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re.《180》宵の口
しおりを挟む「·····──」
口を開いて、しかし閉じる。
自分の話を聞きたい人なんてここにはいない。
だって自分は、部屋の隅で、できる限り息を殺していなければいけなかったから────。
目が合うと、冷え冷えとした青い瞳は、なんてことなさそうに言った。
「ご所望であれば寝室にお飾りしますが」
「·····」
ミチルはパチパチと瞬きした。
そういうことを言おうとしたのではない。
この匂いは、特別な感じがするから、部屋に飾りたいとは思わない。
「それでは?」
聞き返してくる声は、こちらがなにか言おうとしたのを見逃してくれ無さそうだ。
胸が締め付けられるほど透き通ったルビーの瞳。
大切なものなのに、なぜ、近頃はそばに置きたがらなかったのだろう。
「ぁ·····」
言葉を求められたのは久しぶりだ。
いや、仕事に忠実な彼だから、これは当たり前のことだ。
「話さなくなった·····」
小さな主は、やっと少し落ち着いたらしい。
ぬいぐるみを抱きしめるぬいぐるみみたいだ。冒涜にもなり得る感想を口に出すことはせず、彼の言葉を待つ。
「話さなくなった·····」
帰ってきたのは、主語もない呟き。
ピンクの瞳は寂しげにぬいぐるみを見下ろしている。
ミチルがまともに口を聞くのは一ヶ月と3日ぶりだ。
「それは────」
少しでも顔を出した臆病な声を、無げにする訳にはいかない。
「それは、今が宵の口だからでしょう」
ぬいぐるみが話すなど、ついに頭がおかしくなったのだと、いつかミチルを罵倒した皇子の言葉は思い出させてはいけない。
こちらを見上げた瞳がパッと見開かれる。
思惑通り、悲しい考えが巡るのを避けることに成功したらしい。
「ええ。草食系動物は日暮れ時に眠気を感じる事が多いです。これは薄暗い頃から眠りにつくことで、深夜不測の事態に直ぐ対応出来るようにする本能が働くためと云われております」
理解できているのかできていないのか、細い眉は若干ひそめられただけだ。
これでいい。
この可愛らしい主が少しでも穏やかでいられれば構わない。
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