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第54話
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《TBside》
ランスが北部への戦争に向かってから、約一月が経っていた。
今日は、午前に仕事を粗方片付けて、午後からはお茶会を開いていた。
「事業は順調?」
「えぇ。あなたのおかげで…。本当に感謝してもし切れないわ。ありがとう。ティファニベル」
目の前には、深みのあるワインレッドの髪を美しく纏め上げ、髪色と同じ色の瞳を優しく細める淑女の姿が_______。
「おれは何もしてないよ。レミルアナと御家族の力だ」
レミルアナ・メリー・エリザ・カーデリアン。彼女は伯爵家ではなく、侯爵家の御令嬢である。
もうあの頃のカーデリアン伯爵令嬢は、思い出せない。本来の姿となったカーデリアン侯爵令嬢に、最早もう誰も勝ち目はない。
皇帝陛下より陞爵を命じられ、侯爵家となったカーデリアン家。託児所の経営が軌道に乗り、皇都だけでなく様々な地域に託児所を建設して、多くの民たちの暮らしを助けている。最近では、カーデリアン侯爵家の事業が他国でも話題となり、ぜひうちの国にも!との申し出がたくさんあるのだとか。
平民第一に考える託児所を経営する侯爵家の娘として、相応しい姿となったレミルアナ。もう彼女とはすっかり友人だ。
「そう言えば、医者の育成学校に通い始めたの」
「あ~、噂は聞いてるよ。ラフィコン侯爵家のところでしょう?」
「さすが…。話が早いわね」
レミルアナは関心したように、女神のように微笑んだ。
ラフィコン侯爵からいろいろと話は聞いていた。カーデリアン侯爵家令嬢が医者の育成学校に通い始めたと。その理由は、複雑な病気を抱える幼き子たちの命を助けたいと思ったからだそうだ。立派な理由だよ、本当に。しかも、ラフィコン侯爵によると、レミルアナはとても筋が良いらしい。覚えもよく、このまま順調に学べば飛び級で卒業することも可能なのだとか。
どこかの大公令嬢とは物凄い差だな…。あ、もう大公令嬢じゃなくて奴隷だったか。
「オルドガルド次期大公の噂も凄いわよね」
「ランスの…?」
「あのライドニッツ卿と双璧を築いているらしいわ」
レミルアナの言葉に、おれは頷く。
五万の軍勢のリディガーラ王国軍がたった一万のアルフェンロード大帝国軍に攻め入った。アルフェンロード大帝国軍が劣勢かと思われたが、ランス率いる一万の軍勢とライドニッツ卿の活躍により、見事戦況は一転。瞬く間にリディガーラ王国軍は破滅に追い込まれた。更に数日前、ランスとライドニッツ卿がリディガーラ王国に攻め入ったらしく、もうそろそろ戦争も終わりを迎えるらしい。
「ライドニッツ卿…。一体どんな御方なのかしら。一目でいいから見てみたいものだわ」
「皇都に帰ってきたときに見れるんじゃない?ほら、祝勝祭のパーティーに出席されるらしいし」
おれの言葉にレミルアナは目を見開いて驚いた。「それよ…!」とも言わんばかりの顔だ。
戦争に勝利した暁には、必ず皇帝陛下の名で祝勝祭が開かれる。選りすぐりの貴族らが皇都に招待され、軍人たちの勝利を祝うものだ。ライドニッツ卿も援軍の代表として出席するだろうし、もちろん一時的とは言え北部総司令官を務めたランスも出席する。ランスの兄であり、最有力の婚約者候補ということになっているおれももちろん出席だ。今回は、ライドニッツ卿の接待役でもあるしね…。
レミルアナは民からの人気が物凄いし、時の人でもあるから招待されるだろう。そのときには、ライドニッツ卿のことを見ることができる。
「何?レミルアナ。もしやライドニッツ卿のことが気になるの?」
「ふふ、バカね、ティファニベル。《剣聖》ともなれば誰でも一目見たいものよ。私もその一人に過ぎないわ」
