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第59話
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《TBside》
祝勝祭のパーティーから数日が経った。
おれの予想通り、アルフェンロード大帝国とグラディドール大帝国に、《剣聖》ライドニッツ卿がオルドガルド大公家嫡男に婚約を申し込んだという話が広まった。しかも、グラディドール皇帝が、ライドニッツ卿におれと婚約を締結するまで帰って来なくていいという内容の手紙を出したらしい。
ライドニッツ卿が長期に渡って、アルフェンロード大帝国の皇都に滞在することとなった。そのため、皇帝陛下は何かと忙しいおれのために、ライドニッツ卿の接待役を解消してくれた。
これまでの経緯を考えながらオルドガルド大公家邸宅の廊下を歩いていると、ドスッと何かにぶつかる。
「わっ…」
こんな場所に物なんてあったっけ?と思いながら額を擦る。スっと目を開くと、そこには逞しい肉体が…。まさか、と思って見上げると、魅惑的な炎の瞳と目が合った。
「ら、ランス…」
蚊の鳴くような声で、目の前の男の名を呼ぶ。
こうして面と向かうのは随分と久々な気がする。それもそうだ。ランスに告白されたあの夜から、おれが徹底的にランスを避けているから…。
邸宅内で会っても、言葉も交わさず一方的に逃げる。わざと帰宅時間をずらす。用があって皇宮に行くこととなっても、ランスが来ないことを確認する。ランスが部屋を訪ねて来ても居留守を装う。あまりの徹底ぶりにマリアやフェオ、エリノアにまで引かれたが、仕方のないことだったのだ…。
ランスを見ていると、何て言うか、胸の辺りがモヤモヤして痛くなる。会うと気恥ずかしくて顔も見れないため、仕事に支障を出させないためには、避けるしかない…。
それなのに、おれとしたことが…。
「兄さん、あの」
ランスが口を開いた瞬間に、おれは逃亡を決意する。
「ごめん!今急いでるからまた今度!」
ランスの言葉に被せるようにそう叫んで、一気に走り出す。どこにも寄り道せず走り続け、自室に入ってガチャリと鍵をかける。あれ以上追ってこようともしないランスに、心の底から安堵した。あそこで引き留められていたら…真っ赤な顔が見られてしまう______。兄として、こんなだらしのない顔を見せるわけにはいかない。
大きく息を吐いて、自身を落ち着かせる。
「ティファニベル様」
「うわっ!!!」
突如かけられた声に、思わず叫び声を上げる。目の前には、エリノアの姿があった。キョトンとした顔をしておれを見つめている。
「な、何でいるの…」
「御報告があるのでこの時間にお伺いします、と昨日伝えたはずですが」
「あ、あれ…そうだったっけ?」
おれの言葉に、エリノアは大きく溜息をついてふいっと視線を逸らした。しっかりしてくれよ、とでも言いたげな顔だ。
おれは気を取り直して、椅子に座る。本題に入るよう促されたと判断したエリノアは、おれの目の前に立ち何枚かの書類をテーブルに置いた。
「エーデルワイス大公家についての報告です」
書類をペラペラと捲りながら、ザッと目を通す。
「人嫌いで有名なエーデルワイス大公が、まさかこんなにもいろんな貴族と面会してるなんて…」
「はい、皇帝陛下の正式な場以外にはほとんど顔を見せないエーデルワイス大公が、最近になって様々な貴族と面会をしています。恐らくその魂胆は…」
「おれとランスの結婚の話だね」
エリノアは、気まずそうに頷いた。
エーデルワイス大公が動き始めたのは、ちょうどおれとランスの結婚の話が出始めた頃。目的は、エーデルワイス大公家末息子とランスを結婚させること。そのためには、まずおれとランスを引き離さなければならない。まず最初に、時が来たら兄弟だからという理由でおれとランスの結婚を反対するように、面会した貴族共に頼んだのだろう。あのエーデルワイス大公家の頼みを断るバカは、アルフェンロード大帝国にはいない。
そして、ベストなタイミングでおれに求婚するライドニッツ卿が現れた。時が来たら、とはまさにその瞬間だろう。
つまり、時は満ちたのだ。
もう少しおれとライドニッツ卿の噂が広まったら、おれとランスとの結婚に反対する輩が出てくる。
「もしかして、ライドニッツ卿にも面会してたりする?」
「いいえ。その事実はありません。さすがのエーデルワイス大公も他国の守護神に手を出すことはしないでしょう。今はの話ですが」
エリノアの言う通り。アルフェンロード皇帝の客人でもあるライドニッツ卿に、私情でエーデルワイス大公が手を出すことは危険しかない。あのライドニッツ卿の機嫌を損ねてしまえば、いくらエーデルワイス大公と言えど許されることではないからだ。しかし、おれとランスの結婚を反対する貴族共が多く出てきたら…接触する可能性もある。上手く行けば、ライドニッツ卿はおれと結婚でき、エーデルワイス大公家末息子はランスと結婚できるから…。
「引き続きよろしく頼むよ」
「承知致しました」
エリノアは一礼すると、部屋を出て行く。一人になった部屋で、おれは頭を抱え込んだ。
社交界の反対を押し切ってランスと結婚した先に、おれの幸せがないとしたら…。未来の幸せのためには、ライドニッツ卿と結婚することも視野に入れなければならない。それは分かっているのに、エーデルワイス大公家の末息子なんかにランスを取られたくない…。
「一体何なの…。この気持ちは…」
