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〖4〗約束
しおりを挟む「·····ジル?」
「シオン、いるのか?!」
ジルが叫ぶ。
シオンは彼の名前を叫び返した。
ベッドの隙間から、褐色の足首が覗いた。
「逃げるぞ!」
エメラルド色の瞳が視界がいっぱいに飛び込んでくる。
シオンは首を振った。
足がすくんで動かないのだ。
「行けない·····」
そう言うのが精一杯だった。
わけもわからぬ状況で、絶望のどん底に立たされていた。
「シオン」
嗚咽は激しくなってゆく。
力強い手がシオンの手を掴みあげた。
見上げた先には透き通るようなエメラルド。精悍な顔立ちが、一心にこちらを貫いていた。
「俺がいる!」
ジルが更に強くシオンの手を引く。
シオンはジルの手を握り返した。
飛び越えた死体を振り返り、つまづいた身体を抱きとめられる。2人の少年は炎と瓦礫の間を縫って、崩れゆく街を抜けた。
林を超えると、人々の声が聞こえてきた。
「こっちだ!」
海岸に船やボートが待機していた。
生き延びた住人達が村から逃げるところだ。
「シオン、先に行って」
掴んでいた手が離れる。
シオンは首を傾げた。
「家に、父さんたちがいる」
煤まみれのジルの顔がいつものように笑ってみせた。
水面に浮かんだ月の光で、褐色の頬が輝いて見える。
シオンは強く首を振った。
「嫌だ!」
1人でなんて、無理だ。
「じゃあ、僕も一緒に戻る」
また泣き出しそうだった。
「やだよ、ジル、居なくならないで、死んだら嫌だよ·····」
彼を失うなんて、耐えられるはずがない。
「シオン」
彼の声に呼ばれると、周りの騒音は遠のくようだった。
ジルが、シャツの胸ポケットから何かを取り出す。
彼はそれをこちらへと差し出した。
「受け取って」
「·····?」
シオンの手に握られたのは、錆び付いた硬貨。
直径4センチ程の分厚い鉛には、何やら文字が彫り込まれていた。
「肌身離さず、これを持っていて。そうすれば·····どこにいても、きっとシオンを見つけ出すから」
ずしりと重い。シオンはそれを両手で握りしめた。
「約束しよう」
ジルがシオンの小指に自身の小指を絡ませる。
力強い瞳は緑に揺れる炎のようだ。
彼は誓った。
「必ず迎えに行く」
「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!」
道端の商人たちの声が通りを過ぎ、店中まで賑やかにする。
客の楽しげな話し声を縫い、シオンはせっせことグラスを運んでいた。
「あ、こっちこっち!」
常連の客がヒラヒラと手を振る。
「はい、ただいま!」
大きな声で返事をし机に3つのグラスを置くが、そうすると今度は3つのテーブルから注文が飛ぶ。
それを聞き付け思い出した客のせいで、注文の声は止まない。
シオンはカウンターへと踵を返した。
昼間から賑わう酒屋。
今年40を迎えるヘンリー夫婦の店だ。
8年前、生き残った住民とシオンは、長い流浪の末、この村に辿り着いた。
当時幼いシオンを引き取ってくれたのは、子供のいないヘンリー夫婦。
故郷よりもずっと貧しい国だ。
働いた金は殆どが国に徴収されてしまう。
移民や難民は最大限働くことを義務とされ、娯楽を許されなかった。
しかし、決して不幸ではなかった。
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