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12.回想3(ブラッド)
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ベイトソン公爵の説明によると、王太子殿下の婚約者に内定していたブラックストン公爵令嬢エレンが隣国の王太子殿下に見初められたことによりその話がなくなったと教えられた。そのため貴族内のバランスを見てマリオンに話が来たのだ。
すぐにマリオンが正式に王太子殿下の婚約者となった。エレンですら長年婚約者候補で決定にならなかったのに急すぎる。殿下の年齢を考えればなんらおかしいことではないとはいえ不自然だった。
コンラッドはベイトソン公爵家を出ると騎士に戻り、王城で下級騎士として働き出した。
正直言って納得できない。
エレンはすでに何年も王太子妃になるべく教育を受けていると言われていた。確かにそれは発表されていたわけではない。実は候補と思わしき令嬢は他にもいたのだがエレンの身分と優秀さを考えれば妥当だなところだ。
そもそも隣国とは長く交友関係を続けて来て、王太子殿下同士も良好な関係を築いていた。エレンも友人として親しくしていたはずだ。それが突然見初められた?
エレン自身は妃教育を受けているので隣国でもやっていけるだろう。だが我が国としては有能な人材を手放すのだから大きな損失になる。なによりも国王陛下はエレンを推していた。それなのにどうしてこんなことになったのか。
もう一人婚約者候補といわれていた令嬢はブリュー伯爵令嬢ライラ。殿下とは幼馴染で王妃は彼女を強く望んでいる。ただ王が反対しているので婚約者になるのは難しいと考えられていた。その辺りの貴族の力バランスについてはコンラッドにはよくわからないのだが、エレンがいなくなればライラが婚約者になりそうなものだ。
確かにライラを除く令嬢で家格や年齢を考えると一番の候補に挙がるのはマリオンだ。でも彼女は家を継ぐ予定だった。それを変更させてマリオンを指名した理由は…………。
王城の騎士の中でもマリオンが突然婚約者になったことは意外で色々な噂が流れていた。コンラッドはどうしても気になって調べたのだ。
そして分かったのは――クリフトンは社交界デビューをしたマリオンに一目惚れをしたということだった。
マリオンを手に入れるにはエレンが邪魔だ。親交のある隣国の王太子はかねてからエレンに思いを寄せていたが、クリフトンとの婚約が内定していると諦めていた。わざわざ国同士に波風を立ててまで求婚はしなかった。そこにクリフトンは目をつけた。正当な理由もなくエレンを妃候補から下ろしてはブラックストン公爵が納得しない。同等の地位をあてがう必要があった。そこで隣国の王太子とエレンの仲を自ら結び付けた。エレンもまた密かに隣国の王太子を慕っていたので、思いもよらぬチャンスがきたので乗っかったということだ。
そしてベイトソン公爵は愛人との子を堂々と嫡子に出来ると手放しで喜んでいる。公爵夫人は反発したらしいが王命であるし、娘が王太子妃になる栄誉を得られるのならと納得した。
みなが自分の望みを手に入れる。マリオンとコンラッド以外は……。
市井ではエレンの結婚について美談の恋物語として広まっている。クリフトンとエレンは今まで国の為に力を合わせて公務をこなしていたが、それは友人のような関係で恋仲ではなかった。隣国の王太子とエレンの秘めた気持ちに気付いたクリフトンが自ら二人の恋を手助けしたと言われている。
実際のところエレンとクリフトンは友人どころか性格が合わず、公式な場以外では目も合わせず話もしない険悪さだった。だからエレンにとっては僥倖だ。
