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16.いろいろ思い出しています

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 疲れた体を侍女たちに解され体も温まり眠くなってきた。本音を言えばこのまま眠りたい……と思っていたが渡された夜着を見て一気に目が覚めた。

「こ、これって……」

 顔が引きつってしまう。

「きっとお似合いですわ!」

 力強い侍女の言葉に弱弱しく頷いておずおずと着る。

(スケスケなんですけどー? 体にピッタリくっついてるんですけどー?)

「ピチピチ……こ、これで……大丈夫なのかしら?」

「さすが妃殿下。素敵です! お似合いです! 初夜、無垢なる乙女には白が一番です。殿下もきっとお喜びになるはずです!」

 侍女がウキウキといい笑顔で力説し頷いている。白はいい……でもどうせならもっとふんわりした可愛らしいデザインにして欲しかった。薄い総レースのタイトなデザインで体の線が全部丸見えの必要はあるのだろうか? これでは裸よりも卑猥な気がする。この姿でブラッドを待つのは厳しい。恥ずかしくて死んでしまう!! 無理―! と涙目で訴えたが聞き入れてもらえない。

「いくらなんでも……はしたなくないかしら……」

 ささやかな抵抗を試みるも。

「一度きりの初夜です。はしたなくなんてありません。すごく官能的なだけです!」

「…………」

 お互いの思いが平行線――。それでも侍女との激しい攻防の末、せめてもの抵抗にとガウンを勝ち取り無事に羽織ることが出来た。

「ふうー」

 侍女が下がり寝室に一人になったので大きなベッドの端にちょこんと座る。シンシアの顔も髪も体も磨き上げられてピカピカだ。準備万端である。
 ――ただ待っているのって辛い。段々と心臓が大きな音をたてはじめる。

「どうしよう。緊張してきたわ」

 ブラッドは常に品行方正な王子様だ。愛も囁いてくれるし完璧なエスコートをしてくれる。それでも今まで彼の態度で男女のあれやこれやを想像したことがない。それを思わせるような雰囲気を出さなかった。もしかしてシンシアに色気がないのか? 生まれた時からの付き合いで愛情が家族愛になって、シンシアを女として愛せなくなった可能性があるかも? 急に不安になってきた。

 物心つく頃にはブラッドと過ごすことが当たり前になっていた。
 彼は忙しい中でも必ず週に一度はシンシアに会いに公爵邸に来ていた。本来ならシンシアが城に伺うべきなのだろうが父が嫌がったのだ。
 あれは五歳頃だったかしら。父が新しい絵本をプレゼントしてくれた。

「シンシア、お父様が読んであげよう!」

「だめ。ブラッドによんでもらうの!」

 翌日はブラッドが来る日だったのでそれまでは本を開かずに彼に読んでもらうことを楽しみにとっておく。
 父が悲しそうな顔になっていた事には気付いていなかった。大きくなってからお母様からあれはお父様が可哀想だったと笑っていた。今となっては申し訳ないと思うがシンシアにも言い分がある。お父様に読んでもらうと声が低いせいか無駄に迫力があり絵本の内容に合わずしっくりこない。まるでおとぎ話が戦記に感じるくらいの違和感だ。でもブラッドは声変わり前の高い声で抑揚をつけて面白く読んでくれる。ブラッドだとおとぎ話がさらにキラキラと華やいで感じる。

 誕生日だって必ずお祝いしてくれた。社交界デビューも彼のエスコートだったし、夏になると王家の避暑地の湖畔に必ず連れて行ってくれた。魚を見て鳥を見つけて楽しかったなあ。シンシアの記憶の全てに彼がいる。
 それなのに不思議とブラッドを兄妹だとは思ったことがない。いつからなんて分からないけど、最初から彼のことが好きだった。

「シンシアはブラッドのおよめさんになる――」

 これは子供の頃の口癖だった。その度にお父様がムッとしていた。

「シンシアはお父様のお嫁さんにはなりたくないのかい?」

「おとうさまにはおかあさまがいるよ?」

「そ、そうだね……」

 幼心になぜ父がそんなことを言うのか不思議だったが、お母様曰く、娘に「お父さんのお嫁さんになる」と言われるのが密かな憧れだったらしい。再びお父様に申し訳ないかも。

 ブラッドの誕生日にお城にお祝いに行ったときに食べたケーキが美味しいといったら、翌日から毎日そのケーキが公爵邸に届いたこともあった。シンシアは飽きずに毎日食べていたが、さすがに食べさせ過ぎだと二週間経った頃、お母様がブラッドに連絡して止めさせた。