フッと鼻で笑い飛ばしたレミルアナ。
レミルアナの言う通り、ライドニッツ卿を一目でいいから見たい!と思う貴族は多い。女性も、男性もだ。
結婚の適齢期になりながらも、未だ独身を貫いているライドニッツ卿に取り入ろうと思う令嬢方ももちろん多くいる。今回の祝勝祭のパーティーは、ライドニッツ卿を狙う令嬢方にとってはまたとないチャンスなのだ。
「そーかなぁ…?」
「何よ。その探るような目は…」
「いーや、別に?」
人の悪い笑みを浮かべてニヤニヤとレミルアナを見つめる。心底不快そうに眉間に皺を寄せたレミルアナは、おれから視線を逸らして紅茶の入ったカップを手に取った。
ライドニッツ卿に求婚されているおれが言うのも何だけど、レミルアナとライドニッツ卿は結構お似合いだと思うんだけどね。《剣聖》の当主に嫁ぐには、レミルアナは適任だ。聡明で、心優しく、ここ数月で別人のように大人の女性へと成長した。そんなレミルアナをぜひ嫁にしたいと婚約を申し込んでくる御子息方もいるくらい。だけどレミルアナは、忙しいからとそれを全て断っている。男に媚びない性格も、また男を虜にするんだろう…。罪な女性だ。
「あなたこそ、オルドガルド次期大公とどうなの?」
「え?」
「社交界で二人が結婚するって噂が広まってるわ。あなたたちを密かに狙っていた御令嬢や御子息が、悲しみに嘆いてるって話よ」
レミルアナの言葉に、おれは小さく息を吐いた。
ランスはともかく、おれを狙ってる人なんているわけ?どうせ大半が起業家で投資家のベル目当てでしょ。
「ここだけの話。ガラクシア公爵令嬢に聞いたんだけど…あなたたちの結婚の話を聞いて、これまで沈黙を貫いてきたあのエーデルワイス大公家が動き出したらしいわ」
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
嫌な予感を感じて、おれは現実を逃避するようにそっと瞼を下ろした。
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ランスが北部への戦争に向かってから、約一月が経っていた。
今日は、午前に仕事を粗方片付けて、午後からはお茶会を開いていた。
「事業は順調?」
「えぇ。あなたのおかげで…。本当に感謝してもし切れないわ。ありがとう。ティファニベル」
目の前には、深みのあるワインレッドの髪を美しく纏め上げ、髪色と同じ色の瞳を優しく細める淑女の姿が_______。
「おれは何もしてないよ。レミルアナと御家族の力だ」
レミルアナ・メリー・エリザ・カーデリアン。彼女は伯爵家ではなく、侯爵家の御令嬢である。
もうあの頃のカーデリアン伯爵令嬢は、思い出せない。本来の姿となったカーデリアン侯爵令嬢に、最早もう誰も勝ち目はない。
皇帝陛下より陞爵を命じられ、侯爵家となったカーデリアン家。託児所の経営が軌道に乗り、皇都だけでなく様々な地域に託児所を建設して、多くの民たちの暮らしを助けている。最近では、カーデリアン侯爵家の事業が他国でも話題となり、ぜひうちの国にも!との申し出がたくさんあるのだとか。
平民第一に考える託児所を経営する侯爵家の娘として、相応しい姿となったレミルアナ。もう彼女とはすっかり友人だ。
「そう言えば、医者の育成学校に通い始めたの」
「あ~、噂は聞いてるよ。ラフィコン侯爵家のところでしょう?」
「さすが…。話が早いわね」
レミルアナは関心したように、女神のように微笑んだ。
ラフィコン侯爵からいろいろと話は聞いていた。カーデリアン侯爵家令嬢が医者の育成学校に通い始めたと。その理由は、複雑な病気を抱える幼き子たちの命を助けたいと思ったからだそうだ。立派な理由だよ、本当に。しかも、ラフィコン侯爵によると、レミルアナはとても筋が良いらしい。覚えもよく、このまま順調に学べば飛び級で卒業することも可能なのだとか。
