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〖64〗地図
しおりを挟む「えっと·····」
それじゃあ自分はこれで、と、この場を離れたくなるが、そういう訳にも行かない。
「参加者の人ですか?あの、時間とか···」
大丈夫かな、というシオンの声は尻すぼみに消える。
話を聞いているのかすら分からない。
彼の眼はこちらを映していない。ガラスのような瞳には、何も映っていないみたいだ。
「えぇっと·····」
とりあえず、地図を開く。
あの、と、何度か彼を呼ぶ。相手はこちらすら見なくなってしまった。
「あ·····あの!!」
高い声がコンクリートに反響した。
白銀のまつ毛が逆立つ。
ぱっとこちらを見下ろした彼の迫力ある美形に、シオンは思わず飛び上がった。
虚ろな視線が、今度はこちらをじっと捉える。
なんとも言えぬ気味の悪さを感じながら、地図を広げる。
「どこに行くつもりでしたか?」
返事はない。
ふと、頭上に影が落ちた。
見上げた先に、真っ赤な瞳があった。青年はシオンの顔をのぞきこみ、これでもかと言うほど距離を縮め凝視していた。
「これ、地図···」
あまりの近距離に、瞬きを忘れる。後ずさるシオンを、彼は不思議そうに眺めていた。
言葉が分からない異邦人を相手にしている気分だ。いや、分別のつかない幼児にも近いかもしれない。
これではいつまで経っても進まない。
「名前」
シオンは短い言葉と単語で意思疎通を測った。
「教えて」
「······························」
ダメだ。
溜息を落としかけた時。
「·····───オ·····」
「え?」
透き通った声が聞こえた。
まるで寝起きのような、優しい響きだ。シオンは驚いてから、聞き返した。
「なんて?」
「──ミオ」
「ミオ?」
彼はなんの反応も示さなくなる。
ミオ。男にしては珍しく可愛らしい名前だ。
「ぼ···──私はエルシャ、えっと···ミオはコロシアムに参加するの?」
注意を逸らさないよう目を見つめたまま聞く。
程なくして、彼はゆっくり瞬きした。
頷いたようにも見えた。
シオンは再び地図を開いた。
「参加者は、地下からフィールドに上がるんだって。だから、ここの道を真っ直ぐ行って、2つ目の角を·····」
いや、これは通じない気がする。先程の経験から察したシオンは、説明を辞めた。
しかし、地下に女と子供は立ち入り禁止。
ついて行くことも出来ない。
「ちょっと待ってて」
その場にしゃがみこむ。
舌で指の腹を舐め、土を擦る。それを何度も繰り返しながら、地図上にフィールドまでの道を書く。
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