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一章
180.突然変異
しおりを挟む長期間遠く離れているがゆえ、自我や己の感情には疎くなる。意識と自我は随分前から分裂し、今では、時折全くの他人のことのように分析できたり、または理解できなかったり迄する。
最近は眠りについていた。眠りの中でも悪魔界の情勢は脳内にインプットされ、いつからかまたここで長い時間を過ごした。
本来悪魔は強欲で、常に様々な欲望を満たそうとする。
ミチルを迎えた時、自我は今までの例になく、本能のままに食欲を顕示した。
それを自分の感情だと理解しながらも、やはり他人のもののように感じて、記憶の世界から彼を観察していた。
悪魔界だけでは無い。
多くの地球人を支配してきた。
統治したり、喰ったり、戦争をさせたり、ある時は気まぐれで救ったり───彼らが神と崇める不確かな存在は、確かに此の自分の事である。それを、人間も知っているようだった。
彼らは神の逆鱗に触れたから、天誅を与えた。
彼らに奴隷や家畜と同じスティグマを付け、悪魔界に従属させた。
ミチルはその典型的な犠牲だ。初夜の日、ベットの上でニャアニャアと鳴く猫兎は、今までの生贄と同じく、弄ばれ踊り食いされるはずだった。
ミチルがダリアに恋をした。
純粋なマナが亜麻色に染まり、冷たい城で唯一小さな灯火をともしていた。彼はそれだけにとどまらず、悪魔皇子達へ愛情を向け始めた。
怯えて逃げ出すはずの獲物が、少しずつ彼らに心を開いていったのだ。
ミチルの言葉や態度は当てにならないことを知っている。呼吸や、或いは周りを漂うマナが、彼の感情を色や形として伝えてくるからだ。
恐怖とともに滲む喜びや、もっとと願う欲望、寂しさ、切なさ、幼い身体には少し生意気な性欲まで全てお見通しだ。
自分だけが彼を一方的に知っている。
「なぜこの生き物は受け入れるのか?」「誘っている臭いがする」「触れると幸福を感じるようだ」「こちらが何を考えているか、気になるようだ」
悪魔界に生まれた突然変異。
自我はミチルに興味津々だった。
ルシフェルと彼が出会い、初めてミチルの姿を見たとき、しばらく映像から目が離せなかった。
情報から想像していたよりもはるかにか弱い生き物だ。
疲弊し泣き崩れて、卑しい獣の臭いが充満していた。遠い心臓が騒いでいることを、この記憶の中でも感じることが出来た。
『ピアニストなの』
権力や肩書きを持たない姿を写すピンクに、"彼"は酷く困惑したようだった。
ルシフェルにとっては飽き飽きしていたもの。
そしてサタンにとっては、固執するほかない膨大な権力の責務だ。
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