悪魔皇子達のイケニエ

re.《５３》間抜けな主人

「お口に合わなければ、他のものをお持ち致しますが」



金のヘレンドが美しいハルモニアには、三段に渡って多様なケーキが並べられている。

わがままを言って用意させた物だ。
ダメ元で駄々をこねたら、ジェロンは無表情のまま、それには似つかわない豪華なティーセットを揃えてくれた。

これ以上他のものなどあるだろうか？


「んん」


冷めた美形に首を振る。
伸びてきた手に首を傾げていると、しなやかな指先がこちらの下唇を拭った。


「食べこぼしが」


下でペロリと掬ってみる。
上唇にも甘いのが付いていた。


「·····」


そういえばさっき、「最近は食事のマナーが身についてきた」と、彼の前でレイモンドに褒められたばかりだ。


「食べこぼしたんじゃない」

「そうですか」


言いながら、再び口のはしを拭われる。反対側もそうされそうになるので、それより先に舐め取ろうとしたら、彼の指も一緒に舐めてしまった。

相手の眉間が密かに歪む。
不快とは少し違う、釈然としなさそうな、何か言いたげな表情だ。


「·····？」


否、実際無表情に変わりはないので、そう見えた、というだけだが。


「·····！」


誤魔化すように飲み物を口に含んだミチルは飛び上がった。
気を取られていたせいで、中身が熱い紅茶だったことを忘れていたのだ。

軽く目を見開いた使用人が、再びこちらへ手を伸ばしてくる。
絹手袋を取る瞬間まで優雅だ。すぐに冷やさなければという過保護な台詞は、まるでこっちを赤子扱いしているみたいだった。

少し熱くて驚いただけで、やけどなんてしていない。
しかし、口の周りにクリームを塗りつけたり、指を舐めたり、飲み物に飛び上がったり。確かに彼から見たさっきまでの自分が間抜けだったのは事実だ。

伸びてきた腕を無視して、再びティーカップを持ち上げる。
それが零点五秒後、つるりと手から滑るのは、もちろん予期せぬ事だった。


ひっくり返るティーカップ、空中に飛び出した光る飴色の液体。

  ギュッと目を瞑るが、予想した熱が降りかかることは無かった。


「·····？」


そっと開けた視界の先が薄暗い。
まつ毛の先にぬるま湯が滴って、ミチルはやっと状況を理解した。

見上げた先に、セクシーな口元と高い鼻。
前記、ぬるま湯の出処だ。