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2章

21話 心

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「明日が怖いんだろう?」

「え、、そうだけど・・・。」

魔女
「明日の何が怖いんだい?」

「そりゃあ・・・、魔人の長に会って重い話をされることだろ。」

魔女
「魔人の長に会って、ね。
君が怖いのは、魔人の長と重い話のどっちなんだい?
それとも両方?」

あ。
ふと、何かに気が付いた。
気がする。
「・・・・・・」

魔女
「そこを履き違えてはいけないよ。」

「・・・魔人の長が怖いのはほんとだが、それよりも重い話が怖い。
正直、魔人の長と話すのは大した苦労じゃないと思う。
昨日といい今朝といい、あれだけ言われたら多少のトラウマにはなるけどな。」

魔女
「・・・いやぁ、今日私がお世話した甲斐があったよ。
少し、お話をしようか。
そんな重い話でもないから楽に聞いてほしい。」

「?」

魔女
「・・・今朝、魔人の長に痛みを要求しただろう。
あの件について、もう少し詳しく解説するよ。

さっき君は責任について学んだ。
その後に私はあなたに聞いたよね。
責任を自覚した君にはこの件がどう映る?って。
そこで君は無責任だと言った。

それは本当だ。
なぜなら、本来ガレンを殺した君の責任の取り方は、ガレンを殺したことを取り消すことでしかないからだ。
しかし、君が彼を殺したことによって、彼は当然だが死人となった。
死人に口無しって全くその通りだよ。

過去に戻る力がないならどうしてきたか。
覚えてるでしょ?
何らかのもので代償を払う。

しかし彼を殺してしまっては、過去に戻る力のない君には責任の取りようが全くないことになってしまう。
彼の望む代償がわからないからね。
というか一つ限りの命を差し出してまで得たいものなんてそうそうないと思うよ。

だからもし仮に生きたまま死後の世界にでも行ったとして、彼に『死んで償え』って言われたのならそれで初めて君の死が彼の死と関係を持つようになる。

それを知る前の君は、自分の死と彼の死の関係を無理に結び付け、それに留まらず自分だけは死なないときた。
それは恐らく初めて魔人の長と会ったときに彼が『痛みを想像したか』って言葉が理由なんだろうけど、私の推測だとあの君は無意識に魔人の長に痛みを与えられることで彼を殺した責任から解放されようとしていたように思える。
朝一番に彼に会いに行ったのは、責任から早く解放されたかった。
まぁ実際はそれも見透かされて怒鳴られて、って感じだったけどね。

つまり、君は逃げていたんだよ。
自分でも気が付いたと思うけど。

あの答え、君が導き出した『痛みを知ること』で責任を取るという回答は全く持っての不正解だ。
『責任』の際限ない重さから逃げていたからね。


しかし、今の君は明日という最悪の日を前にしても逃げ出していない。

断言しよう。

明日が君の生涯におけるターニングポイントとなる。
明日を境に君の生活、君が生きる理由は大きく変わることだろう。

・・・それだけ大きなことが明日、打ち明けられる。

それでも君は逃げていない。
明日そこへ行かないという選択肢は君の意思にはない。
君の意思は明日を生き抜くことを考える。
だからこそ、恐怖という感情が生まれる。

もし君が明日という恐怖に屈し、ここを逃げ出して町に行けばこの恐怖もそのうちすぐに消え去るだろう。
しかし君はその恐怖に立ち向かう。
逃げることなく明日という日をここで待っている。

誇ると良い。
恐怖とは、戦っている証だ。

君は今戦っているんだよ。
対するは己の脳だ。
時に心と脳は反対の答えを導き出す。

己の心を信じると良い。

明日まで屈するな。
それが君の勝利条件だ。」

「・・・心、か。
つまり、この恐怖はあって良いってことか?」

魔女
「あぁ、そうだとも。」

「・・・そうか。」

心が少し落ち着いた気がする。

魔女
「君の唇が震えていたりするのも、そのせいだ。
脳はあらゆる手を使って心に訴えかける。
それはやめておけ、その先は危険だ、ってね。
それも仕方ない。
なぜなら、脳の第一優先は常に『死なないこと』だからね。」

「でも、なんで心と脳が対立するんだ?」

魔女
「ふむ。
さっき言った通り、脳は死なないことを目的とする。
言い換えれば恐怖を避ける、とかかな。
では、心はどうだろうか。
心もまた、脳と密接に絡み合っている。
しかし、心は脳とは分離されたものである。
死なないことを目的としているわけじゃないからね。
脳には『死なない』という役割が初めに組み込まれる。
しかし、心にはそんな役割はない。
心の役割は基本自由なんだよ。
その役割は君たちがつける。
心を育むとか、心動かされるっていうのはこれに関連しているよ。
しかし、大半の人の心は脳が本気で止めにかかった時に心が屈してしまう。
命の危機が迫った場面で味方を裏切って自分だけ生き残る、とかね。
あれはつまり、脳が心を支配下に置いたことにより、仲間との信頼よりも自らの命を優先する、といった場面だ。
これの是非は問わない。
それはこの話には関係ないからね。

しかし、例外もある。
例えば、自らを犠牲にしてまでほかの命のために死ぬ、とかあるでしょう?
ほら、どこぞの魔人みたいにさ。
あれはつまり、彼の心は己の死を目前にしても、脳に心を飲まれなかったってことなんだよ。
脳が至る全ての手を使って心を支配しようとしても、それを全て払い除ける。

これが如何に難しいか、わかるかい?
いや、わからないだろう。
理解の及ぶような易しいものじゃない。

でも、いつか君にもそうなって欲しいと思っているよ。
確固たる意志を持つ人間にね。」

「・・・要するに、脳には死なないことっていう役割があるが、心はそれがない。
いざという時になると脳が心を支配しようとしてくるが、それを払い除けることができるだけの心があれば、両者が対立することになる、って感じで良いのか?」

魔女
「まあ、そんな感じかな。
心と脳が反対の判断を下すのは、いざという時だけって訳ではないけど、あくまでも反対の反応を示す1つの例として取り上げただけだよ。
身近なもので例えるとわかりやすいでしょう?」

「ま、まあ

でもなんで心に従うんだ?
脳に従ってはいけない理由は何なんだ?」

魔女
「まず、心に従うというわけではない。
私の言う心とは、君の意志や欲望の総称だよ。
普段から君たちの心には、脳が密接に絡み合う。
お腹が空いた、眠い、楽しい、面白くない、とかね。
これらはおおよそが脳に関係した心だ。
しかし、その中に心だけの独立した意志が混ざっている。
その意志を聞くべきだ、ってことだよ。」

「・・・あんま、よく分かんねえや。」

魔女
「そうだろうね。
まあ、次第にわかってくると思うよ。」

「・・・でも、とりあえずこの恐怖が悪いものじゃない、誇っていいことはわかったよ。」

魔女
「そうかそうか。 
君は良くできるな。
私の話を理解する人間なんてそういないよ。」

「それはよかった。
これからここで生活するのに相手のことをわからないようじゃ厳しいからな。」

魔女
「そうだね。

まあ、もう寝なさい。
一応そのお茶は快眠効果が期待できる。
明日を迎えるのが怖いかもしれない。
それでも眠りなさい。
どうしてもできないようなら、自分の体に注意を向けてみなさい。
徹夜明けの疲労が一気に来るから大丈夫。
すぐ眠れるよ。
おやすみ。」

「そうか。
ありがとう。
おやすみ。」

そのあともう一度横になったとき、昨日寝なかった分のツケが一気に来た。

おやすみ。
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