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192.名前
しおりを挟むやがて地を這うような声が言った、血の海を見たかったと。
(これは、彼の記憶?)
あまりに乏しい記憶の欠片だ。
刺されるような痛みに、胸元をおさえつける。呆然と空を眺めていたミチルはハッと目を見開いた。
───なぜこの生き物は、受け入れたのだ?
冷たい手のひらに、暖かい何かを感じた。これは、彼が感じたものだ。
───触れると幸福を感じるようだ。
ドクドク、ドクドクと、血液の音がする。
黒髪の青年の後ろ姿が見えた。
ダリアかと思ったが違う。あれは、あの青年だ。
ここに自分を呼んでいた彼だ。
青年の身体は火の海へ沈んでゆく。
全てが彼のせいであるはずなのに───当の本人は瞼を閉じて、起きる気配すらない。
初めて彼と自分が出会った瞬間。
気まずそうに目を逸らした光景が、夜空いっぱいに広がる。
「·····?」
同時に頭の中に過ったのは、ルシフェルのピアノを聴いた時。
『ピアニストなの?』
(どうして、この時のことを、知ってるの?)
それだけじゃない。
場面場面出切り替わる光景は、いつの間にか全て自分が写っている。
彼は自分を知っている。
そして彼の視点は、いつでもこちらが中心だ。
早くなる鼓動。周りの景色さえぼやけて、もう、何も見えなくなる。
(どうして·····?)
───お前にずっと·····────。
「··········!!!」
ミチルは駆け出した。
躊躇って、しかし真っ赤な炎の中へ飛び込んでゆく。
熱くはなかった。下半身は最早見えないが、彼だけがはっきりと分かる。進んでいるのかも分からないほどがむしゃらに足を動かした。
彼の名前を知っている。
悪魔皇子たちの名前を呼ぶ度に揺れた心音が、期待しては絶望し、こちらを見つめていた。
赤い瞳は奈落の底そのものだ。
頬へ刻まれた痣は、触れた者を闇へ誘い込むように、ゆらゆらと長く揺らめいていた。
「地獄の王」
───視界が歪んだ。
地面が崩れたのだ。
真っ赤な世界の中で、ミチルは慌てて青年を抱きしめた。
この底には何があるのか?
どこへ向かっている?
彼を起こさなければ。
ドクドク、ドクドク、繰り返されるのは、この場に目覚めたばかりの産声だ。
開いた口が言葉を紡ぐことは無かった。
閉じていたまぶたがゆっくりと持ち上げられてゆく。
裸の神経を撫であげられるような視線。
瞬きをした時、当たりは真っ暗になっていた。
「··········?」
チクタクと響く時計の針の音。
月光がきらめく窓は、シーツから盛りあがった影のせいで多少遮られる。
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