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二章
re.《179》ぬいぐるみと花
しおりを挟む(どうしたものか·····)
月明かりも沈む頃。
"彼"はそっと首を傾げるだけだった。
抱き潰されたあと、ぬるい湯船に浸かった記憶が朧気だ。
数日間か、数週間か。
流し込まれるような食事、交い、そして意識を飛ばず睡眠を繰り返した。
「───!」
それが何日目なのかも分からない陽の傾きかけ、ミチルは怒号で目を覚ました。
部屋の扉の向こうからだ。
時折言い合う声が聞こえるのは、おそらく今日に始まったことじゃない。
こういう時、とても恐ろしいなにかを思い出す。
錆びた臭いのする部屋と、同族の嘲り。
これは、悲しい過去の記憶だ。
その頃を思い出すと、自分でも抜け出すのが困難になった。
まるで幼い頃に戻ってしまった気分になって苦しくてたまらなくなる。
ここはどこだ?
分からない。
けれど、息を殺して、耐えなければならない。
目眩がするほど強い吐き気がしてかがみ込む。
こうなってしまえばいっそ、訳の分からない快楽を続けられた方が幸せだった。
強くまぶたを閉じていたら───微かな風と共に、甘い匂いが鼻腔を掠めた。
「ほつれを発見しましたので」
目を開けた先に、柔らかな白い物体。
「裁縫の得意な者に修復させておきました」
目の前に差し出されたのはうさぎのぬいぐるみだった。
大切なものだ。
(大切な───·····)
ベットへうずくまっていたミチルは、そっと手を差し出す。
絹手袋をした男の手からそれが受け継がれる。
抱きしめたら、お日様の匂いと、やっぱり甘くて、でも柔軟剤とは違う匂いがした。
くんくん嗅ぎ回ってみるが、あまりにも微かで出処が分からない。
「花束の側へ置いていたので、匂いが移ったのでしょう」
抑揚の少ない朗読が続く。
「北部から献花された季節のイラの鑑賞花です。寒い環境に咲く花ですから、雌しべが大きく鮮やかな色をしています」
無愛想なのに落ち着いて、眠たくなるような低音だ。
その他、匂いの特徴や植息地を語る相手を、ミチルはふと見上げた。
この男は、こんなに話す人物だったっけ?
いつの間にか喧騒が遠のいていることには気が付かない。
「·····──」
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