ブリュー伯爵令嬢ライラを息子の婚約者にと王妃は熱望しているが最後まで王は許さなかった。下世話な噂だがなんでもブリュー伯爵は王妃の初恋の相手だそうだ。王が不快に思い認めないのは当然だろう。貴族内では有名だが国王夫妻も政略で愛のない夫婦だった。
ひとりもマリオンの気持ちを考えてくれる人間はいなかった。コンラッドとマリオンはクリフトンの望みを叶えるための犠牲になったのだ。
「くっそう!!」
二人とも心を通わせた。これから幸せに踏み出すという所でクリフトンがそれを奪った。たとえどれほど憤っても身分も金も権力も持たないコンラッドが、クリフトンからマリオンを取り返すことは出来ない。ただ離れた場所でマリオンの幸せを願い見守ること、それだけが自分の出来る唯一のことだった。それでも一度だけ励ますための手紙を彼女付きの侍女に託した。
コンラッドは騎士として王宮内の警備をしていた。妃教育のために城に通うマリオンを時々見かける。彼女は日に日に顔色が悪くなっていく。疲労がたまっているのだ。公爵家を継ぐ勉強と王太子妃のための勉強では圧倒的に妃教育の方が大変だ。さらに王妃はマリオンを嫌っている。ライラを息子の婚約者に出来なかった苛立ちをマリオンにぶつけている。それをクリフトンはフォローできていない。それなりにマリオンを気遣っているようだが心を開くには至っていない。このままでは彼女が倒れてしまう。慰めることも支えることも出来なくて歯がゆい。
夜会でマリオンとクリフトンが並ぶ姿は腸が煮えるような思いで見ていた。あそこは俺の場所だった。あの手を取るのは自分だったのに。マリオンはクリフトンに対し淑女の仮面を被り儀礼的な笑みを浮かべている。二人が相愛にならないことに安堵しながら、でもそれではマリオンは幸せになれないという葛藤があった。
マリオンはクリフトンに好かれていることに気付かない。そして権力に興味もなくただ与えられたクリフトンの婚約者という仕事をこなしているだけだった。次第にクリフトンはそれに苛立つようになりマリオンに冷たい態度を取る。
最低限の婚約者としての振る舞いはするが夜会などでは行動を別にして突き放す。しかもある時からライラと親しそうに過ごすようになった。今まで二人は幼馴染であっても公の場では誤解をされない距離を保っていたのに。貴族たちから見ればクリフトンがマリオンを疎んじているように見える。
でもコンラッドにはクリフトンがマリオンの関心を引こうとしているように見えた。嫉妬をさせるために稚拙な方法を選んだ。どう考えても悪手だ。立派な王太子だと思っていたがとんだクズだ。こんなことをしても絶対にクリフトンの思い通りにはならない。もしマリオンがクリフトンを愛していたとしても嫉妬するよりも彼の幸せを願い身を引くだろう。
(マリオンをいたずらに傷つけるのなら俺に返してくれ!!)
貴族たちはクリフトンの態度に同調しマリオンを軽んじ始めた。
ある日の夜会でクリフトンはダンスを終えるといつも通りにマリオンを放置した。するとそこにコンロン侯爵子息が近寄り声をかけている。彼は女癖が悪くて評判だ。それも自分より身分の低い女性を既婚未婚係わらず手を出しては騒ぎになっている。父親は息子に甘く金で話をつけてしまう。だから反省することなく調子に乗る。いくら蔑ろにしているという噂があるとはいえ、よりによって王太子の婚約者に手を出すなんて愚かすぎる。クリフトンが知ればこの男は大きな罰を受けるだろう。それは自業自得だがマリオンにとっては醜聞になるし何よりも怖い思いをする。コンラッドはすぐに移動し声をかけた。
「ベイトソン公爵令嬢。どうされましたか?」
マリオンは青ざめ震えていた。この腕に抱きしめて守りたいのに……。
「あ、たすけ」
「何でもない。体調を崩されたようなので静かな場所へ案内する所だ。騎士風情が余計な口出しをするな」
