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2.ラヤ

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『ユスティーツィア 』。
身元、正体は一切不明。突如現れ、以降金持ちの家だけを狙い盗みを働いては、金や食材を民へばら撒いている謎の義賊団である。

彼らのことを、貧しい民達は救世主と呼び称えた。
傲慢な主の地に住む者達は、皆養分同様に金や作物を搾取される。納められなければ労働力として家族を売る他ない。

逆らえば反逆者と見なされ一家ともども皆殺し。
モハマドも例になく、ナタール一帯を牛耳る小領主だった。


「ねえ、また貴族の家が襲われたんだって」

「今度は領主様の邸宅らしい」

「今回も犠牲者はいないんだって?」


昨夜の出来事は瞬く間に広がり、ある生地屋の前では、夜の仕事を終えた女達が話題に花を咲かせていた。


「なんて恐ろしいの」


1人の乙女が叫ぶのと同時に、笑いが巻き起こる。
皆幼い頃から飢えに苦しみ、過労や病によって両親を失った女達である。
力も身寄りもない女が生きてゆくためには、仕事を選んでいられない。


「いい気味よ」


ついでにアソコを切ってもらえばよかったのに。ふふふ切らなくたってあるか分からないほどらしいわよ。なんて、おぞましい話で盛り上がっていた彼女らは、


「──あら·····ラヤだわ!!」


1人がある名を呼びかけたことによって、ピタリと口を止める。


「なんですって?」

「あら、本当、ラヤだわ」


道の先から姿を現したのは、17くらいの少年だ。
知り合いの薬屋に雑務を頼まれたのだろう。荷物を沢山のせた荷台を引っ張りながらこちらへ向かってくる。
女達は一斉に立ち上がった。


「ラヤ!!!」


吸っていた葉巻も置き去りに彼の元へ。
ラヤ───そう呼ばれた少年は、彼女たちに気が付くと少し驚いたように眉を上げ、にっかりと笑った。

身長は170ほど。細身で綺麗な顔立ちをし、それでいて人懐っこく愛想がいい。
濃い黄土髪から覗くシアンの瞳は、まるで砂漠のオアシスのようだと囁かれていた。


「ラヤ、久しぶりね」

「今日も綺麗なお顔」

「ちゃんと食べてるの?」


多方面から聞こえてくる声に、ラヤは白い歯を見せて笑う。


「一気に話さないでくれよ」


 キャーキャーと笑う女たちだが、未だ店の前に佇んでいる一人だけは不満げだ。
この中では最年長の娼婦、レジイだった。


「あんた、ここ数日間どこに行ってたの?」


厳しい口調がその場を静まらせる。


「寝床にいなかったことはわかってるのよ。昨日も一昨日も尋ねたの」


レジイは料理が上手だと、年下のラヤはよく無邪気に言う。
本当は料理人になりたかった。自分の店を構えて、たくさんの人を食で笑顔に──なんて夢は、夢のまた夢だと、幼い頃に思い知った。

ラヤの笑顔は、それを少し叶えてくれる。
だからたまに余ったと嘘をついて、作りたての料理を届ける。
そんな彼が2日も連続で誰にも告げずにテントを空けていたのだ。


「昨夜は、またあの義賊達が出たって言うし·····」


もしかしたら巻き込まれたのではと、様々な杞憂を浮かべたりもした。


「薬屋のおばさんもぼやいてたよ。力仕事に困るって·····」

「ラヤ姉さん、心配してくれたのか?」

「な·····!」


ラヤはまた嬉しそうに笑っていた。
周りの女達は驚いたように成り行きを見守っている。
彼女らにとって、レジイは歯向かうことの出来ないお姉様だからだ。


「俺は大丈夫だよ。逃げ足が早いから、義賊たちより上手に盗みもできるし·····あ、そうだ」


冗談を歌いながらありがとうなんて言うラヤに、言葉を失ったのはレジイの方だった。


「これ、姉さんに似合うと思って。建築の出稼ぎに行った報酬で買ったんだ」


ラヤが取り出したのは化粧紅だ。
開けるとほんのり、イランイランの香りがする。甘くて優しい、少女の香りだった。


「これが、私に似合うって?」

「付けてくれよ」


ラヤの得意分野は逃げ足の速さなんかでは無い。


「ラヤ、こんなとこにいたのか」


2人の上に大きな影が出来た。

でくの坊な図体に散乱した茶髪、左頬には大きな傷跡。
ラヤの友人リューディガだ。


「また邪魔しに来たのかい」


女の一人が不満を垂らす。


「気をつけなよ、そいつは"ラヤ狙い"だ」

「まあ、破廉恥な」


彼女たちはまた別の話題で盛り上がり始める。
リューディガは目もくれず、ラヤの肩を抱えて歩き出した。









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