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〖146〗名前
しおりを挟む夜が深けても、彼は会いに来てくれなかった。
シオンは部屋を抜け出した。
地下に行く途中の長い廊下で、固めた決意は、すぐに萎んでいった。
最近、毎夜のように同じベットで眠っていた彼が、来てくれない。
いくら馬鹿でも、それが何を意味するのかくらい分かる。
ジェイは今、自分に会いたくないのだ。
しつこくしたら嫌われてしまうかもしれない。
シオンは進行方向を変えた。
とても眠れそうにない。
デッキに向かい、黒い海を眺める。
自分がとてもちっぽけで、どうでも良い存在のように思えた。
待つしかない。
では、いつまで待てばいいんだろう。
待っている間に、忘れられてしまうかもしれない。
女々しいことばかり考えてしまう。
「ジル·····」
懐かしい名前を呟いてみる。
彼はたしかに、ここにいる。
じゃあ、どうしてこんなに寂しいんだろう。
胸のざわめきに気が付かないふりをする。
恐ろしいことに気づいてしまいそうだった。
(僕は、なにを·····)
静かな足音が近づいてきた。
振り返るよりも先に、すぐ後ろに気配を感じる。
肩に軽い重みが加わった。
「シャツ一枚じゃ、冷えるだろ」
ドキリと心臓がはねる。
隣に立った男は、シオンにかけてやった上着の袖を胸の前で結んだ。
会いに行くことを躊躇っていたのがあほらしく思えてくるほど慣れたそれだ。
シオンは仮面の奥の瞳を見つめた。
顔が見たい。
伸ばした手は、舞踏会の時と同じように掴み返された。
ほっとしている自分がいた。
知る必要が無い。
彼の素顔も、目的も。
だって彼は、ジルなんだから。
それだけが全てでいい。
「ヤドカリ食べる」
のどの奥に熱を感じながら、呟く。
「必要ない」
ジェイは軽く首を振った。
"くだらない"
突き放すように言われた言葉を思い出す。
「嫌いになったから?」
お門違いなことを聞いているのはわかっている。
けれど、目の前の男が、シオンには懐かしい人にしか見えていなかった。
ジェイが、体ごとこちらを向く。
「·····昼間から」
声音は訝しげにも聞こえた。
「なんで、そんなことばっかり気にするんだ?」
星明かりの下で、白髪がなびく。
長い指が頬を撫でる。
ガラス細工にでも触れるような感じだ。
彼はなんでも望みを叶えてくれる。逃げ出したいとさえ言わなければ、まるで壊れ物のように自分を大事にしてくれる。
時折感じるのは、矛盾。
彼と自分の間に、埋まらない溝を感じる。
ジルは、もっと────。
シオンは強く首を振った。
「ううん」
やっぱり、今夜は会わない方が良かったのかもしれない。
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