侯爵子息はマリオンを背に隠し誤魔化そうとした。見逃すつもりはない。
「コンロン侯爵子息。先日某子爵夫人との密会が見つかり夫の子爵と立ち回りがあったと記憶しています。いいのですか。このことを侯爵様が知ったらどうなるでしょうね?」
「父上に告げ口する気か? 卑怯な……」
卑怯なのはお前だと殴りかかりたいところだが騒ぎになるとまずい。何事もなかったようにマリオンを解放してやらないと。
「お前ほどではない。それに王太子殿下の婚約者に手を出したとなれば侯爵様も庇えまい。家がどうなるか想像したらどうだ?」
この男は頭が空っぽのようだ。マリオンが軽んじられているとはいえ手を出してはいけない相手だと分からないのか。さすがに息子に甘い侯爵も家門を引き換えにしてまで庇うことはあるまい。
「……どうせ殿下に見捨てられているくせに!」
コンラッドの言葉に悔しそうに顔を歪めると捨て台詞を吐いて去って行った。
「助かった……ありがとうございます」
マリオンは急に力が抜けたようにしゃがみ込んだ。ただでさえ王太子の婚約者として気を張り緊張し続けているのにクリフトンの冷ややかな態度で疲弊している。その上不埒者に言い寄られてはそうなって当然だ。
「大丈夫ですか? 王太子殿下のところまでお送りしましょう」
本当はマリオンを大切にしない男のもとになど送りたくない。だが安全であることは間違いない。
「いいえ、殿下のところではなく馬車止めに連れて行ってくれますか?」
「ですが……」
マリオンは悲しそうな表情で首を振り夜会会場から離れることを望んだ。
「お願いします」
「分かりました」
コンラッドはマリオンをそっと抱き上げた。マリオンは抵抗せずにコンラッドの胸に頭を預けるようにもたれかかった。このまま攫ってしまいたい。どこかの国に逃げて平民として静かに二人暮らしていけたら――。
馬車止めに着くまでお互いに無言だ。身分を考えればコンラッドには彼女の名前を呼ぶ事すらできない。もし攫って逃げてもクリフトンは執拗に追手をかけるはずだ。それに公爵令嬢として生きて来たマリオンが平民の暮らしに耐えられるとも思えない。
腕の中の体が微かに震えていることに気付き、マリオンの顔を覗くと涙を流していた。
「大丈夫か? いや大丈夫ではないな。怖い思いをしたんだ。それとすまないがハンカチは持っていない」
つい焦って言葉遣いが戻ってしまった。こんなときですら気の利いたことが言えず情けない。マリオンは一瞬きょとんとして少し表情を緩ませると自分で涙を拭った。
「大丈夫です。ありがとう」
マリオンの涙は止まっていたが顔色は悪いままだ。このままではマリオンは幸せになれない。コンラッドからマリオンを奪ったクリフトンが心の底から憎かった。
「ベイトソン公爵令嬢。どうぞお気をつけて」
「騎士様。助けてくださり本当にありがとうございました」
マリオンは騎士様と呼んだ。それが二人の関係だった。
コンラッドは頭を下げ彼女の乗る馬車を見送った。
すぐにマリオンが正式に王太子殿下の婚約者となった。エレンですら長年婚約者候補で決定にならなかったのに急すぎる。殿下の年齢を考えればなんらおかしいことではないとはいえ不自然だった。
コンラッドはベイトソン公爵家を出ると騎士に戻り、王城で下級騎士として働き出した。
正直言って納得できない。
エレンはすでに何年も王太子妃になるべく教育を受けていると言われていた。確かにそれは発表されていたわけではない。実は候補と思わしき令嬢は他にもいたのだがエレンの身分と優秀さを考えれば妥当だなところだ。
そもそも隣国とは長く交友関係を続けて来て、王太子殿下同士も良好な関係を築いていた。エレンも友人として親しくしていたはずだ。それが突然見初められた?
