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7.自信を持つのは大切なのです
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ブラッドは全力でシンシアの願いを叶えようとしてくれる。
「学校を増やして病院も欲しい……。たくさん望んで欲張りよね。我儘を言ってごめんなさい」
「これは我儘じゃない。私たちが成すべきことだ。日常の公務に追われ新にやるべきことがおろそかになっていた。それをシンシアが教えてくれたんだ。感謝しているし頼もしいと思っている。だけど個人的な我儘なら大歓迎だよ?」
甘く微笑む彼に胸がときめく。どうして私の婚約者はこんなに素敵なんだろう。誰にもあげない! そのための努力は何だってしてみせる。
自分の希望を伝えて丸投げにはしたくない。自分なりに方法を模索する。学校を作るための貴族たちの説得や予算はシンシアの領分ではない。父にブラッドの援護射撃だけは頼んでおく。何しろ平民のための施策は貴族たちが反発しやすい。筆頭公爵家が後押しをしていることをアピールしてもらうのだ。
まずは王家が主導となり王都から始め、手本となり他領が真似をしたいと思わせなければならない。結果を出さなければ理想を語るただの夢想家だ。
シンシアが考えたのは人材確保だ。当時十五歳のシンシアは王都の学園に通っていたがほとんどが貴族で一部平民もいた。お金がなければ通うことが難しい。困窮している貴族は通えないし、平民でも裕福な商人の子供がほとんどだ。奨学金を受ける生徒もいるが一学年に三枠しかない。少ないと思う。それを思えばやはり誰でも学べる場所は必要だ。
せっかく学園に通っても将来が決まらず卒業していく生徒は多い。家を継ぐ貴族や商人の子供はいい。嫡子でない多くの貴族の子女は文官または騎士を目指す。だが狭き門だ。騎士はともかく文官は身元確認が厳しいので優秀なだけではなれない。その人たちに教師という職業の選択肢を与えてはどうだろうか。現状、貴族たちが通う学園の教師になるためにはさらに大学を卒業し資格を得なければならない。
だが平民の読み書きや計算、一般教養を教えるのならばそこまでの学力がなくても対応できる。比較的幼い子の勉強をみることになるなら学園の卒業資格でも教えられるだろう。もちろん人柄は重要だ。平民の子供が学ぶ場で貴族が教師となり身分を笠に着ることもあるかもしれない。それに学園を卒業してからすぐだと人として未熟なままだ。研修制度と採用試験は必要だ。そしてそれなりの待遇を保証しなければなり手はいない。
学園に初めから教師を目指すための教室があればいいかもしれない。その考えをまとめておく。
ブラッドはすぐに陛下に相談し議会で貴族たちを説き伏せた。そして承認を得て王都の端ではあるが学校を建設した。最初の一校目だ。シンシアが提案してからたった二年でここまでこぎつけた。
ブラッドはシンシアの考えを採用し学園の卒業者から教師になりたいという希望者を募った。最初は基本となる読み書き、計算を教える人材を六人採用した。全員男性で文官を目指していたが採用試験に落ちてしまった人たちだ。試験に落ちても優秀な人材であることには変わりない。
その後、軌道に乗ったら専門職の技術や知識を与える教室も設けてはどうかという案が出た。子供たちの仕事の幅が広がる。とりあえず試験的ではあるが二つの専門教室を作った。
一つ目は裁縫を教える教室。糸や布は貴重なので貴族から寄付を募り集める。そして専門家を臨時職員として雇い講師をしてもらう。現役で工房で働く職人に声をかけた。そして必要な能力が身についたら工房への仕事を紹介する。
二つ目は大工の仕事だ。大工は弟子入りから始まるが最低限の知識を身につけておけば覚えやすい。引退した大工の棟梁に声をかけその授業を依頼した。その男性は若い新たな人材を育てられると喜び快く引き受けてくれた。
今はその二つだがいずれは看護の道や料理人の道を臨める教室を作れるといいと考えている。欲深いかも……。
