはずだ。

 うっとりと腕の中のシンシアを見つめていると瞼が震えた。
 薬のせいで体は動かないが目は開けられる。長い睫毛が揺れ紅茶色の瞳が開きハリスンの顔がそこに映し出される。この瞬間をどれだけ待ちわびただろうか!! 驚愕でこれ以上なく大きく開いた瞳に安心させるように微笑んだ。

「ああ、マリオン。目を覚ましたんだね」

 必至に身じろぎをしようとするシンシアを宥めるように強く抱きしめる。

「マリオン、いや今はシンシアだったね。目を覚ましたのかい? まだ薬が効いているようけどじきに切れるよ。そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫。君は本来いるべき場所に戻るんだ」

 何か言いたげだがまだ薬が効いていてしゃべれないようだ。ハリスンは優しく説明した。

「急に言われても分からないね。君にも前世の記憶があれば話が早いのに残念だ。君はね。前世でマリオンという名の女性で私の婚約者だった。私たちは愛し合っていたのに不運にも一緒になれなかった。でも今世こそは一緒になろう。そのために神は私に前世の記憶を下さったのだ。当時の私はクリフトンだ。覚えていないかい? そうか。残念だ」

 シンシアが前世を覚えていないのは残念だが、最後に毒を渡したことは思い出して欲しくないからいいとしよう。あれは私も冷静でなかったゆえの間違いだ。
 でも――。

「今度こそ、一緒になろう。愛してるよ。マリオン」

 白く陶器で出来たかのような滑らかな肌に触れる。そしてゆっくりと顔を近づけシンシアの頬をペロリと舐めた。

「ああ、甘い。国に戻ったら君の全てを味わいたい。あんな男に触れられ汚された全てを私の手で浄化し上書きしてあげよう」

「っ~、んーー!!」

 シンシアは混乱している。いずれ落ち着いつけばハリスンの愛を受け入れる。それを微塵も疑っていなかった。

(前世ではすれ違い悲しい結末を迎えたが、それをやり直すために私たちは生まれ変わったんだよ)

 シンシアの瞳に浮かんだ涙にも唇を這わせ舐めとる。

「君のすべては私のもだ。愛しているよ。マリオン。いや、シンシア」





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