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〖83〗誘惑
しおりを挟む知的な瞳が蒸気している。
反対側の首筋に、濡れたものが這われた。
「レディー」
気さくだったバレンの声は、いつの間にか危うい蜜を含んでいる。
「俺たちなら、ここから連れ出して差し上げられますよ」
紐が完全に解かれ、締め付けられていた腹が開放される。
シオンは慌てふためいて、抵抗すら叶わなかった。
二人の言葉は冗談には聞こえない。
彼らについていけば、この恐怖から開放されるかもしれない。
なぜなら、もうきっとあの4人に会うことは──。
「う…」
「う?」
俯いたシオンがボソリと呟く。バレンは聞こえた1文字を反復し、シオンをのぞきこんだ。
「うわあああああ!」
「えっ、レディ…──ぶっ」
突然奇声を発しながら勢いよく顔を上げたシオンの頭に、バレンの顎が思い切り殴りつけられる。
「ご令嬢、どうか落ち着い…」
立ち上がりざま、今度は意図せずテイラーの足を踏み付けてしまった。
「う"っ」
「わぁっ?!あ、えっと·····!」
自分でやっておきながらこの状況に1番驚いているのは自分自身だ。たじろぐも、事後である。
「ご、ごめんなさい!」
謝罪の捨て台詞を吐き、シオンは部屋から一目散に逃げ出した。
軽い足音が遠ざかってゆく。部屋に残された2人は、どちらからともなく顔を見合わせた。
「…」
「…」
鏡に自分を映したような相手の顔は、狐につままれたかの如く間抜け面だ。
「ふっ……あっははは!」
耐えきれず大きな笑い声を上げたのは、バレンの方だった。
暫く呆然としていたテイラーも、参ったと首を振る。
「…見事な踵落としだな」
「くっ…っあははは!ああ、せっかくおさまってきたのに!ははっ…はー、あぁ~、腹が痛い…」
「それはそうと」
テイラーは、腹を抱えて苦しそうに笑い続けるバレンの片手から、あるものを奪い取った。
「全く不思議な"ご令嬢"だ」
黒く輝く石が姿を現した。
いくつもの屈折が光を取り込み、怪しげに光る宝石だ。
「我らが[[rb:女神の泪 > ヴィーナス・ティアー]]」
「全く!」
叫んだバレンの声は、いつになく楽しげだった。
「何度驚かせれば気が済むんだ!」
「……」
テイラーが宝石を懐に仕舞う。シオンの消えた扉は、軋みながら完全に閉まった。
この世には、秘宝に導く人間が存在するという。
宝を追い求めるものは誰もが彼に惹かれ、選ばれし者は必然的に彼と出会う運命にある。
知らず知らず口角が吊り上がる。
ビリビリと感じる感覚は、確信にも似たものだった。
「俺たちも行こう。ボスに報告だ」
「せっかちっすね~」
1回目の公演を終え、ホールは賑わいを増し始める。
2人は夜の闇へと姿を消した。
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