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1章
第21話
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《FRside》
ラティアス兄様から衝撃的な事実を聞いた俺は、しばらく放心状態だった。アルが殺したなんて嘘だと思いたかった。だけど、嫌な予感がして仕方がない。首元のネックレスを見つめてアルを思う。
もうすぐでアルが訪ねて来る時間だ。バルコニーから夜空を眺める。星々が輝く中、アルはいつもと同じように軽々と柵を登って来た。俺たちの合間に肌寒い風が吹く。
「アル、教えて」
只ならぬ雰囲気に何かを感じ取ったのか、アルは何も言わずに俺の声に耳を傾けた。
「母を殺したのは、あなたなの?」
驚愕に包まれた表情。心なしか、少しだけアルの唇が震えている。
お願い。嘘だと言って。殺すわけがないって、たった一言それだけでいい。お願い、アル。
「……………」
アルは、唇をきゅっと紡いで静かに首を縦に振った。絶望にも似た感情。体は震え、足は竦む。視界が霞んで段々とアルが見えなくなる。悲しさと辛さと、行き場のない怒り。どうしたらいいか分からず立ち竦む俺に、アルは一歩近づくととある物を手渡してきた。一本の美しい短剣。一目見て分かった。母の形見で、俺が自ら命を絶ったときに使った短剣だということを___。
「今日は王妃の追悼式だろ。だから、これを渡しに、そして全部話しに来た」
アルは、目を伏せて寂しそうに呟く。ゆっくりと俺の手にその短剣を握らす。
もともと、このつもりだったんだ。だから、母の追悼の日を知っていたんだね。元から全部話すつもりで、受け入れてもらえるかも分からないのに。
「あの日、俺は初めて人を殺した。おまえの母の、愛人を。信じられないかもしれねえが、王妃には国王と結婚する以前に恋人がいた。身分の低い騎士だった。王妃は国王、当時の王太子に見初められて、無理に恋人と別れさせたんだ」
信じられない話だけど、アルの言葉はすんなりと頭の中に入ってきてしまう。まるで、俺の本能がこの話は全て本当だとでも言っているように。
母の愛人は、元は恋人だった。二人の愛に割って入ったのは、父様の方だ。他に好きな人がいたから、俺たちを愛してくれなかったんだね、母様。
「王妃は国王と結婚して三人の子供を授かったが、誰一人として愛してなかった。レディオン・レ・グリテッタという愛している人がいたからな。二人は長い間愛人だったが、あるとき王妃は愛人の子を孕んだ」
涙が、止まらない。短剣を握り締める手が震える。
母は、愛する人との子を身籠った。愛してなどいない男との子である俺たちよりも、その子を選んだんだ。当たり前だよ。誰だってそうするだろう。それなのに、胸が張り裂けそうなくらいに痛い。俺にとってはたった一人の母だから。顔を覚えていないとはいえ、切っても切れない関係なのに。母は、俺たちを捨てて愛人とその子と生きることを決意した。悲しいけど、強い女性だよ。
「王妃と愛人は駆け落ちを決めた。国境を越えグラディドール大帝国に向かう途中…忘れもしねえ、あの雨の日。俺と当主は二人の乗る馬車を襲撃した。馬を逃がし、使用人を殺した。異常に気づいて真っ先に飛び出してきた愛人を躊躇なくこの手で殺したんだ」
「…母様は、?」
「おまえが持っているその短剣で、孕んでいる子と共に自害した」
最後まで、強い人。父様に屈して一度は諦めたはずなのに、死ぬかもしれないと分かっていても危険な道を選んだ。愛する人と愛する我が子と共に生きられるかもしれない僅かな希望にかけて。母と俺はやっぱり似ている。前回は自害したし、今回は母と同じ道を歩もうとしている。
「本当はその短剣を国王に渡すつもりだった。だが、おまえが持っていた方が、いいだろ」
アルは短剣に視線を向けてそう言った。刀身だけでなく、鞘まで美しいその短剣をぎゅっと握り締める。また、これに触れるときが来るなんて。母と、そして俺の命を刈り取った短剣。それを握り締めながら目の前の青紫の瞳を見つめる。温情は忘れずとも、暗殺に私情は挟まないエウデラード家。必ず依頼を出す人間が裏側にいる。俺は泣き腫らした目をそのままに、アルに問いかけた。
「依頼を、出したのは誰?」
「………答えられねえ」
少しの沈黙の後、首を左右に振ってそう言ったアル。アルは、俺のこと好きなんでしょう?俺たち、恋人同士なのに?アルが直接手にかけてなくとも実質母を殺したのはアルなのに。そんな非情なことをさせたのは誰なの。言えないの?もうわけが分からない。俺にさえも秘密にするなんて…。
明らかに冷静さを欠いた俺は、アルの頬を思いっきり打ってしまった。躱すことなど容易いはずなのに、わざと叩かれるその態度にも腹が立った。自分勝手、そんなの俺が一番分かっている。行き場のない悲しみや怒りを愛する人にぶつけてしまう。
「二度と顔も見たくない」
こんなこと言いたかったわけじゃないのに。俺が自身の言葉を否定する前にアルは小さく謝罪をする。そして一瞬でその場から姿を消してしまった。お揃いで買った、エメラルドグリーンのネックレスをその場に置き去りにして。
「行かないで…」
アル、ごめんなさい。酷いこと言ってごめんなさい。今夜は、傍にいて欲しかったんだ。
頭上で忌々しく光る星々が静かに俺を嘲笑っている気がした。