どこかの大公令嬢とは物凄い差だな…。あ、もう大公令嬢じゃなくて奴隷だったか。
「オルドガルド次期大公の噂も凄いわよね」
「ランスの…?」
「あのライドニッツ卿と双璧を築いているらしいわ」
レミルアナの言葉に、おれは頷く。
五万の軍勢のリディガーラ王国軍がたった一万のアルフェンロード大帝国軍に攻め入った。アルフェンロード大帝国軍が劣勢かと思われたが、ランス率いる一万の軍勢とライドニッツ卿の活躍により、見事戦況は一転。瞬く間にリディガーラ王国軍は破滅に追い込まれた。更に数日前、ランスとライドニッツ卿がリディガーラ王国に攻め入ったらしく、もうそろそろ戦争も終わりを迎えるらしい。
「ライドニッツ卿…。一体どんな御方なのかしら。一目でいいから見てみたいものだわ」
「皇都に帰ってきたときに見れるんじゃない?ほら、祝勝祭のパーティーに出席されるらしいし」
おれの言葉にレミルアナは目を見開いて驚いた。「それよ…!」とも言わんばかりの顔だ。
戦争に勝利した暁には、必ず皇帝陛下の名で祝勝祭が開かれる。選りすぐりの貴族らが皇都に招待され、軍人たちの勝利を祝うものだ。ライドニッツ卿も援軍の代表として出席するだろうし、もちろん一時的とは言え北部総司令官を務めたランスも出席する。ランスの兄であり、最有力の婚約者候補ということになっているおれももちろん出席だ。今回は、ライドニッツ卿の接待役でもあるしね…。
レミルアナは民からの人気が物凄いし、時の人でもあるから招待されるだろう。そのときには、ライドニッツ卿のことを見ることができる。
「何?レミルアナ。もしやライドニッツ卿のことが気になるの?」
「ふふ、バカね、ティファニベル。《剣聖》ともなれば誰でも一目見たいものよ。私もその一人に過ぎないわ」
フッと鼻で笑い飛ばしたレミルアナ。
レミルアナの言う通り、ライドニッツ卿を一目でいいから見たい!と思う貴族は多い。女性も、男性もだ。
結婚の適齢期になりながらも、未だ独身を貫いているライドニッツ卿に取り入ろうと思う令嬢方ももちろん多くいる。今回の祝勝祭のパーティーは、ライドニッツ卿を狙う令嬢方にとってはまたとないチャンスなのだ。
「そーかなぁ…?」
「何よ。その探るような目は…」
「いーや、別に?」
人の悪い笑みを浮かべてニヤニヤとレミルアナを見つめる。心底不快そうに眉間に皺を寄せたレミルアナは、おれから視線を逸らして紅茶の入ったカップを手に取った。
ライドニッツ卿に求婚されているおれが言うのも何だけど、レミルアナとライドニッツ卿は結構お似合いだと思うんだけどね。《剣聖》の当主に嫁ぐには、レミルアナは適任だ。聡明で、心優しく、ここ数月で別人のように大人の女性へと成長した。そんなレミルアナをぜひ嫁にしたいと婚約を申し込んでくる御子息方もいるくらい。だけどレミルアナは、忙しいからとそれを全て断っている。男に媚びない性格も、また男を虜にするんだろう…。罪な女性だ。
「あなたこそ、オルドガルド次期大公とどうなの?」
「え?」
「社交界で二人が結婚するって噂が広まってるわ。あなたたちを密かに狙っていた御令嬢や御子息が、悲しみに嘆いてるって話よ」
レミルアナの言葉に、おれは小さく息を吐いた。
ランスはともかく、おれを狙ってる人なんているわけ?どうせ大半が起業家で投資家のベル目当てでしょ。
「ここだけの話。ガラクシア公爵令嬢に聞いたんだけど…あなたたちの結婚の話を聞いて、これまで沈黙を貫いてきたあのエーデルワイス大公家が動き出したらしいわ」
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
嫌な予感を感じて、おれは現実を逃避するようにそっと瞼を下ろした。
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