海賊団に攫われた貧民〖イラストあり〗

〖61〗名前

「お前は？」


リヒトが誰かに声をかける。


「まだだ」


短い返答はリアムのものだった。


扉の閉まる音がした。
先程のアナウンスから察するに、リヒトはコロシアムへ向かったのだろう。

それにしては、随分素っ気ないやりとりだ。
命をかけて戦いに行くと言うのに、心配では無いのだろうか。

思わず寝たフリをしてしまったが、一言くらい声をかければよかった。
今更になって後悔の念が押し寄せる。


「いつまで狸寝入りしてんだよ」


呆れたような声が言うので、シオンはそっとそちらを振り返った。
バレていたのだ。


半裸のリアムがいた。
鍛え上げられた身体が、髪から滴り落ちた水滴を弾く。
シャワーを浴びたところだろうか。昨日この身体に抱かれたのだと思うと、軽くパニック状態にりそうだった。


「·····。」


リアムは、何か言いたげにこちらを見てから、ふいと視線を逸らした。


「·····？」


少し肌寒くて、シーツを引き寄せる。

テーブルの上のパンを片手に取ったリアムは、立ったままそれを丸かじりし始めた。

2人きりの空間。何か話しかけようと話題を考えるが、彼はさっさと扉の方へ向かって行ってしまう。
まさか、彼もコロシアムへ向かうのだろうか。
シオンは焦って口を開く。
そうして言葉を選びあぐねているときだった。


「リアムでいい」


夜風のような声が告げる。


「長ったるい呼ばれ方は好きじゃねえ」


返事をする前に、バタンと扉が締まる。
部屋はしんと静まり返った。

昨日の、アレだ。


「·····リアム·····」


そっと声に出してみる。
なんとなく照れくさい。けれど、嬉しい。


「へへ」


こうしてはいられない。
参加者の連れであれば、コロシアムの観戦は許されている。
もちろん向かうのだ。おぼつかない足でシャワー室へ向かうシオンは、まだ扉の向こうにいた彼に呟きを聞かれていたなんて、もちろん知らない。
せっせこと女装を済ませ、最後にコンタクトをつける。
十数分もすれば支度は整った。

コロシアムは城壁と城壁を挟まれた大きなドームで、既に入口の外には、観戦の資格をもたぬ住民たちが群を作っている。

受付の男に話しかけると、参加者の名前とホテルの部屋番号、そしてスペアキーを確認された。


「こちらの紙にサインをお願いします」


無愛想な声が分厚い紙とペンを取りだし、シオンへと手渡す。

流れ弾などによる怪我や失命、ドーム内での揉め事の保証は一切しないという誓約書だ。

背中に悪寒を感じながらも、それに了承のサインをする。