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re.《392》食いしん坊
しおりを挟む「お部屋でいいの?」
「ぁ·····」
細身に見えるのに、腕はがっしりして男らしい。
上品な顔立ちを前に、返答を詰まらせる。
ルビーの部屋に行きたいなんて言えない。
ヨハネスとルビーを出会わせるなんて、自殺行為だ。
「うさぎちゃん·····」
水面のような瞳が、こちらが抱えたバスケットを見下ろしていることに気がつく。
ドギマギしていたら、彼はちょっと目を見開いて、吐息を漏らした。
「沢山持ってきたの」
告げられたセリフは構えていたのとは違い、予想外のものだった。
「食いしん坊」
甘い微笑みに唖然としてから、頬が熱くなる。
今、甘やかすようにからかわれたのだ。
「ぜんぶ食べない」
「そうなの」
相槌も、ちょっと猫なで声だ。
どうしようも無い慈愛の瞳に、熱くなった頬を俯かせる。
恥ずかしいのに嫌ではないこの感じが落ち着かない。
「そっか」
「·····?」
ふと、呟いた唇を覗き見る。
意味深な相槌。
彼は表情を崩さぬまま歩き出した。
「ねえ」
こっちは、自室ではない。
どこへ行くのだ?
そんな疑問は問いかける必要がなくなった。
この廊下を真っ直ぐ行ったら、暖かな談話室があるからだ。
残すなら一緒に食べようと言うヨハネスを拒む理由は浮かばない。宙ぶらりんの脚をぶらぶらしてたら、もも裏で指が動いて、思わず静止する。
ヨハネスはずっと変わらない。
時折暴走するけど、出会った頃からこんなペースで、何を考えているのかも分からない。
しかし、どこか、大人っぽくなった。
いや、前からそうだった。
甘えるように話しかけてきたって、まるで子猫に話しかけるようなそれだ。
ソファに下ろされたら、ミチルは隣接した部屋へ向かうヨハネスをそっと盗み見た。
細身なのに広い背中がすぐに振り返る。飲み物の入ったチェイサーをテーブルに置く時、目の前の喉仏が音声を発した。
「どこに行こうとしていたの?」
「·····へ」
上下したしこりに、なぜだか思わずギクリとする。
食べ物を持ち込もうとしてたんだから、普通部屋だと思うはずだ。
ヨハネスは違うらしい。
「ん?」
「お、お部屋」
答えを促す薄い唇に、なんの変哲もなく嘘をつく。
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