一校目を無事に軌道に乗せ、王都に二校目の学校が開校された。二校目には新たな語学の専門教室を作った。今日はブラッドとそこに視察に行く。
「順調だと報告を受けているよ」
「ええ。楽しみだわ」
子供たちが楽しく勉強できていればこれほど嬉しいことはない。
馬車が学校の前に着くと校長先生が出迎えてくれた。彼はケイシー・エバンズ先生。彼とは以前からやり取りをしてその人柄を理解している。三十代半ばで幼い子を持つので父親のような目線で子供たちを見守ってくれている。
エバンズ先生は侯爵家の次男で文官として最初の学校の設立に尽力してくれた。彼の熱意を見たブラッドが二校目の校長を打診したに至る。もともと有能で公正な考えを持ち穏やかな人柄だ。侯爵家の出なので貴族から教師になった人が平民に対し差別をしないか監視し、問題があれば注意することができる。
「よくお越しくださいました。王太子殿下。シンシア様」
「エバンズ先生。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
ニコニコと先導するエバンズ先生のあとをシンシアはブラッドのエスコートで続く。教室は四つ。年齢別に分けている。一番小さい五歳から六歳の子供たちの部屋に向かった。教室の後ろから静かに入るが子供たちはすぐに振り向いた。
「こうちょうせんせいー。あっ、でんかとシンシアさまもー」
二十人いる子供たちは席を立ちあがるとシンシアとブラッドの周りに集まった。
「まだ授業中なのに……」と教壇で教師が苦笑いをしている。小さい子たちはちょっとしたことで集中力が切れてしまう。
「シンシアさま。わたしじぶんのなまえがかけるよー」
「ぼくもー」
「わたしも」
「そう、みんながんばったわね。すごいわ」
子供たちは誇らしげな顔で手を上げ報告してくれる。なんとも可愛らしい。その様子から楽しく学べていることが分かる。別の教室からも活気のある声が聞こえてくる。子供たちを授業に戻すと隣の教室に入った。
そこで教壇に立っていたのはシンシアと同じ年の女性だった。彼女はシンシアたちに軽く会釈すると授業を続ける。この教室の生徒は十四歳以上の子供たちなのでブラッドやシンシアを見て驚いても席を立ったりはしない。すぐに授業に集中した。新たに作った語学に力を入れている特別クラスだ。
その様子を後ろで眺めた。この教室は外国語を教えている。教師をしている女性は三か国語を正確に話すことができる。もちろん読み書きも完璧だ。これほど優秀な教師はいないだろう。それでも貴族の学園で女性は教壇に立てない。雑用や補助作業は許されるのに教師として採用できない。法律を変えなければ駄目なのだ。優秀であっても女性というだけで明らかな差別を受ける。でも平民用の学校では女性でも教師として採用できる。少しずつ女性の活躍できる場所を増やしていきたい。彼女は初めての女性教師だった。
名前はドリス。平民で奨学生としてシンシアと同じ学園で学んでいた。最終学年では教室も一緒だったが、彼女は目立たないように静かに本を読んで過ごしていた。シンシアはその立場から高位貴族の取り巻きがいた。将来の社交を見据えて無下にも出来ないし、友人はきちんと選んでいたので傲慢な振る舞いをする人はいない。
ドリスは成績優秀だがどこか自信なさげに見えた。彼女は商家の娘で反対する父親をどうにか説得して奨学生の権利を手に入れ入学したそうだ。父親は娘が貴族に見初められ結婚が決まれば家の利益になると思って入学を許したが、ドリスは内心そのことに反発していた。純粋に勉強が好きで学びたかった。特に外国の言葉に興味があったが平民が利用できる図書館では見れる本に限界がある。学園に入学できれば王宮図書館に入れる権利が得られる。ドリスは家の手伝いで店先に出ることがあり外国からの客も多くいた。その客に言葉を教えてもらい覚えていくうちに楽しくなった。ドリスには天賦の才があったようで一度聞いたり読んだりすれば覚えることができる。接客をしながら数か国語の言語を覚えた。もっといろいろ知りたいから学園に通いたいとこっそり奨学生の試験を受け見事合格した。
