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re.《422》家族
しおりを挟む恐る恐る近づくと、それはぱっと振り返った。
「!」
光る双眸は、翡翠の滲む金色。
あまりに鋭い輝きに息を飲む。
不意に強い風が吹いた。
北から来た、少し冷たい風だ。薄目になって俯いて、ハッと視線を逸らした時、生き物は既にいなくなっていた。
森から迷い込んできた幼獣だろうか。
こんなことは初めてだったが、そういえばここは山奥だ。
どこからか侵入したのかもしれない。
親を探してるんじゃないだろうか。
それとも、家族はいないのだろうか。
「·····」
えも言えぬ感情に、胸元を握りしめる。
こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
もうひとりじゃない。
それに、ルビーがいる。愛を欲する子供ではいられない。
(戻らないと)
風が冷たくなってきた。
戻るのだ。
踵を返そうとした片足がなにかに躓く。
後頭部から転倒しかけた身体は、ふわりと持ち上げられた。
「見つけた」
清潔な白いシャツが風になびいて、サボンの香りが鼻をくすぐる。
腰に回された手は久々で、少しびっくりする。
ヨハネスの手は陶器みたいに白いのに、血管や間接まで硬いのだ。
「うさぎちゃん」
耳元に溶けるようなささやきで呼びかけられて、この前の記憶が蘇る。
優しくて執拗な旦那様に、何度も耳へ噛みつかれたのだ。
「心配したよ」
部屋に居なくて、風に乗ってにおいがしたのだと。
優雅な微笑みが言うには野性的な台詞に、ふるふると首を振る。
顔を覗き込まれたら、変にドキドキする。
それは期待にも似ていて、引き寄せられた身体はなんだか熱く感じた。
「お部屋でお菓子食べよう」
この言葉がただのおやつの誘いじゃないことは、もう分かっている。
むしろ、彼のメインは自分だろう。
例になく抱き上げられたまま部屋へ連れ込まれて、借りてきた猫みたいにベットの端に落ち着く。
テーブルの上のケーキは喉を通らない。でも落ち着かなくて、フォークですくうのを繰り返す。
そしてとうとう手を止めた。
隣に腰かけてきた男はぼんやりと、少し寂しそうな顔をする。
大好きなはずのものを食べないからだろう。
試しにひとくち口に入れて飲み込んでみせたら、そこにフレンチ・キスを落とされた。
「今日は、このままおねんねしよう」
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