「飛び切り美味しいものはたまに食べるくらいがちょうどいいのよ」

「え――!」

 ちょっと残念な気持ちになったことを覚えている。でもブラッドに会いにお城に行くと必ず出てくるから、きっと彼が用意するように頼んでくれているのだろう。

「やっぱり、私愛されてるわよね!」

 そう思うと再びドキドキと緊張してきた。我ながら情緒が不安定。
 シンシアは幼いころから彼の婚約者だったが、敵がいなかったわけではない。密かにブラッドを慕う令嬢は多かった。あれだけ素敵な男性なら当然だ。大概は諦めるか、離れたところで睨んでくるくらい。それでもまれに夜会で嫌味を言う人もいた。

「どうせ父親の権力で殿下の婚約者になったくせに!」

 違うけれどブラッドの側にいられるのならそう思われていても構わない。彼の隣にいるための努力はしているし、自分自身に疚しい所はひとつもない。穏便に聞き流すことも出来たがイラッとしたので、ツンと顔を上げ言い返そうとした。

「羨ましいのならあなたも――」

 あなたも権力使って私から婚約者の座を奪えば? でも、奪ったところでスパルタ妃教育を簡単に乗り越えられると思わないことね! そう言おうとしたら後ろからブラッドの声がした。

「それは違うな。私が権力でシンシアを婚約者に決めた。だから文句があるのなら私に言ってもらおうか」

「あっ……殿下……これは、その、違うのです……」

「二度目はない」

 その令嬢は青ざめプルプルと震えている。ブラッドは冷ややかに一瞥するとシンシアの腰を抱いてその場をあとにした。びっくりして「私の意志であなたの婚約者になったのよ」と言いそびれてしまった。
 
 普段は温和で何かあってもことを荒立てないように対処するのに、シンシアが攻撃されているとすぐに駆けつけて守ってくれた。嬉しいけれど自分で撃退したかった気もする。もちろん誰が相手でも負けるつもりはない。仮に権力を使っていたとして何が悪いと思う。その力があるからこそブラッドの役に立てることだってあるのだ。その立場に伴う責任だって果たしているのだから堂々と挑む。
 色々思い出して安心したら再び緊張してきた。
 気を紛らわせるためにテーブルの上にあったワインに手を伸ばす。くいっと飲み干せば体がカーっと熱くなる。こうなったらお酒の力に頼って今夜を乗り切る!

 すると扉が開きブラッドが入って来た。シンシアを見て嬉しそうな顔になる。目の前まで来ると屈んで顔を覗き込んできた。

「シンシア、ワインを飲んだ? 顔が赤いよ」

 くすりと笑うとシンシアの頬を両手で挟む。そのまま顔を上に向け唇を寄せ、そっと重ねる。触れ合う直前に条件反射でぎゅっと目を瞑ってしまった。ふにゃりとした感触に大聖堂での誓いの口付けを思い出す。唇が離れたので目を開けるとブラッドの紺碧色の瞳が自分を見ていた。

「あ……」

 その目の奥に灯る熱にシンシアはびくりと肩を揺らした。今まで彼のこんなギラギラとした目を見たことがない……。いつもの理性的な彼の表情とは違う欲を滲ませてシンシアを渇望している。体の全てを食い尽くそうとする獲物を狙う動物のような視線に怖気づきそうになる。と同時に心の底から歓喜が湧き上がる。自分を女として欲し求めてくれているのだと実感した。縋るように彼のガウンにしがみつくとブラッドはシンシアを抱え上げベッドに横たえた。ブラッドが自分を見下ろすと彼の髪がサラサラと動く。

(ブラッドってやっぱり綺麗……)

 切れ長の瞳も整った鼻梁も薄い唇も神から愛されていると思うほど整っている。知っていたけれど改めて見るとその顔に見惚れてしまう。

「シンシア。愛してる。今夜、君を私のものにするよ」

 彼の甘い声に胸がトクンと鳴った。

「うん、あなたのものにして」

 ――二人の夜が始まろうとしていた。




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