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祝勝祭のパーティーから数日が経った。
おれの予想通り、アルフェンロード大帝国とグラディドール大帝国に、《剣聖》ライドニッツ卿がオルドガルド大公家嫡男に婚約を申し込んだという話が広まった。しかも、グラディドール皇帝が、ライドニッツ卿におれと婚約を締結するまで帰って来なくていいという内容の手紙を出したらしい。
ライドニッツ卿が長期に渡って、アルフェンロード大帝国の皇都に滞在することとなった。そのため、皇帝陛下は何かと忙しいおれのために、ライドニッツ卿の接待役を解消してくれた。
これまでの経緯を考えながらオルドガルド大公家邸宅の廊下を歩いていると、ドスッと何かにぶつかる。
「わっ…」
こんな場所に物なんてあったっけ?と思いながら額を擦る。スっと目を開くと、そこには逞しい肉体が…。まさか、と思って見上げると、魅惑的な炎の瞳と目が合った。
「ら、ランス…」
蚊の鳴くような声で、目の前の男の名を呼ぶ。
こうして面と向かうのは随分と久々な気がする。それもそうだ。ランスに告白されたあの夜から、おれが徹底的にランスを避けているから…。
邸宅内で会っても、言葉も交わさず一方的に逃げる。わざと帰宅時間をずらす。用があって皇宮に行くこととなっても、ランスが来ないことを確認する。ランスが部屋を訪ねて来ても居留守を装う。あまりの徹底ぶりにマリアやフェオ、エリノアにまで引かれたが、仕方のないことだったのだ…。
ランスを見ていると、何て言うか、胸の辺りがモヤモヤして痛くなる。会うと気恥ずかしくて顔も見れないため、仕事に支障を出させないためには、避けるしかない…。
それなのに、おれとしたことが…。
「兄さん、あの」
ランスが口を開いた瞬間に、おれは逃亡を決意する。
「ごめん!今急いでるからまた今度!」
ランスの言葉に被せるようにそう叫んで、一気に走り出す。どこにも寄り道せず走り続け、自室に入ってガチャリと鍵をかける。あれ以上追ってこようともしないランスに、心の底から安堵した。あそこで引き留められていたら…真っ赤な顔が見られてしまう______。兄として、こんなだらしのない顔を見せるわけにはいかない。
大きく息を吐いて、自身を落ち着かせる。
「ティファニベル様」
「うわっ!!!」
突如かけられた声に、思わず叫び声を上げる。目の前には、エリノアの姿があった。キョトンとした顔をしておれを見つめている。
「な、何でいるの…」
「御報告があるのでこの時間にお伺いします、と昨日伝えたはずですが」
「あ、あれ…そうだったっけ?」
おれの言葉に、エリノアは大きく溜息をついてふいっと視線を逸らした。しっかりしてくれよ、とでも言いたげな顔だ。
おれは気を取り直して、椅子に座る。本題に入るよう促されたと判断したエリノアは、おれの目の前に立ち何枚かの書類をテーブルに置いた。
「エーデルワイス大公家についての報告です」
書類をペラペラと捲りながら、ザッと目を通す。
「人嫌いで有名なエーデルワイス大公が、まさかこんなにもいろんな貴族と面会してるなんて…」
「はい、皇帝陛下の正式な場以外にはほとんど顔を見せないエーデルワイス大公が、最近になって様々な貴族と面会をしています。恐らくその魂胆は…」
「おれとランスの結婚の話だね」
エリノアは、気まずそうに頷いた。
エーデルワイス大公が動き始めたのは、ちょうどおれとランスの結婚の話が出始めた頃。目的は、エーデルワイス大公家末息子とランスを結婚させること。そのためには、まずおれとランスを引き離さなければならない。まず最初に、時が来たら兄弟だからという理由でおれとランスの結婚を反対するように、面会した貴族共に頼んだのだろう。あのエーデルワイス大公家の頼みを断るバカは、アルフェンロード大帝国にはいない。
そして、ベストなタイミングでおれに求婚するライドニッツ卿が現れた。時が来たら、とはまさにその瞬間だろう。
つまり、時は満ちたのだ。
もう少しおれとライドニッツ卿の噂が広まったら、おれとランスとの結婚に反対する輩が出てくる。
「もしかして、ライドニッツ卿にも面会してたりする?」
「いいえ。その事実はありません。さすがのエーデルワイス大公も他国の守護神に手を出すことはしないでしょう。今はの話ですが」
エリノアの言う通り。アルフェンロード皇帝の客人でもあるライドニッツ卿に、私情でエーデルワイス大公が手を出すことは危険しかない。あのライドニッツ卿の機嫌を損ねてしまえば、いくらエーデルワイス大公と言えど許されることではないからだ。しかし、おれとランスの結婚を反対する貴族共が多く出てきたら…接触する可能性もある。上手く行けば、ライドニッツ卿はおれと結婚でき、エーデルワイス大公家末息子はランスと結婚できるから…。
「引き続きよろしく頼むよ」
「承知致しました」
エリノアは一礼すると、部屋を出て行く。一人になった部屋で、おれは頭を抱え込んだ。
社交界の反対を押し切ってランスと結婚した先に、おれの幸せがないとしたら…。未来の幸せのためには、ライドニッツ卿と結婚することも視野に入れなければならない。それは分かっているのに、エーデルワイス大公家の末息子なんかにランスを取られたくない…。
「一体何なの…。この気持ちは…」
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