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re.《7》冷戦
しおりを挟む「屋敷の家令を務めるジェロンです。只今ご案内に上がるところでしたが」
一度区切られた言葉の先は、わざわざ言わずとも良いということだろう。つまり監視対象が部屋からいなくなって遅れたというわけだ。
相変わらず抑揚のない声は、レイモンドと比較すると尚冷たく感じる。
それでもこっちの方が落ち着くのは不思議だ。
「やっぱりそうでしたか」
罰が悪そうな顔をしていると、レイモンドがこちらにほほ笑みかけてきた。
「先程はそうとも知らず、申し訳ありませんでした。あまりにも粗暴な所作でしたから、驚いてしまいまして」
ところで、彼の私服を始めて見た。
眼鏡も似合っている。
甘いマスクと眼鏡の組み合わせが時に憎らしくなることを学べた。
そんなことを考えているミチルは、たった今レイモンドがジェロンに悪意こもる嫌味を言ったことに気が付かない。
「それと案内は無用です。城内は把握しているので、ミチル様をよろしくお願いします」
ミチルははてと首を傾げた。
そういえば、レイモンドはなぜここにやってきたのだろう。
城内を把握しているという言い方も妙だ。
まるでずっと昔から馴染みある場所だとでも言うような──。
「それではミチル様、また後程ご挨拶に参りますね」
頑丈な上半身を屈めて、右手の甲にキスを落とされる。
びっくりして引っ込めるが、相手は甘いほほ笑みを残し廊下を去っていってしまった。
ミチルはそばにいたジェロンの袖をそっと握った。
「お部屋に戻りましょう」
彼の声音に怒気は無い。
落ち着いていて、こちらを気遣うようにも聞こえる。
「ジェロン·····」
迷惑をかけてしまったことを後悔しているのに、謝罪を言えなかった。
彼が厳しくなる理由も十分うなずけるのだ。
こちらを見下ろしていた彼がそっと手を伸ばしてくる。
長い指はこちらの手をとって、もう振り返らなかった。
部屋に着いてから、ジェロンは温かいミルクを用意してくれた。
最初から部屋で待っていればよかったのだ。
「·····っ」
ベットに上がりこんだ時、ずっと傷んでいた足裏に特別鋭い痛みが走る。
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