前世の悲しい記憶を思い出しましたが、今世の幸せは揺るぎません。

沙橙しお

文字の大きさ
上 下
13 / 33

13.回想4(ブラッド)

しおりを挟む
 それから一カ月ほど経った頃、コンラッドが城外の警備を終え帰ろうとしたときに騎士仲間に声をかけられた。

「ベイトソン公爵令嬢が牢に入れられたらしいぞ。それも平民用のだ」

 コンラッドがベイトソン公爵家と親戚であることを知っている騎士が教えてくれた。今夜は夜会の警備ではなかったので何が起こったのかは分からない。騎士の話によると夜会では何事もなくそのあと別室でマリオンとクリフトン、そしてライラの三人が話をしていた。そしてクリフトンの指示でマリオンが牢に入れられた。

 一体どんな理由で高位貴族の令嬢を平民用の牢に入れるというのか。まずは取り調べがあるはずなのに全てをすっ飛ばしての暴挙に愕然とした。

 コンラッドはすぐにマリオンがいる牢に向かったが、クリフトンの指示を受けた騎士が見張っており近寄れない。それならばとベイトソン公爵家に馬を走らせた。父親である公爵が抗議すればまずは彼女を牢から出せるはずだ。ところが公爵は話を聞くなり怒り出した。

「なんて役に立たない娘なんだ。王太子殿下の不興を買うなど!」

「あなたはそれでも父親か?!」

 理由も分からない。それを確かめもせずにマリオンに対して怒りを向けるその姿が許せない。今はまずマリオンを救うことを考えるべきだ。

「自業自得だ。今マリオンの醜聞が流れているんだぞ。殿下の目を盗んで男と逢引きをしていたと。夜会で男と抱き合っていた所を見たという目撃者までいる。これでは我が家が責めを負わされる。いい迷惑だ!」

 醜聞? コンラッドは知らなかった。だがマリオンに限って不貞などあり得ない。
 ベイトソン公爵はマリオンを見捨てた。クリフトンの顔色を窺うことを優先した。ここで心証を悪くして公爵家を継ぐ愛人との間の子が不利になることを恐れている。
コンラッドにはマリオンを救う術がない。せめて牢の近くにいたいと隠れながら見守った。そしてコンラッドは密かに決意をした。

(マリオンを蔑ろにする国など捨ててしまえばいい。助けだし連れて逃げる!)

 もう迷いはなかった。牢から近い城門に逃走するための馬を用意した。門番には金を握らせておいた。追手がかかり殺される可能性はあるが、それでもここから彼女を救い出したかった。
 昼頃になるとクリフトンが牢に現れた。息を殺し中の様子を窺がうも声は聞こえない。しばらくするとクリフトンが出て行った。今は見張りの騎士もいない。

(チャンスだ!)

 その隙にコンラッドは牢に忍び込んだ。酷くかび臭い。こんなところにマリオンが……。一番奥の牢でドレス姿の女性が倒れている。コンラッドは駆け寄りその細い体を抱きかかえた。頬には涙の痕がある。どこか様子がおかしい?

「マリオン。しっかりしろ!」

 声をかけても返事はない。マリオンの体は脱力していて反応がない。口元に耳を寄せて確かめると……呼吸をしていなかった。

「そんな……馬鹿な……死んで?」

 おろおろと周りを見渡す。目に入った小瓶を手に取り臭いを嗅ぐ。ツンとした刺激臭が微かにある。

「これは毒だ……」

 抵抗した様子がない。クリフトンはマリオンに毒を渡し自死させたのか。勝手にコンラッドからマリオンを取り上げ命まで奪った!!

「うわあああああ!! マリオン!! マリオン!!」

 許せない!! コンラッドはマリオンを抱き締めて慟哭した。まだ体は温かい。そうだ。もしかしたら仮死状態で目を覚ますかもしれない。

「とにかくここを出よう」

 こんなところにいたくない。一刻も早くマリオンを連れ出さなくては。そのままマリオンを抱きかかえ城門を出る。門番は目を逸らしてくれた。そのまま馬に乗るとマリオンを落とさないように抱きかかえ片手で手綱を握る。このままマリオンを諦められない。もう一度目を開けて欲しい。それだけでいいから……。

「死んでなんかいない……」

 自分でも気づかぬうちに涙が溢れ出していた。嗚咽を堪えただ馬を走らせる。

(マリオン。守れなくてすまない。こんなことならあの夜会の夜に連れて逃げてしまえばよかった。俺が情けないばかりに……)

 最期に見た悲し気なマリオンの顔が頭から離れない。もしマリオンから「連れて逃げて」と言われれば迷わずそうしただろう。でも彼女が言うはずがない。コンラッドが決断しなければならなかった。

 何も考えずに馬を走らせ領地から領地へ移動する。無意識に国境を超えようとしていた。馬を休ませるために何度か休憩を入れた。そして森の中を進みとうとう国境を超えた。

 街に着くと持ち金をはたいて荷運び用の小さな馬車を買った。マリオンをローブで包み馬車に乗せ移動する。隣国の更に隣の国へ向かう。小さな国なのですぐに国境を超えられる。とにかく少しでもクリフトンから遠ざかりたい一心だった。

「マリオン……どうして目を開けてくれないんだ……」

 マリオンが死んでしまったことを受け入れざるを得なかった。国を出て五日。今は冬で寒いとはいえ、彼女をこれ以上連れて移動するのは無理だ。その国の国境を超えたところで小さな寂れた村に着いた。捨てられた村のようで人気はない。奥へ行くとボロボロの神殿が目に入った。様子を窺がい中に入る。

「誰もいなさそうだ」

 神殿内は埃が積もっている。祭壇を軽く拭くとそこへマリオンを横たえた。いったん神殿を出て馬車に戻りここまで頑張って運んでくれた馬に感謝を告げ労った。

「ここまでありがとう。すまないがここからは別行動だ。誰かいい人間に拾われてくれ」

 馬に餌と水を与えてから放した。
 ランプ用に持っていた油を神殿の周りに撒く。油は少ないが乾燥しているしボロボロの建物なのであっという間に燃えてしまうだろう。コンラッドは火を放つとすぐに中に戻りマリオンを抱きあげて床に座る。
 コンラッドは腕の中のマリオンの唇に自分のそれをそっと寄せる。本当なら結婚式で誓いの口付けをするはずだった。こんな汚い寂れた神殿ではなく、荘厳な教会で美しい花嫁となったマリオンに……。唇を離すとマリオンの体をぎゅっと強く抱きしめる。冷たくなった体を温めるように、自分の体温を移すように、強く強く。

「マリオン。もし、もう一度会えたなら……」

 すぐに真っ赤な炎が二人を包み込む。コンラッドは愛しい人を二度と奪われないためにその腕の中に閉じ込めた。

(俺はマリオンを守ってくれなかった神には祈らない――)

 神殿は真っ黒に焼け落ちた。
 コンラッドの人生が終わった瞬間だった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

処理中です...