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〖88〗嫌だ
しおりを挟む怯え逃げるだけの人生など嫌だ。
彼らと出会うまでは考えることもなかった、ジルを待つ以外の生きる理由。
それを見つけた。
大きな一歩で扉の中へ進む。
土の柔らかさを想像していた地面はしっかりと固かった。真っ暗な洞窟が、先が見えないほど奥へ続いていた。
国の内側へと、内密に出入りするためだけに作られたような抜け道だ。
ガチャン、と、後ろから扉の閉まる音がする。
シオンは、光が一切ない暗闇の中で、やっと壁へ手を着いた。
壁を頼りに真っ直ぐ進む。
最初こそ恐る恐る進んでいたが、10分もすればペースは息をあげるほど急ぎ足になっていた。
出口はあるのだろうか。不安になるほど、長い間走り続けた。
裸の足が痛い。
目を開けているかどうかさえわからなくなってきた頃だった。
涼しい風が吹き抜けた。
行き先から、このはの擦れる音がする。
「!」
小さな光が見えた。
月光だ。シオンはほっと息をついて、ふたたび走り出した。
濡れた土を踏みしめる。
扉を抜けると、森の中へ放り出された。
ガサリ。
大きな音がする。シオンは飛び上がった。
葉のこすれる音ではない。月の光を頼りに、当たりを見渡す。
木陰から、背の高い男を見つけた。
無気力な立ち姿だ。
足元に、肉の塊が転がっている。
「…っ」
木の枝を踏んでしまい、立ち止まる。
こちらを振り返った相手は、白い首元をゆっくりと傾げた。
一人の男が夜のバルコニーから月を眺めていた。
「ミイラ取りがミイラだな」
呟いたリヒトが、金の瞳を横へ流す。
「…」
バルコニーに影が1つ増えた。
──まさか、この自分が先手を打たれるなど、ありえない。
姿を現したもう1人の表情は、そう言いたげだった。
エドワードは舌打ちを落とした。
後をつけていたターゲットに気づかれ、上手く巻かれた。
ディアゼルの幹部になってから初のしくじりだ。相手は戦闘民族の末裔だというが、ただ単にその血を受け継いでいるだけではないらしい。
「初めから気づかれてたんだ」
諦めたように言うエドワードの視線が会場に向けられる。
「エルなら今頃ディナーを頬張っている所だ」
探している人物は図星だったようだ。エドワードは、リヒトの言葉に眉を顰めた。
「相変わらず、お前は表情に出易いのが難点だ」
ここ最近、彼の視線の先は、大抵1人の少年に注がれている。
「お前はエルを…」
「あのさぁ」
落ち着いたリヒトの声を、エドワードの乾いた声が遮る。
「ふざけたこと言うなよ。この俺が…」
あんな餓鬼に、どうにかなる訳がない。
「そうか」
リヒトはあっさり頷いた。
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