エレン自身は妃教育を受けているので隣国でもやっていけるだろう。だが我が国としては有能な人材を手放すのだから大きな損失になる。なによりも国王陛下はエレンを推していた。それなのにどうしてこんなことになったのか。
もう一人婚約者候補といわれていた令嬢はブリュー伯爵令嬢ライラ。殿下とは幼馴染で王妃は彼女を強く望んでいる。ただ王が反対しているので婚約者になるのは難しいと考えられていた。その辺りの貴族の力バランスについてはコンラッドにはよくわからないのだが、エレンがいなくなればライラが婚約者になりそうなものだ。
確かにライラを除く令嬢で家格や年齢を考えると一番の候補に挙がるのはマリオンだ。でも彼女は家を継ぐ予定だった。それを変更させてマリオンを指名した理由は…………。
王城の騎士の中でもマリオンが突然婚約者になったことは意外で色々な噂が流れていた。コンラッドはどうしても気になって調べたのだ。
そして分かったのは――クリフトンは社交界デビューをしたマリオンに一目惚れをしたということだった。
マリオンを手に入れるにはエレンが邪魔だ。親交のある隣国の王太子はかねてからエレンに思いを寄せていたが、クリフトンとの婚約が内定していると諦めていた。わざわざ国同士に波風を立ててまで求婚はしなかった。そこにクリフトンは目をつけた。正当な理由もなくエレンを妃候補から下ろしてはブラックストン公爵が納得しない。同等の地位をあてがう必要があった。そこで隣国の王太子とエレンの仲を自ら結び付けた。エレンもまた密かに隣国の王太子を慕っていたので、思いもよらぬチャンスがきたので乗っかったということだ。
そしてベイトソン公爵は愛人との子を堂々と嫡子に出来ると手放しで喜んでいる。公爵夫人は反発したらしいが王命であるし、娘が王太子妃になる栄誉を得られるのならと納得した。
みなが自分の望みを手に入れる。マリオンとコンラッド以外は……。
市井ではエレンの結婚について美談の恋物語として広まっている。クリフトンとエレンは今まで国の為に力を合わせて公務をこなしていたが、それは友人のような関係で恋仲ではなかった。隣国の王太子とエレンの秘めた気持ちに気付いたクリフトンが自ら二人の恋を手助けしたと言われている。
実際のところエレンとクリフトンは友人どころか性格が合わず、公式な場以外では目も合わせず話もしない険悪さだった。だからエレンにとっては僥倖だ。
ブリュー伯爵令嬢ライラを息子の婚約者にと王妃は熱望しているが最後まで王は許さなかった。下世話な噂だがなんでもブリュー伯爵は王妃の初恋の相手だそうだ。王が不快に思い認めないのは当然だろう。貴族内では有名だが国王夫妻も政略で愛のない夫婦だった。
ひとりもマリオンの気持ちを考えてくれる人間はいなかった。コンラッドとマリオンはクリフトンの望みを叶えるための犠牲になったのだ。
「くっそう!!」
二人とも心を通わせた。これから幸せに踏み出すという所でクリフトンがそれを奪った。たとえどれほど憤っても身分も金も権力も持たないコンラッドが、クリフトンからマリオンを取り返すことは出来ない。ただ離れた場所でマリオンの幸せを願い見守ること、それだけが自分の出来る唯一のことだった。それでも一度だけ励ますための手紙を彼女付きの侍女に託した。
コンラッドは騎士として王宮内の警備をしていた。妃教育のために城に通うマリオンを時々見かける。彼女は日に日に顔色が悪くなっていく。疲労がたまっているのだ。公爵家を継ぐ勉強と王太子妃のための勉強では圧倒的に妃教育の方が大変だ。さらに王妃はマリオンを嫌っている。ライラを息子の婚約者に出来なかった苛立ちをマリオンにぶつけている。それをクリフトンはフォローできていない。それなりにマリオンを気遣っているようだが心を開くには至っていない。このままでは彼女が倒れてしまう。慰めることも支えることも出来なくて歯がゆい。
夜会でマリオンとクリフトンが並ぶ姿は腸が煮えるような思いで見ていた。あそこは俺の場所だった。あの手を取るのは自分だったのに。マリオンはクリフトンに対し淑女の仮面を被り儀礼的な笑みを浮かべている。二人が相愛にならないことに安堵しながら、でもそれではマリオンは幸せになれないという葛藤があった。
マリオンはクリフトンに好かれていることに気付かない。そして権力に興味もなくただ与えられたクリフトンの婚約者という仕事をこなしているだけだった。次第にクリフトンはそれに苛立つようになりマリオンに冷たい態度を取る。
最低限の婚約者としての振る舞いはするが夜会などでは行動を別にして突き放す。しかもある時からライラと親しそうに過ごすようになった。今まで二人は幼馴染であっても公の場では誤解をされない距離を保っていたのに。貴族たちから見ればクリフトンがマリオンを疎んじているように見える。
でもコンラッドにはクリフトンがマリオンの関心を引こうとしているように見えた。嫉妬をさせるために稚拙な方法を選んだ。どう考えても悪手だ。立派な王太子だと思っていたがとんだクズだ。こんなことをしても絶対にクリフトンの思い通りにはならない。もしマリオンがクリフトンを愛していたとしても嫉妬するよりも彼の幸せを願い身を引くだろう。
(マリオンをいたずらに傷つけるのなら俺に返してくれ!!)
