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二章
re.《324》残り香
しおりを挟む胸の奥から沸きあがる波。
それを吸われて、神経を引き抜かれる感覚。
口に含まれていたのは、たった数秒だ。
あれをもっとされていたら────どうなっていたんだろう。
「どうしよう·····痛む·····?ミーちゃん、ごめ·····」
「ニャ」
伸びてきた手を避けて引き下がる。
尻もちを着いたままベットのふちへ。危ないと、再び手を伸ばしてきた相手は、たった一言の拒絶で動きを止める。
扉が閉まる瞬間、見えた姿は小さな子供みたいだ。
逡巡して、しかしミチルはとうとう部屋から逃げ出してしまった。
「·····ミーちゃん·····」
1人残された青年は、まだ温もりの残るシーツをなぞる。
むせるほど甘い匂いと、血の温かさ。
そこはしっとり濡れていた。
廊下を直進しながら、ミチルは声にならない叫びを上げた。
問答無用で逃げてきてしまった。
戻ろうかと躊躇った足も、一度振り切ると嘘みたいに潔く走り続ける。
(どうしよう)
部屋には戻れない。
行く途中に、第3執務室がある。可能性は低いが、もしもダリアがいたら、なぜこんな時間に外にいるのかと責められる。
それだけでなく、役割を放棄したと思われるかもしれない。
この城の中、どこか人目につかないところで、一夜を過ごさなければいけない。
「·····っ」
裸足で逃げてきてしまったから、大理石を踏む足裏が冷たい。
夜は冷える。まるで氷の上みたいだ。
「·····ミチル?」
「·····?」
不意に、背後から名前を呼ばれた。
低音だが優しくて、聞き取りやすい音色だ。
振り返ったミチルはハッとした。
たった10メートルほど先にいたのは、白銀が月明かりに輝く男。
シャツとズボン、ベストだけの簡易的な格好で、ルシフェルはそこに佇んでいた。
「あ·····」
「こんな時間にどうして·····───」
相手は続きを言う前にこちらへ歩み寄ってくる。
怒られてしまう。
弁解しなければ。いや、その前に謝罪か?
陛下の御前だ。
挨拶しないと。
しかし冷や汗をかくほどの美貌に言葉が浮かばない。
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