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一章
202.伝言
しおりを挟むあまりに平常運転な相手に、打ったことを謝罪する機会は奪われてしまった。
レイモンドによると、早朝にルシフェルがやってきたそうだ。
夕刻にまた来ると、彼は短い伝言を残していった。
「今日は昼間でも白い月が見えるでしょう」
レイモンドの声につられて窓の向こうを眺める。
大きな月の腹が見えた。空に溶け込むように白い表面が、日が暮れるにつれて紅く染まってゆくという。
今夜は満月───天界で、サタンの心臓を持つルシフェルと永遠の契りを結ぶ日だ。
ところで、式の話や準備なんかを全く聞いていない。
問題ないのだろうか。疑問を知ってか知らずか、レイモンドは飲み物を注ぎ足しながら口を開いた。
「心配はご無用です。ミチル様は殿下に身を任せて·····」
柔らかい声をそっと振り返る。
昨日は、何だか凄く色っぽかった男のものだ。
思い返してしまったミチルは、結局呟いた。
「きのう、ごめんなさい·····」
ここから自分を追い出そうとする嫌な奴。
変な力を持っていて、嫌がらせをしてくる男。
ずっとそう思っていた。
昨日、布団ごしから聞こえてきた声音は、とてもそんなことをする人物のものでは無かった。
きっと何か勘違いがあったのだ。
だから、自分も昨日暴力を奮ってしまったことを謝って、少し分かり合えれば──そう思えた。
相手はキョトンとした顔でこちらを見返している。
表情豊かで華やかな顔立ちだから、彼を見るのを避けていた。
こうやって見ると、胡散臭くもない上品な美形だ。
「とんでもございません」
レイモンドはしとやかにほくそ笑んだ。
「ミチル様の柔らかなお肌に触れられるのであれば甘んじて受けましょう。可愛らしいお声を聞けるのであれば、どんな罵倒も至高のご褒美です」
返答に、ミチルはおもわず顔をしかめた。
なんか、予想のだいぶ斜め上をいくセリフだ。聞かなかったことにしてスープをすする。
程よい温かさだ。
やっぱり、いじわるされていると思ったのは誤解らしい。
ほっと頬を染めるミチルを眺めながら、一方のレイモンドは昨夜を辿った。
───拒絶するフリをしがらも身体を許す様子。こちらの手や口に夢中になって、どこか不服そうに甘く溢れる鳴き声。
そのくせ、心は決して許してくれない。
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