ところが父親は「女に学はいらない。可愛くしていればいい」と反対したが、ドリスの気持ちを知っている母親が「貴族様といい縁があるかも知れない」と取りなしてくれて入学できた。家では父親が絶対なのでドリスは否定されることが多く優れた能力を持っているのに自分に自信がなかったそうだ。
彼女と親しくなるきっかけ、それは――。
ある日ドリスが読んでいる本が気になってシンシアから声をかけた。
「ドリスさん。もしかして外国語を原文で読んでいるの?」
ドリスはびくりと体を強張らせた。背を丸め俯きながらボソボソと返事をする。
「はい。そうです」
悪事がバレたかのように怯えている。まるでシンシアが怖がらせているようで申し訳なくなる。貴族だからと委縮しているようだ。
「急に声をかけてごめんなさい。私今その国の言葉を学んでいるのだけれど、思うように覚えられなくて難航しているのよ。それですごいなと思って」
「そうでしたか……」
ドリスは話を終わらせたそうにしていたが気付かなかった振りをした。前世のマリオンだったら彼女の気持ちを読み取りそのまま引き下がるがシンシアは違う。
「ドリスさん。お願い。私に教えて下さい」
「え……え……え……?」
頭を下げて懇願する。できれば友人になりたいし外国語を教えて欲しい。強引で申し訳ないが押し切った。シンシアが頭を下げてしまったので立場的にドリスは断ることが出来なくなった。心の中で「ごめんね」と謝る。彼女に教えてもらうようになるとその能力の高さに驚いた。教え方も上手でシンシアもあっという間に上達した。最初は不安げにシンシアの顔色を窺っていたドリスも時間と共に笑顔を見せるようになった。
「ドリスさんはすごいわ。教え方も的確で覚えやすい。ドリスさんが先生になったら優秀な生徒が増えると思う」
「そうでしょうか? でも教師……なれたらいいな」
はにかみながら嬉しそうに笑うドリスは可愛らしく自信が垣間見えた。謙虚なことは美点だけど卑屈になってはもったいない。
前世の記憶を思い出してからシンシアはドリスとマリオンを重ねていた。十分なほど努力をして結果を出しているのに、それを身内や側で見ている人に認められない苦しみを知っている。一言でいいのにそれがもらえない寂しさ。ドリスにとってシンシアが、マリオンにとってのコンラッドのような存在になれたらいいなと思う。
ドリスの能力を家族が認めてくれればもっと自分に自信が持てただろうと思う。でもその分シンシアたちが認めればいい。そうすれば彼女の未来への可能性が大きく広がる。人に認められ必要とされることは新たな力が湧きより高みを目指すきっかけになる。自信という礎は自分の努力で築くけれど、それは人に認められることで育まれる。そうして己を誇り、顔を上げて堂々としてほしい。
「ドリスさん。今、平民のための学校の設立の話が進んでいるの。そして教師を募集しているのだけれど興味はない?」
「あります! でも父が……」
「それならお父様のことはみんなで説得していきましょう」
簡単には納得しないだろう。女性が男性と同じ立場で仕事をすることに抵抗がある人は多い。それに行き遅れになると心配するかもしれない。でも自信を持つことができた今、やりたいことは試させてあげたい。
早速校長先生に相談した。頭の固い教師は多いが校長先生は違う。
「ドリスさんはすごい能力があります! それに教師という仕事に興味を持ってくれています」
「それなら私が直接ドリスさんと面談して確認してみましょう」
校長先生は前向きに考えてくれた。上手くいけば初めての女性教師!! 彼女の意志を確認し、両親の許可が下りたら卒業後に採用試験と研修を行う。現在、試験と研修は校長先生と信頼できる先生たちでしてくれていた。まだ制度が整っていないからだ。
すでに一校目は開校しているがその先生たちのフォローも学園でしている。定期的に研修や相談を受け付けている。まだ手探りで失敗もあるかも知れないが一歩ずつ着実に進んでいることに手ごたえを感じる。