貴族たちはクリフトンの態度に同調しマリオンを軽んじ始めた。
ある日の夜会でクリフトンはダンスを終えるといつも通りにマリオンを放置した。するとそこにコンロン侯爵子息が近寄り声をかけている。彼は女癖が悪くて評判だ。それも自分より身分の低い女性を既婚未婚係わらず手を出しては騒ぎになっている。父親は息子に甘く金で話をつけてしまう。だから反省することなく調子に乗る。いくら蔑ろにしているという噂があるとはいえ、よりによって王太子の婚約者に手を出すなんて愚かすぎる。クリフトンが知ればこの男は大きな罰を受けるだろう。それは自業自得だがマリオンにとっては醜聞になるし何よりも怖い思いをする。コンラッドはすぐに移動し声をかけた。
「ベイトソン公爵令嬢。どうされましたか?」
マリオンは青ざめ震えていた。この腕に抱きしめて守りたいのに……。
「あ、たすけ」
「何でもない。体調を崩されたようなので静かな場所へ案内する所だ。騎士風情が余計な口出しをするな」
侯爵子息はマリオンを背に隠し誤魔化そうとした。見逃すつもりはない。
「コンロン侯爵子息。先日某子爵夫人との密会が見つかり夫の子爵と立ち回りがあったと記憶しています。いいのですか。このことを侯爵様が知ったらどうなるでしょうね?」
「父上に告げ口する気か? 卑怯な……」
卑怯なのはお前だと殴りかかりたいところだが騒ぎになるとまずい。何事もなかったようにマリオンを解放してやらないと。
「お前ほどではない。それに王太子殿下の婚約者に手を出したとなれば侯爵様も庇えまい。家がどうなるか想像したらどうだ?」
この男は頭が空っぽのようだ。マリオンが軽んじられているとはいえ手を出してはいけない相手だと分からないのか。さすがに息子に甘い侯爵も家門を引き換えにしてまで庇うことはあるまい。
「……どうせ殿下に見捨てられているくせに!」
コンラッドの言葉に悔しそうに顔を歪めると捨て台詞を吐いて去って行った。
「助かった……ありがとうございます」
マリオンは急に力が抜けたようにしゃがみ込んだ。ただでさえ王太子の婚約者として気を張り緊張し続けているのにクリフトンの冷ややかな態度で疲弊している。その上不埒者に言い寄られてはそうなって当然だ。
「大丈夫ですか? 王太子殿下のところまでお送りしましょう」
本当はマリオンを大切にしない男のもとになど送りたくない。だが安全であることは間違いない。
「いいえ、殿下のところではなく馬車止めに連れて行ってくれますか?」
「ですが……」
マリオンは悲しそうな表情で首を振り夜会会場から離れることを望んだ。
「お願いします」
「分かりました」
コンラッドはマリオンをそっと抱き上げた。マリオンは抵抗せずにコンラッドの胸に頭を預けるようにもたれかかった。このまま攫ってしまいたい。どこかの国に逃げて平民として静かに二人暮らしていけたら――。
馬車止めに着くまでお互いに無言だ。身分を考えればコンラッドには彼女の名前を呼ぶ事すらできない。もし攫って逃げてもクリフトンは執拗に追手をかけるはずだ。それに公爵令嬢として生きて来たマリオンが平民の暮らしに耐えられるとも思えない。
腕の中の体が微かに震えていることに気付き、マリオンの顔を覗くと涙を流していた。
「大丈夫か? いや大丈夫ではないな。怖い思いをしたんだ。それとすまないがハンカチは持っていない」
つい焦って言葉遣いが戻ってしまった。こんなときですら気の利いたことが言えず情けない。マリオンは一瞬きょとんとして少し表情を緩ませると自分で涙を拭った。
「大丈夫です。ありがとう」
マリオンの涙は止まっていたが顔色は悪いままだ。このままではマリオンは幸せになれない。コンラッドからマリオンを奪ったクリフトンが心の底から憎かった。
「ベイトソン公爵令嬢。どうぞお気をつけて」
「騎士様。助けてくださり本当にありがとうございました」
マリオンは騎士様と呼んだ。それが二人の関係だった。
コンラッドは頭を下げ彼女の乗る馬車を見送った。
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