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ラティアス兄様から衝撃的な事実を聞いた俺は、しばらく放心状態だった。アルが殺したなんて嘘だと思いたかった。だけど、嫌な予感がして仕方がない。首元のネックレスを見つめてアルを思う。
もうすぐでアルが訪ねて来る時間だ。バルコニーから夜空を眺める。星々が輝く中、アルはいつもと同じように軽々と柵を登って来た。俺たちの合間に肌寒い風が吹く。
「アル、教えて」
只ならぬ雰囲気に何かを感じ取ったのか、アルは何も言わずに俺の声に耳を傾けた。
「母を殺したのは、あなたなの?」
驚愕に包まれた表情。心なしか、少しだけアルの唇が震えている。
お願い。嘘だと言って。殺すわけがないって、たった一言それだけでいい。お願い、アル。
「……………」
アルは、唇をきゅっと紡いで静かに首を縦に振った。絶望にも似た感情。体は震え、足は竦む。視界が霞んで段々とアルが見えなくなる。悲しさと辛さと、行き場のない怒り。どうしたらいいか分からず立ち竦む俺に、アルは一歩近づくととある物を手渡してきた。一本の美しい短剣。一目見て分かった。母の形見で、俺が自ら命を絶ったときに使った短剣だということを___。
「今日は王妃の追悼式だろ。だから、これを渡しに、そして全部話しに来た」
アルは、目を伏せて寂しそうに呟く。ゆっくりと俺の手にその短剣を握らす。
もともと、このつもりだったんだ。だから、母の追悼の日を知っていたんだね。元から全部話すつもりで、受け入れてもらえるかも分からないのに。
「あの日、俺は初めて人を殺した。おまえの母の、愛人を。信じられないかもしれねえが、王妃には国王と結婚する以前に恋人がいた。身分の低い騎士だった。王妃は国王、当時の王太子に見初められて、無理に恋人と別れさせたんだ」
信じられない話だけど、アルの言葉はすんなりと頭の中に入ってきてしまう。まるで、俺の本能がこの話は全て本当だとでも言っているように。
母の愛人は、元は恋人だった。二人の愛に割って入ったのは、父様の方だ。他に好きな人がいたから、俺たちを愛してくれなかったんだね、母様。
「王妃は国王と結婚して三人の子供を授かったが、誰一人として愛してなかった。レディオン・レ・グリテッタという愛している人がいたからな。二人は長い間愛人だったが、あるとき王妃は愛人の子を孕んだ」
涙が、止まらない。短剣を握り締める手が震える。
母は、愛する人との子を身籠った。愛してなどいない男との子である俺たちよりも、その子を選んだんだ。当たり前だよ。誰だってそうするだろう。それなのに、胸が張り裂けそうなくらいに痛い。俺にとってはたった一人の母だから。顔を覚えていないとはいえ、切っても切れない関係なのに。母は、俺たちを捨てて愛人とその子と生きることを決意した。悲しいけど、強い女性だよ。
「王妃と愛人は駆け落ちを決めた。国境を越えグラディドール大帝国に向かう途中…忘れもしねえ、あの雨の日。俺と当主は二人の乗る馬車を襲撃した。馬を逃がし、使用人を殺した。異常に気づいて真っ先に飛び出してきた愛人を躊躇なくこの手で殺したんだ」
「…母様は、?」
「おまえが持っているその短剣で、孕んでいる子と共に自害した」
最後まで、強い人。父様に屈して一度は諦めたはずなのに、死ぬかもしれないと分かっていても危険な道を選んだ。愛する人と愛する我が子と共に生きられるかもしれない僅かな希望にかけて。母と俺はやっぱり似ている。前回は自害したし、今回は母と同じ道を歩もうとしている。
「本当はその短剣を国王に渡すつもりだった。だが、おまえが持っていた方が、いいだろ」
アルは短剣に視線を向けてそう言った。刀身だけでなく、鞘まで美しいその短剣をぎゅっと握り締める。また、これに触れるときが来るなんて。母と、そして俺の命を刈り取った短剣。それを握り締めながら目の前の青紫の瞳を見つめる。温情は忘れずとも、暗殺に私情は挟まないエウデラード家。必ず依頼を出す人間が裏側にいる。俺は泣き腫らした目をそのままに、アルに問いかけた。
「依頼を、出したのは誰?」
「………答えられねえ」
少しの沈黙の後、首を左右に振ってそう言ったアル。アルは、俺のこと好きなんでしょう?俺たち、恋人同士なのに?アルが直接手にかけてなくとも実質母を殺したのはアルなのに。そんな非情なことをさせたのは誰なの。言えないの?もうわけが分からない。俺にさえも秘密にするなんて…。
明らかに冷静さを欠いた俺は、アルの頬を思いっきり打ってしまった。躱すことなど容易いはずなのに、わざと叩かれるその態度にも腹が立った。自分勝手、そんなの俺が一番分かっている。行き場のない悲しみや怒りを愛する人にぶつけてしまう。
「二度と顔も見たくない」
こんなこと言いたかったわけじゃないのに。俺が自身の言葉を否定する前にアルは小さく謝罪をする。そして一瞬でその場から姿を消してしまった。お揃いで買った、エメラルドグリーンのネックレスをその場に置き去りにして。
「行かないで…」
アル、ごめんなさい。酷いこと言ってごめんなさい。今夜は、傍にいて欲しかったんだ。
頭上で忌々しく光る星々が静かに俺を嘲笑っている気がした。
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