そして二校目の学校にドリスは教師として教壇に立ったのだ。
「学校を増やして病院も欲しい……。たくさん望んで欲張りよね。我儘を言ってごめんなさい」
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甘く微笑む彼に胸がときめく。どうして私の婚約者はこんなに素敵なんだろう。誰にもあげない! そのための努力は何だってしてみせる。
自分の希望を伝えて丸投げにはしたくない。自分なりに方法を模索する。学校を作るための貴族たちの説得や予算はシンシアの領分ではない。父にブラッドの援護射撃だけは頼んでおく。何しろ平民のための施策は貴族たちが反発しやすい。筆頭公爵家が後押しをしていることをアピールしてもらうのだ。
まずは王家が主導となり王都から始め、手本となり他領が真似をしたいと思わせなければならない。結果を出さなければ理想を語るただの夢想家だ。
シンシアが考えたのは人材確保だ。当時十五歳のシンシアは王都の学園に通っていたがほとんどが貴族で一部平民もいた。お金がなければ通うことが難しい。困窮している貴族は通えないし、平民でも裕福な商人の子供がほとんどだ。奨学金を受ける生徒もいるが一学年に三枠しかない。少ないと思う。それを思えばやはり誰でも学べる場所は必要だ。
せっかく学園に通っても将来が決まらず卒業していく生徒は多い。家を継ぐ貴族や商人の子供はいい。嫡子でない多くの貴族の子女は文官または騎士を目指す。だが狭き門だ。騎士はともかく文官は身元確認が厳しいので優秀なだけではなれない。その人たちに教師という職業の選択肢を与えてはどうだろうか。現状、貴族たちが通う学園の教師になるためにはさらに大学を卒業し資格を得なければならない。
だが平民の読み書きや計算、一般教養を教えるのならばそこまでの学力がなくても対応できる。比較的幼い子の勉強をみることになるなら学園の卒業資格でも教えられるだろう。もちろん人柄は重要だ。平民の子供が学ぶ場で貴族が教師となり身分を笠に着ることもあるかもしれない。それに学園を卒業してからすぐだと人として未熟なままだ。研修制度と採用試験は必要だ。そしてそれなりの待遇を保証しなければなり手はいない。
学園に初めから教師を目指すための教室があればいいかもしれない。その考えをまとめておく。
ブラッドはすぐに陛下に相談し議会で貴族たちを説き伏せた。そして承認を得て王都の端ではあるが学校を建設した。最初の一校目だ。シンシアが提案してからたった二年でここまでこぎつけた。
ブラッドはシンシアの考えを採用し学園の卒業者から教師になりたいという希望者を募った。最初は基本となる読み書き、計算を教える人材を六人採用した。全員男性で文官を目指していたが採用試験に落ちてしまった人たちだ。試験に落ちても優秀な人材であることには変わりない。
その後、軌道に乗ったら専門職の技術や知識を与える教室も設けてはどうかという案が出た。子供たちの仕事の幅が広がる。とりあえず試験的ではあるが二つの専門教室を作った。
一つ目は裁縫を教える教室。糸や布は貴重なので貴族から寄付を募り集める。そして専門家を臨時職員として雇い講師をしてもらう。現役で工房で働く職人に声をかけた。そして必要な能力が身についたら工房への仕事を紹介する。
二つ目は大工の仕事だ。大工は弟子入りから始まるが最低限の知識を身につけておけば覚えやすい。引退した大工の棟梁に声をかけその授業を依頼した。その男性は若い新たな人材を育てられると喜び快く引き受けてくれた。
今はその二つだがいずれは看護の道や料理人の道を臨める教室を作れるといいと考えている。欲深いかも……。
一校目を無事に軌道に乗せ、王都に二校目の学校が開校された。二校目には新たな語学の専門教室を作った。今日はブラッドとそこに視察に行く。
「順調だと報告を受けているよ」
「ええ。楽しみだわ」
