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2章

第25話

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《FRside》

 暖かい陽気に包まれながら、熱くも冷たくもないちょうどいい温度の紅茶を飲む。爽やかな香りが鼻から抜けていくのを感じながら、美味しい茶葉だと満足気に頷く。円卓のテーブルの目の前に座るのは、ユリアナ。胸元を大きく見せたドレスを身に纏った彼女は、いつもよりも何倍も美しく見えた。今日は束ねられていない、風に揺れる長い黒髪を見つめていると、ユリアナがふとこちらの視線に気がつく。ニコッと微笑んだユリアナが、口を開いた。

「危険な目にあったそうね?」
「あ、あぁ、うん…まぁね?」
「まさかリンヤがあんな行動に出るなんて、さすがに私も思ってなかったわ」

 はぁ、と深く溜息をつくユリアナ。
 ユリアナの言う通り、俺も全然予想していなかったことだ。真夜中にリンヤ様に連れ去られるなんて誰が想像する?もう二度とあんな目にはあいたくない…。月日が経てば経つほど、静かで慎ましい人生は逃げて行く気がする。早いところとっ捕まえなければ…!
 あの夜からは、既に七日が経っている。リンヤ様は果たして大丈夫なんだろうか。

「オレにもお茶注いでくれよ」

 隣から聞こえた声に思わず「ひっ!」と声を上げる。四つある椅子のうちの一つに腰掛けて、空のカップを手に持った一人の人物。リンヤ様だった。ん?リンヤ様か?

「随分、やられたのね…」
「謹慎で済んだオマエからしたらそうだろうな」

 パンパンに顔を腫らし、覗いている肌には鞭の痕が。その服の下には一体どれほどの傷が隠されているか分からない…。どうやら死刑は免れたらしいけれど、その分拷問じみた罰を受けたようだった。明らかに危害を加える目的だったユリアナよりも、連れ去り二度と戻れないようにと目論んだリンヤ様の罪の方が重いのか…。まだいまいちエウデラード一族の罪の重さが分からない。
 とりあえずリンヤ様の傷を治そうかと手を差し伸べると、リンヤ様に拒否をされる。

「その施しを受ければ更に七日、オレは拷問部屋に閉じ込められる」
「えっ!?」
「アルトリウスにそう言われたんだよ」

 綺麗な黒髪をガシガシと掻き毟って、俺をチラリと見るリンヤ様。
 こんな痛々しい傷を見て放っておけなんて。あまりにも酷いけれど、仕方のないことか。アルに見つかったらリンヤ様はもちろん、俺だってタダじゃ済まない。

「すまなかったな、無理に、連れ出して…」
「え?」
「もうあんなことはしねぇから安心しろ」

 そう言って、恥ずかしそうな顔をした。さすがにリンヤ様もあの件に関しては悪いと思っているらしい。もうあんな目にあうことはないだろうと、俺はホッと胸を撫で下ろす。
 好きだと言ってくれたことは単純に嬉しかったけど、やっぱり恋は怖いな…。前回の俺のように、そしてリンヤ様やユリアナのように、人をも変えてしまうんだから。間違ってももう二度と前世の自分のようにはならないようにしないと。改めて、俺はそう決意をする。

「そういえば、お母様と仲直りできたんですか?」
「……………まぁな。リンカの墓参りも行った」
「やっとあなたも次期当主としての自覚を持つのね」
「はぁ?んなもんいらねぇだろ」
「何を言ってるのよ。いるに決まってるでしょう!」

 売り言葉に買い言葉。言い合いを繰り広げるリンヤ様とユリアナを見つめる。意外とこの二人、いいカップルになるんじゃないか?と俺は思う。だけどまぁ、二人共分家を継ぐことになっているし、それは有り得ないことなのかな。そんなことを考えていると、遠くの方から子供たちの騒ぐ声が聞こえてきた。

「ちょっとみんな!そっちはっ、」

 きゃはきゃは、とはしゃぎながら顔を出したのは、二人の子供たち。そして、それを必死に止めようとしているのは見知った顔の青年だった。しまった、と言った表情が全く隠せていない。

「アイツ…」

 リンヤ様がボソッと呟く。その声を聞いた青年は、ビクッとあからさまに体を震わせた。子供たちも同様に、顔を真っ青にして焦っている様子だ。
 青年は、エルダ・アーディ・エウデラード様。アーディ・エウデラード家次期当主だ。ピッタリと切り揃えられた前髪に、青紫の双眸。誰がどう見ても美青年だと言いきれるエルダ様は萎縮した様子だった。そんな姿に、ユリアナは呆れたように溜息を吐く。

「エルダ。あなたもエウデラード一族の分家の次期当主なのだから堂々としてなさい」
「ゆ、ユリアナ、さん…」

 エルダ様と、傍らの子供たちは、どう見ても俺たちに怯えている。ユリアナの言葉にさえ、動揺してしまっているなんて。エルダ様のお母様はもっと、なんて言うか、凄い積極的そうな女性だった気がするんだけど。
 子供たちも、エルダ様とよく似ている。妹君と弟君だろう。

「よかったらお菓子食べる?」

 俺がそう問いかけると、子供たちは目をキラキラと輝かせてこちらを見ている。だが、エルダ様はブンブンと首を横に振って頭を何度も下げた。

「け、結構です!お気遣いありがとうございます!では!」

 子供たちをヒョイッと抱き上げて、光の速さで消えてしまったエルダ様。アル含め曲者が多いエウデラード一族。その中でも模範とも言えるエルダ様の姿に、少しばかり違和感を感じながらも気のせいだと思い、要らぬ考えを吹っ飛ばした。
 とりあえず一難去ってまた一難。更にその一難も去ったし、今度こそ静かで慎ましい人生を望めそうだ。そう思った俺は、再び紅茶に口を付けたのであった。





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2章完結です!
長い間お付き合いくださりありがとうございました。
次回は3章に突入します!
これからもよろしくお願いします✨
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