子供たちが楽しく勉強できていればこれほど嬉しいことはない。
馬車が学校の前に着くと校長先生が出迎えてくれた。彼はケイシー・エバンズ先生。彼とは以前からやり取りをしてその人柄を理解している。三十代半ばで幼い子を持つので父親のような目線で子供たちを見守ってくれている。
エバンズ先生は侯爵家の次男で文官として最初の学校の設立に尽力してくれた。彼の熱意を見たブラッドが二校目の校長を打診したに至る。もともと有能で公正な考えを持ち穏やかな人柄だ。侯爵家の出なので貴族から教師になった人が平民に対し差別をしないか監視し、問題があれば注意することができる。
「よくお越しくださいました。王太子殿下。シンシア様」
「エバンズ先生。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
ニコニコと先導するエバンズ先生のあとをシンシアはブラッドのエスコートで続く。教室は四つ。年齢別に分けている。一番小さい五歳から六歳の子供たちの部屋に向かった。教室の後ろから静かに入るが子供たちはすぐに振り向いた。
「こうちょうせんせいー。あっ、でんかとシンシアさまもー」
二十人いる子供たちは席を立ちあがるとシンシアとブラッドの周りに集まった。
「まだ授業中なのに……」と教壇で教師が苦笑いをしている。小さい子たちはちょっとしたことで集中力が切れてしまう。
「シンシアさま。わたしじぶんのなまえがかけるよー」
「ぼくもー」
「わたしも」
「そう、みんながんばったわね。すごいわ」
子供たちは誇らしげな顔で手を上げ報告してくれる。なんとも可愛らしい。その様子から楽しく学べていることが分かる。別の教室からも活気のある声が聞こえてくる。子供たちを授業に戻すと隣の教室に入った。
そこで教壇に立っていたのはシンシアと同じ年の女性だった。彼女はシンシアたちに軽く会釈すると授業を続ける。この教室の生徒は十四歳以上の子供たちなのでブラッドやシンシアを見て驚いても席を立ったりはしない。すぐに授業に集中した。新たに作った語学に力を入れている特別クラスだ。
その様子を後ろで眺めた。この教室は外国語を教えている。教師をしている女性は三か国語を正確に話すことができる。もちろん読み書きも完璧だ。これほど優秀な教師はいないだろう。それでも貴族の学園で女性は教壇に立てない。雑用や補助作業は許されるのに教師として採用できない。法律を変えなければ駄目なのだ。優秀であっても女性というだけで明らかな差別を受ける。でも平民用の学校では女性でも教師として採用できる。少しずつ女性の活躍できる場所を増やしていきたい。彼女は初めての女性教師だった。
名前はドリス。平民で奨学生としてシンシアと同じ学園で学んでいた。最終学年では教室も一緒だったが、彼女は目立たないように静かに本を読んで過ごしていた。シンシアはその立場から高位貴族の取り巻きがいた。将来の社交を見据えて無下にも出来ないし、友人はきちんと選んでいたので傲慢な振る舞いをする人はいない。
ドリスは成績優秀だがどこか自信なさげに見えた。彼女は商家の娘で反対する父親をどうにか説得して奨学生の権利を手に入れ入学したそうだ。父親は娘が貴族に見初められ結婚が決まれば家の利益になると思って入学を許したが、ドリスは内心そのことに反発していた。純粋に勉強が好きで学びたかった。特に外国の言葉に興味があったが平民が利用できる図書館では見れる本に限界がある。学園に入学できれば王宮図書館に入れる権利が得られる。ドリスは家の手伝いで店先に出ることがあり外国からの客も多くいた。その客に言葉を教えてもらい覚えていくうちに楽しくなった。ドリスには天賦の才があったようで一度聞いたり読んだりすれば覚えることができる。接客をしながら数か国語の言語を覚えた。もっといろいろ知りたいから学園に通いたいとこっそり奨学生の試験を受け見事合格した。
ところが父親は「女に学はいらない。可愛くしていればいい」と反対したが、ドリスの気持ちを知っている母親が「貴族様といい縁があるかも知れない」と取りなしてくれて入学できた。家では父親が絶対なのでドリスは否定されることが多く優れた能力を持っているのに自分に自信がなかったそうだ。
彼女と親しくなるきっかけ、それは――。
ある日ドリスが読んでいる本が気になってシンシアから声をかけた。
「ドリスさん。もしかして外国語を原文で読んでいるの?」
ドリスはびくりと体を強張らせた。背を丸め俯きながらボソボソと返事をする。
「はい。そうです」
悪事がバレたかのように怯えている。まるでシンシアが怖がらせているようで申し訳なくなる。貴族だからと委縮しているようだ。
「急に声をかけてごめんなさい。私今その国の言葉を学んでいるのだけれど、思うように覚えられなくて難航しているのよ。それですごいなと思って」
「そうでしたか……」
ドリスは話を終わらせたそうにしていたが気付かなかった振りをした。前世のマリオンだったら彼女の気持ちを読み取りそのまま引き下がるがシンシアは違う。
「ドリスさん。お願い。私に教えて下さい」
「え……え……え……?」
頭を下げて懇願する。できれば友人になりたいし外国語を教えて欲しい。強引で申し訳ないが押し切った。シンシアが頭を下げてしまったので立場的にドリスは断ることが出来なくなった。心の中で「ごめんね」と謝る。彼女に教えてもらうようになるとその能力の高さに驚いた。教え方も上手でシンシアもあっという間に上達した。最初は不安げにシンシアの顔色を窺っていたドリスも時間と共に笑顔を見せるようになった。
「ドリスさんはすごいわ。教え方も的確で覚えやすい。ドリスさんが先生になったら優秀な生徒が増えると思う」
「そうでしょうか? でも教師……なれたらいいな」
はにかみながら嬉しそうに笑うドリスは可愛らしく自信が垣間見えた。謙虚なことは美点だけど卑屈になってはもったいない。
前世の記憶を思い出してからシンシアはドリスとマリオンを重ねていた。十分なほど努力をして結果を出しているのに、それを身内や側で見ている人に認められない苦しみを知っている。一言でいいのにそれがもらえない寂しさ。ドリスにとってシンシアが、マリオンにとってのコンラッドのような存在になれたらいいなと思う。
ドリスの能力を家族が認めてくれればもっと自分に自信が持てただろうと思う。でもその分シンシアたちが認めればいい。そうすれば彼女の未来への可能性が大きく広がる。人に認められ必要とされることは新たな力が湧きより高みを目指すきっかけになる。自信という礎は自分の努力で築くけれど、それは人に認められることで育まれる。そうして己を誇り、顔を上げて堂々としてほしい。
「ドリスさん。今、平民のための学校の設立の話が進んでいるの。そして教師を募集しているのだけれど興味はない?」
「あります! でも父が……」
「それならお父様のことはみんなで説得していきましょう」
簡単には納得しないだろう。女性が男性と同じ立場で仕事をすることに抵抗がある人は多い。それに行き遅れになると心配するかもしれない。でも自信を持つことができた今、やりたいことは試させてあげたい。
早速校長先生に相談した。頭の固い教師は多いが校長先生は違う。
「ドリスさんはすごい能力があります! それに教師という仕事に興味を持ってくれています」
「それなら私が直接ドリスさんと面談して確認してみましょう」
校長先生は前向きに考えてくれた。上手くいけば初めての女性教師!! 彼女の意志を確認し、両親の許可が下りたら卒業後に採用試験と研修を行う。現在、試験と研修は校長先生と信頼できる先生たちでしてくれていた。まだ制度が整っていないからだ。
すでに一校目は開校しているがその先生たちのフォローも学園でしている。定期的に研修や相談を受け付けている。まだ手探りで失敗もあるかも知れないが一歩ずつ着実に進んでいることに手ごたえを感じる。
そして二校目の学校にドリスは教師として教壇に立ったのだ。
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